「………なんだ、お前?」 「やぁ!」 俺は突然現われた異質な不審者をなめまわすように眺めた。 「私のことは気にしないで下さいー」 「……そうか。俺は今取り込み中なんだ。邪魔だからどっか行ってろ」 俺が蝿を追い払うように手を振ると、男は顔を輝かせながら嬉しそうに言った。 「おや、蚊でも飛んでますかー? そんな時はー……」 そして、男は嬉々として鞄を漁りだすと 「はい、蚊取り線香ですー」
きっとこの子は、たとえ運命が晴れのち曇りだったとしても揺るがない。 道理をブチのめしてでも無理を通しては、晴れのち晴れに変えてしまうんだろうな。 そんな目をしていた。 「話はわかった。つまり、お前はこの世界を作った神様たちの一人で、仲間割れを始めて揉めてるから人間の俺たちにも喧嘩を手伝えと言うわけだ」 「そう。人間は私たちが作った。言わば下僕。それをどう使おうと私のかっふぇふぁいふぁい!」 俺は目の前にいる少女の頬から手を放す。 「それで?」 「だから下僕は下僕らしくって……ちょ、ちょっと待って! つねるの無し! 女の子を虐める子は嫌われるんだよ!」 目の前の白服ワンピースの自称神様は、手をバタつかせながらあわあわしている。
薄暗い体育館に一人の女の歌声が響く。 超高音のソプラノボイス、と言ってしまえば聞こえが良いが、簡単に言ってしまえば超音波である。 最初の一音が響いた瞬間に照明は砕け散り、眼鏡をかけた客のほとんどが眼鏡を買い直す羽目になった。
真夜中の噴水広場。 街灯に照らされている場所以外、暗闇で何も見えない。 風も強く、時間が遅いこともあって人通りもない。 そんな中で一人の若い男が噴水のへりに腰掛けていた。 「あー、やっぱ安物の整髪料じゃ駄目かぁ」 ジーンズにジャケット姿の青年は、ぼやきながら風で乱れた髪を整えていた。
俺は目の前の白い悪魔を睨みつける。 あぁ、ちくしょう。 俺はそいつを射殺す勢いで睨み続けていた。 しかし、勝てないことが本能的にわかっているからだろうか。 俺の手はピクリとも動くことはなかった。
「おい、双子」 呼びかけられた長身痩躯の双子が嫌そうな顔をする。 「「なんだ、座敷童」」 ハモった声で座敷童と呼ばれた金髪の少女は、途端にその顔をくしゃくしゃにすると双子を睨みつける。
「――五月二十七日、金曜日。とらうまワイドのお時間です」 液晶テレビに映るキャピキャピしたアナウンサーが萌黄色のスーツで挨拶をしている。 男は手に持っていた林檎をテーブルに置くと、日めくりカレンダーを一枚破り捨てた。
――我にタナトス神の加護あれ 手にしたスズランを花から根まですりつぶすと、僕は牛乳パックを手に取った。 ミキサーに牛乳を注ぎ、すりつぶしたスズランを入れる。 最後にハチミツや砂糖を適度に入れてスイッチをONにする。 「ふふ、君の驚いた顔が早く見たいよ」 部屋の片隅にある胡蝶蘭がそんな僕を静観するように静かに咲いていた。
「ら、ら、らー……ラジオ! 次は『お』だよ、クロ!」 赤い鳥居が続く階段をクロは相棒のシロと登っている。 「……重し」 「し、し、し、シャボン玉! 今度は『ま』だよ、クロ!」 先に前を歩いているシロが、クロを振り返りながら言う。久しぶりの遠出が嬉しいのかさっきからずっと飛び跳ねている。そのたびに尻尾についた小さな鈴がちりんと音をたてる。
「君には選択するチャンスがある」 その男は紳士ぶった口調で僕に話しかける。丁寧な話し方なのに、なぜか声を聞いていると胸がムカムカしてくる。 「今ある才能だけで世界を越える開拓者となるか」 そんな僕の気も知らず、偽紳士の男は続ける。 「今なき才能を求めて世界を旅する探求者となるか」 男が僕の顔をまじまじと見つめながら問いかける。 「君はどっちを取る?」
――現在。 「"それ"はとてもとても大切なものだったんだ」 一人の老人がバーのマスターにそんな言葉をこぼしていた。 マスターはいつものようにグラスを磨きながら、老人の言葉へ静かに耳を傾けた。
男はただ寂しかっただけなのだ。 自分のそばにいて欲しいという、誰もが一度は持つ願いを恥ずかしくて言うことができなかっただけなのだ。 だから、必然にせよ偶然にせよ現われたその少年に男は救われたのだった。
「おい、変態」 目つきの鋭い男が、獲物を襲う獣のように闘争心を剥き出しにして、隣の優男に話しかける。 「なんだい、金の亡者?」 校内のほとんどの女子が振り返ると思われる顔を持つ美男子は、そんな闘争心のオーラをものともせず、平然と答えた。
「やあ、いらっしゃい! 久しぶりだね」 髪を後ろ手に縛った家主は久しぶりの訪問者に声を弾ませる。 「雫姉、久しぶり。少し痩せたんじゃねえの? 研究も良いけど、ちゃんと飯食えよ」 「それはお世辞かい? それとも、本音かい? ……ふむ、人の本音を駄々漏れにする機械。これは面白そうな……」 「ストーップ! それはさすがにマズイから!」 いつもの癖で発明品の構想に取り掛かろうとする叔母――月野雫を、司は慌てて止めた。
「確立は五分五分といったところでしょうか。今の医学ではそれ以上の事は……」 「……そうですか」 落胆する男に医者は声をかける。 「元々お体が弱いようですし、あなたの力で奥さんを支えてあげてください」 「はい……」
「オラオラ、どうしたよぉ!」 高校のボイラー室に下卑た笑い声が響く。大小様々なパイプが入り組む中、一番奥にある太いパイプに隠れた司には、それが死神の声に聞こえた。 (ちくしょう! なんで俺がこんな目に!!) 自身の今の境遇を嘆きながら、司は音を立てないようにそっと入り口の様子をうかがう。
「まったく、君はなんて羨ましい奴なんだ」 隣を歩くイケメン、松風京四郎はそう言うと恨めしげにこちらを見てくる。学校の廊下を歩く今も、すれ違った女子たちが携帯電話で写真を撮る音が聞こえてくる。
扉についた鐘が鈍い金属音で店内に来客を知らせる。 薄暗い店内にはどこで使われていたのかわからない古文書や巻物、架空の物とされている武器や装飾品がとろこせましと並べられている。アジア系のお香だろうか。天井から吊り下げられたカラフルなペルシャ織物とあいまって不思議な空間を作り出している。そんな店内のくねくねとした細い通路を大きなリュックサックが通る。まるで自分の店のように、商品に一切ぶつかることなく奥まで進むと、大きなリュックを背負った小柄な人物はカウンターで止まった。
「――アメリカが謎の生命体集団から襲撃を受けたことを皮切りに始まった世界的防衛戦は幕を閉じました」 司会者でもある初老の老人が通訳を脇に立たせながらスピーチをしている。