飛んで火にいる
○月×日 晴れ(たぶん)
交換日記なんて小学生以来で、何だか緊張するわ。
初亥は夜中に書いたみたいだから、私も夜中、というか明け方かしら? 午前4時28分、これを書いてます。
一人文机に向かって蝋燭の灯りだけで書き物をする……明治の文豪にでもなった気分。
明治の文豪なんて誰がいたか咄嗟には思い出せないのだけど。
それに実際に私が向かっているのは文机じゃなく、小学生の頃から愛用してる勉強机だし、灯りは蝋燭じゃなく一般的なスタンド照明なんだけれど。
さて、何を書こうかしら?
そう、この前ちょっと不思議な人を見たから、その人のことを忘れないうちに綴っておこうかしら。
不思議な人、と言っても、その人自身は何処にでもいそうな平凡な人なんだけれども、状況が不思議というか、おかしいというかなんというか。
先週、私の学校で球技大会があったの。
学期の終わりが近づくと、何処の学校でもやるんじゃないかしら。
厳選なるくじ引きの結果、私は運悪く、サッカーに出ることになっちゃったのよね。
本当はバレーかバスケがよかったのに。
サッカーは屋外だから暑いし、焼けるし、いいことないわ。
それに女子のするサッカーって、何だか怖くなあい?
皆でボールに群がって、手を使っちゃいけないから、必死になって足を出すんだけど、うまくボールを蹴れずに足を蹴っちゃったり。
男子のやるサッカーに比べ、スマートじゃないのよね。
まさに醜い女の争い。
少なくとも私の学校ではそうなのよ。
しかも、やたら負けん気の強いこが多くて。
たかだが球技大会で、ものすごーく熱くなって、ミスすると怒るし、負けると泣くし、で大変なんだから。
あら。関係ないことばかり書いてしまったわ。
私がその人に出会ったのは球技大会の日。
サッカーに出たくなかった私は貧血気味でふらふらするって保健室に逃げ込んだ。
平たく言えばおサボりしたのよ。
保健の先生はベッドで寝ていなさいとおっしゃった。
ちょっと職員室に行くけど、鍵をかけるし、すぐ戻るから大人しく寝ていなさい、と。
お言葉に甘え、私はベッドで寝かせてもらった。
保健室は涼しくて、私以外に誰もいないから、しんっと静まり返っていた。
それなのに、どれくらいたってからか、何となく人の気配を感じて目が覚めたの。
熟睡していたわけではなく、ちょっとうとうとする程度だったから気付いたのね。
誰かに見られてる、そんな気がしたのよ。
先生が戻られたのかと、カーテンの隙間から向こうを覗いてみたけど、誰もいない。
念のため、一度ベッドから降りて部屋を点検したんだけれど、やっぱり誰もいない。
ついでにいうならドアにも窓にも鍵はかかっている。
なのに何故か、私以外の誰かがこの部屋にいるような気がしてならない。
さぁ、これはどうゆうことかしら。
ベッドに座り直し、目を閉じて、神経を集中し、考えてみた。
そうしたらね、私ったらなんて勘が冴えてるのかしらねえ、昔聞いた都市伝説を突然思い出したの。
斧男って知ってる?
パターンはいくつかあるんだけど、斧を持った男がベッドの下に隠れてるって話。
気になったら是非調べてみて。
もしやと思って、ベッドから飛び降りて、下を覗いてみたら……いたのよ、斧男が!
正確に言うと斧男じゃないわね、だってその人、斧を持っていなかったから。
あ、でも代わりにカメラを持っていたわ。
男の人、と言うより、少年。
何処の学校かはわからないけど、制服を着ていたわ。
ベッドの下、床の上に横向きに寝そべって、カメラ片手にはぁはぁ荒い息をしているの。
あんまり呼吸が荒いんで具合が悪いのかと思って、
「どうされました?大丈夫ですか?」
と声をかけてみた。
カメラ少年はぎょっとしたように、
「え、自分ですか?」
自分のこと、「僕」でも「俺」でもなく、自分て言うの。変わってると思わない?
「ええ、あなたに言っているんです」
「そうですか。それはお気遣いいただいて申し訳ないです」
「具合が悪いんですか?」
「あ、いえ。全然平気です。元気です」
「それはよかった。人間元気が一番ですものね」
元気ならそれに越したことはないわ。
だけど、こんなところで何をしているのか、気になってね、
「ところで、何をなさってるんですか?」
と尋ねてみたの。
「写真を撮っているんです。自分は写真部なもので」
「まぁ、素敵ですね。どんな写真を撮っているんですか?」
「主に女子高生を」
「女子高生?」
「はい。女子高生の実態をテーマに写真を撮っているんです」
「ああ、それで」
ようやく合点が行った。
きっとこの人は先生が球技大会の写真をとるために呼んだ他校の男子生徒なんだわ。
うちの学校は他校生との交流と称して、お茶会や合同学芸会(吹奏楽、演劇などの芸術系の部活動の発表会)をよく行っているから、きっとその一種で、今回は他校の写真部を招いて、学校新聞用だか卒業アルバム用だかの写真をとらせようと考えたのね。でなかったら、女子高に男子がいるなんておかしいものね。
そう納得しかけたんだけれど、考えてみたら、球技大会の写真を撮るのが目的で来たなら、保健室の床で寝ているのは職務怠慢なのではないかしら?
私がそう思ったことに気付いたのか、ベッドの下の彼は申し訳なさそうに、
「あなたはしとやかで思慮深い方に見えるから言いますが、実は自分、忍び込んだんです」
なんて言い出したの。
「保健室にですか?」
「あ、はい。保健室もそうなんですが、学校に忍び込んだんです」
「まぁ。何故そんなことを?」
わざわざ忍び込まなくても、学校に用事があるなら事務室で用件を伝え、来校者名簿に名前を書いて、来校者証を首から下げればすむだけの話なのに。おかしなことをする人だわ。
「だって、『女子高生の写真を撮りたいんです』なんて正直に言っても通してもらえないでしょう?」
「部活動の一環だときちんと説明すれば先生方も許してくださいますよ、きっと」
「無理ですよ。それに自分は既に忍び込んでしまったんです。誰の許可もなく。今更のこのこ事務室に行っても不審者扱いで警察につき出されるだけです」
そう思うなら始めから事務室に寄ってくればよかったのに。偽りの来校理由なんて、いくらだって思い付くでしょうにねえ。そこまでして女子高生の写真が撮りたかったのかしら?
「夢だった女子高に潜入し、また夢だった女子高生の寝てるベッドの下に隠れることができ、さらに夢だった女子高生の寝顔の写真も撮ることができ、自分は満足です。もう思い残すことは何もありません」
写真一枚で思い残すことはないだなんて、大袈裟な人よね。
でもね、あの人、寝顔の写真って言ったのよ。
「あなたが撮った寝顔の写真というのは、もしかして私の?」
彼は満面の笑みを浮かべて頷いたけれど、私は笑えなかったわ。
「私の許可もとらずに勝手に写真をとったというんですか? それって失礼じゃありませんこと?」
私が少しばかり強い口調で言うと、彼はベッドの下で縮こまって、「すみません」と言ったわ。
すみません、じゃ、すまないわよ、レディのベッドの下に隠れていた上に勝手に写真を撮ったんだもの……なんて書いたら初亥や樹理に「誰がレディだ」なんて言われてしまうかしらねえ。
でも小さなことにいつまでも拘るのは性分じゃないから、それ以上は咎めなかったの。
「写真の件はもうけっこうですわ。ですが、あなたが正規の手続きを踏んだ来校者でないのなら、そろそろお引き取り願えませんか?」
ひどい奴なんて言わないで頂戴ね。
知らない少年、しかもベッドの下に隠れてる謎の少年と保健室で二人きりのところを誰かに目撃されたら、私まで先生に怒られてしまうかもしれないじゃない?
それから彼は、
「すぐに消えます。お騒がせしました。でも保健の先生がそろそろ戻ってくるので、少し時間をください」
と言った。そうしたら本当に鍵を開ける音が聞こえたから、慌ててカーテンをしめて、ベッドから離れたの。
戻られた先生に気分がよくなったから教室に帰る旨を伝え、よくお礼を言ってから外に出た。
でもやっぱり、あの人のことが気になってしまってね、すぐにもう一度保健室に戻ったの。ハンカチを忘れたみたいだと嘘をついてね。
私が保健室を出てまた戻ってくるまで、たぶん一分もかかってないわ。
「失礼しました」と頭を下げ、ドアを閉めてから、二十歩ほど歩いて、やっぱりって戻ったんだもの。
その間、保健室のドアが開閉される音は聞こえなかった。
なのに、ベッドの下には誰もいなかったのよ。
おかしいでしょ?
先生に、
「私が出たあと誰か出ていきませんでしたか?」
と聞いたんだけれど、先生は、
「あなた以外に休んでる人なんていなかったでしょ?」
とおっしゃっていた。
不可思議な話。
私が見たあの人は、いったい何者だったのかしら。
どこからどうやって出ていったのかしら。
それとも……本当はベッドの下に男の人なんて隠れていなかったのかしら。
すべて私がうとうとしてる間に見た夢で、現実じゃなかったのかしら。
皆はどう思う?
……あら、夢中になって書いてたら、朝御飯の支度をする時間になってたわ。
次は、豹雅ね。楽しい話を期待しているわ。
☆
「誰がレディだ」
「ほらー、やっぱり初亥はそう言うと思ったわ」
「えっと、これは何から突っ込めばいいんだろう?」
「お姉、何もされなかったんでしょうね!?」
「大丈夫よ。あの人は写真を撮っていただけみたいだから」
「写真を撮ると魂取られるって言うよね」
「嫌だわ、豹雅ったら、そんな明治時代の人みたいなこと言って」
「でも、さーすが、れんちゃん、落ち着いてんねー」
「落ち着いてるっていうか、こいつには危機管理能力がないんだろ」
「もー!もうちょっと気を付けなさいよね!変な人だったらどうするのよ!?」
「いや、女子高に忍び込んだ時点で十分変な人だろ」
「とにかく、何もなくてよかったね」
飛んで火にいる