あの日の下校時間

あの日の下校時間

 中学1年生の3学期末。もうすぐ2年生になる。これまでの1年間、楽しかったことこの上ない。しかし、2年生になればクラス替えがあり、今のクラスメイトとはバラバラになる。そんな不満により、一人、憂鬱そうに席についている、波里麻憂(ナミサトマユウ)。


 同じクラスのバスケ部の友達、張間綾瀬(ハリマアヤセ)がやって来た。綾瀬は、憂欝な麻憂を見てとある話を始めた。
「ねぇ、遥人いるじゃん?」
牧野遥人(マキノハルト)。うちのクラスの男子で、隣のクラスの牧野優人(マキノユウト)と双子である。綾瀬と同じ、バスケ部所属。
「うん。」
「あ、遥人じゃなくて優人の方なんだけどね、優人ってね、めちゃめちゃ優しくてね、めっちゃノリ良いんだよ!名前にぴったり♪」
どうして綾瀬がこんなことを言うのかと疑問に思った麻憂。
「へぇ…。なんで?」
「だってね、優人ってね、先輩から気に入られてていっつも『優人、バイバイ』って手振ると照れながら手振り返してくれるんだよ!?」
「ふぅん…。」
そっけない返事をしてしまった麻憂。
「なにその薄い反応!」
「え。あ…だ、だってさ!そんな簡単に手振り返してくれるなんて…遊んでるよね。」
「…そこ?でも、返してくれるなんて優しいじゃん!可愛いじゃん!」
麻憂は、もしかして綾瀬は優人が好きなのかと思う。
「てかさ!なんで優人は気に入られてんのに、遥人は気に入られないの?双子なのに。」
綾瀬が少し考え込んだ。
「うーん、そりゃぁ、双子だからって性格まで一緒ってことはないでしょ。優人の方が優しいからな。」
確かに、遥人はいつもぼーっとしててぱっとしなくて、話しかけてもそっけない。麻憂が初めて話しかけた時は思いっ切り無視された。じゃぁ、優人はその逆なのか?
「優人のことはあんま知らないからよく分かんない。」
「…そっかぁ。」
考えてみれば、優人と喋ったことは一度もないかもしれないと思う麻憂。
 
部活も終わってみんなが帰り始めた頃、麻憂も一人、校内を歩いていた。廊下で男子バスケ部がふざけてバスケットボールを投げて遊んでいた。少し恐かったのでその場を足早に去ろうとした。しかしそれに気づかなかった男子が思い切りボールを投げ、そのボールが運悪く麻憂に直撃した。その場に転倒した麻憂。
「おい、やべぇよ!」
男子たちは麻憂を放ったらかして逃げていった。それにムカついた麻憂は泣きそうになった。
「…大丈夫?」
そこへなぜか・・・遥人、それとも優人?どちらか分からないが、一人だけ心配そうに麻憂を見ていた。
「…平気。」
「ごめん。」
立ち上がる麻憂に素直に誤ってきた。これは優人だなと麻憂は思った。
「いいし。それより…ゲコテン引っ掛かるよ。早く行かなきゃ。」
麻憂は一人、その場を去った。それはただ、男子に謝られたり心配されたりしてどう対応していいか分からないからだった。

 次の日、昨日のことは忘れ学校に登校してきた麻憂。
「おはよ!」
相変わらずの大きな声で挨拶をしてくれた綾瀬。
「おはよう。」
相変わらず冷静な麻憂。そして今、綾瀬の横に遥人がいるのに気づいた。なぜか遥人の目は泳いでいた。一瞬目が合ったかと思うとすぐうつむく。それを不思議そうに見る麻憂。しかし麻憂はすぐ自分の準備に取り掛かる。
「あー、やば!今日、日直だったぁー!」
またも大きな声で叫ぶ綾瀬。
「ドンマイだね。」
そっと声をかける麻憂。綾瀬はすぐさま教室を飛び出していった。その後に何人かの女子たちもついていった。綾瀬は人気者だ。…なぜか気まずくなってることに気づいた麻憂。遥人が麻憂をじっと見ている。目が合ったがすぐにそらした。そして、意を決したように麻憂へ近づいてくる遥人。
「ねぇ。」
「…はい。」
なんとなく返事をする麻憂。その間も二人は目を合わせなかった。
「昨日…」
「麻憂ー!」
遥人が何かを言おうとしたのと同時に神埼哲(カンザキテツ)、通称てっちゃんが麻憂の名を大声で叫んだ。哲は麻憂と親戚で仲が良かった。バスケ部に所属している。哲は隣のクラスだけど、クラスのムードメーカー的な存在らしい。
「哲…」
「おっ、遥人もいんのー?」
そんな哲を遥人は嫌そうに見ていた。そんなことはお構いなしにズカズカと教室に入ってくる哲。
「てっちゃん…」
麻優と遥人は哲を呆然と見ていた。
「麻優。明日さぁ、俺家に一人なんだよ。飯食いに行くからっ!泊まるし。」
「う、うん。」
哲のハイテンションさについていけない二人。
「遥人ー!」
バシっ…と遥人の背中を思い切り叩く哲。
「昨日、帰り女子にボールぶつけたんだってー?」
哲は、爆笑しながら遥人の肩に腕を回す。
「…放課後?」
ちょっと心あたりがある麻優。
「俺じゃないし!」
もっと爆笑する哲。麻優は狂っちゃってるんじゃないかと思った。遥人は哲の腕を無理矢理振り払った。
「あ、そういえば俺、日直だ♪じゃっ!」
「……はぁ。」
麻優と遥人は同時にため息をついた。
「あ、あの…」
遥人は麻優にまだ何かを言いたそうにしていた。今度はちゃんと目を見て話している。
「昨日、ボールぶつけてきたの…遥人なの?」
「…違う。」
頭を横に振る遥人。
「そう…。なんか男子たちが逃げちゃった後、優人が心配しにきた。」
「…え。」
遥人が不思議そうに麻優を見た。また遥人の目が泳いだ。
「何?」
「いや…、何でも無い。大丈夫だったかなって。」
なぜか遥人が麻優を心配する。
「…大丈夫だけど。なんで?」
別に、とだけ言ってその場を去っていった。
すると、ガラッとドアを思い切り開ける音がして
「めっちゃダッシュしたら疲れた~」
と、大きな声で叫ぶ綾瀬。
「おかえり、廊下は走っちゃダメですよ。」
警告混じりに言う麻憂。
「あ、麻憂。遥人になんか言われた?」
「え?あ、うん。まぁ。」
「ふーん…。」
「どうして?」
「なんか心配してたみたいだから。」
なぜかこんなことを言う綾瀬に麻憂は不思議に思った。心配してた、というのはきっとボールがぶつかったからだろう。麻憂はそう思う。
「なんで…ぶつけたわけじゃないのにそんなに心配するんだろう…。」
ボソッとつぶやいたのが綾瀬には聞こえたらしい。
「え、何?」
なんとなく昨日のことを麻憂は綾瀬に話した。
「へぇー…。ぶつかったんだ!」
すごく爆笑する綾瀬に麻憂は少しふくれっ面をした。
「笑い事じゃないよ!ホントに…逃げるなんて最悪だよ!」
「……あれ?優人?」
「うん…。」
ちょっと怒ったっぽく言ってみた綾瀬は全然お構いなしだった。
「優人って…昨日は休みだよ?」
「……え?」
二人の間に沈黙と疑問が広がった。
「もしかして、遥人勘違いしてんじゃない?」
「…………え!?」
麻憂は思わず大きい声を出した。
「双子だもんねぇ。そりゃ間違えるかもなぁ」
かなり驚いた麻憂は言葉に出来なかった。
 そのままいつものように放課後になった。部活も終え、帰る途中だった。バスケ部はもう廊下に溜まってはいなかった。
「あ…」
麻憂は忘れ物をしたのに気づいた。急いで教室に戻った。しかし、教室ではバスケ部男子がいた。麻憂はゲコテンがあるのに、と思いながら早く出ていくことを祈った。
「…何してんの。」
麻憂の後ろから誰かが話しかけてきた。すぐ振り向くと、昨日と同じ人物が立っていた。
「優人…?」
「……遥人。」
「あぁ…。」
少し気まずい空気になった。
「教室、入りたいの?」
麻憂は、うん、とうなずいた。
「…おい、ゲコテン引っかかるぞ!」
「あ、遥人。居たのか!」
「さっき来た。」
「そうか!…あ、ゲコテン!帰るぞっ!」
こうしてぞろぞろとバスケ部が教室から出て行った。
「あ、ありがとう…」
少し照れくさかったけどお礼を言って教室に入った麻憂。すると、今しか言えないと思われることが思い浮かんだ。
「ねぇ…!」
「…何?」
教室の外に立っていた遥人はちゃんと返事をしてくれた。
「昨日のこと…。あれ、遥人だった…?」
「……うん。」
今度は麻憂の目が泳ぐ。
「ごめんね。優人だと思ってた。」
「いいし。」
怒ってるのかなって少し心配になった麻憂。
「ホントにごめん…。でもなんで遥人がぶつけたわけじゃないのにそんなに心配するの…?」
少し沈黙が続いた。
「…あの時、あそこには俺いなかったけど、ぶつかって倒れたの見て…。逃げてくの見て…。ちょっと近づいてみたら……、泣いてたじゃん。」
長い沈黙が続いた。
「泣いてた…?」
うん、とうなずく遥人。
「そっかぁ…。」
ちょっと恥ずかしくて顔が赤くなったかなとか思って顔に手を当ててみたけどそれもまた恥ずかしくて…麻憂の頭はごちゃごちゃだった。
「もう、ゲコテンやばいよ…!」
この言葉で二人はもっと焦った。急いで下校した二人。ギリギリゲコテンには引っかからなかった。
「あの・・・。ありがと・・・・・・。」
ボソッと麻憂はつぶやいた。
「何がだよ・・・。」
麻憂の言葉は遥人にはしっかり聞こえてたようだ。
「何でもない・・・。」
「あっそ。」
そしてじゃぁ、と言って歩き出す二人。しかし、その後すぐ遥人が叫んだ。
「ねえ!」
「・・・え?」
「・・・好きだっ!」
遥人は真剣だった。目がマジだった。麻憂は驚いて声も出ないって感じだった。
「遥人・・・・・・。ちょ、ちょっと待って。まだ分かんないや。今頭ごちゃごちゃしてて・・・。」
なんとか伝えたいことは頑張って伝えようとする麻憂。別に麻憂は遥人をふるわけじゃない。嫌いなわけじゃない。
「・・・分かった。」
「・・・・・・!!」
「じゃっ。」

嗚呼、遥人はきっとフラれたと思ってるな。全然そういうつもりはないけど、きっとそう伝わってしまったんだ。遥人のことはどう思ってる?嫌い・・・じゃない。好き・・・?ずっと心配してくれてた。泣いてたとか自分でも気づかなかったことに気づいてくれてた・・・。いつもはパッとしなくて感情表現とか全くしない。だから優人ばっかりモテるんだ。・・・でも遥人にも優しいとこあるんだ。今、遥人はものすごい勇気を振り絞ったんだ。それを・・・私は・・・。
「待って!」
自然に体が動いた。気づいたら遥人の手を掴んでた。何も考えず掴んだけど言わなきゃいけない。
「待って・・・。私・・・遥人のこともっと知りたい。・・・私も好きだよ。」
ちゃんと伝わったかな。遥人、本当だよ。ちゃんと好き。私、知らない間に好きになってたみたい。遥人の優しさに、知らない間に惹かれてたんだ。
「お・・・おう。」
戸惑いを隠せてない遥人が今すっごく可愛い。自然と頬が緩んだのが感じた。

あの日の下校時間

あの日の下校時間

ある日、下校途中にバスケ部男子にボールをぶつけられたことがきっかけで二人の距離が縮まり続け、知らぬ間に知らぬ恋の物語が始まっていた。

  • 小説
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更新日
登録日
2012-03-02

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