百本のろうそく 第九本
時刻は午後9時ごろ。
「はーっやっと終わった~」
うんと伸びをする。
コードを壁に留めるために使っていたトンカチを片付け、付きたてのインターフォンのカメラを見る。
私の部屋の前の廊下が、普段より鮮やかな色で映っていた。
なかなか留まらないコードと映らないカメラとの5時間の格闘の末、ぼろい賃貸アパートの私の部屋に、やっとカメラ付きのインターフォンがついた。
社会人になって3年、一人暮らしをはじめて半年。
周りの部屋の人も親切だし、宅配もそんなに頼む方ではないし、インターフォンをつけるつもりはなかったのだが
最近変なことが起こるようになったのでつけることにした。
変なことというのは、夜中に私の部屋のドアノブをガチャガチャと回す人がいること。
それと、ピンポンダッシュもされるようになった。
隣の人がやってるかも、と思っていたが、隣の部屋の人は私が入居した次の日から昨日まで、ハワイかどこかに行っていたらしい。
さっきお土産をもらった。
私の部屋は3階の一番右端で、私の部屋の右は廊下に出てすぐ柵になっている。だから右隣はない。
でもまあ嫌がらせにしてもカメラがついてるからばっちり犯人が映るだろう。
怖さを隠しながら、私は本日はすぐ寝ることにした。
午前2時ごろ。
がちゃがちゃがちゃ
かすかな音で目が覚めた。もう聞きなれたそれは、私の部屋のドアノブを回す音だ。
「・・・。」
私は息をひそめて、インターフォンに近づいていく。
今日こそ姿を見てやる・・・!
さんざん恐怖を与えられた恨みをはらしたくて、私は急いで ≪音を立てずに外を見ることのできる≫ というモニター機能のボタンを押した。
が
がちゃがちゃがちゃ・・・がちゃ・・・がちゃがちゃがちゃ
「・・・・・・・・・・・」
今まで以上の恐怖が私を襲った。音はまだ聞こえているのに、インターフォンには誰も映っていない。
いや、インターフォンに映ったドアノブが、ひとりでに回っていた。
「っっっっっっっっっっっっぅ」
出せない声を必死に出そうとして息を吐くけど、声はかすかにしか出てこない。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!!!!!!!!!!
そのまま私は気を失ったらしい。
気が付いたら夜の7時だった。
家にいるのが嫌で出かけようとしたけど、玄関のドアノブが手の形にへこんでいたのを見て、ドアを開ける気がしなくなった。
このまま家にいたらまた・・・・。
そうだ!友人に家に来てもらおう!
私はすがる思いで大学の時の友人に電話を掛けた。
「ね、今日うちに来ない?」
「そういえば引っ越すって言ってたね!いくいく!今から家出る!!ここからだと1時間かかるから・・・じゃあ8時ごろね!」
なるべく早く来て、そういって私は電話を切った。
これでもう大丈夫・・・。
そう思って、恐る恐るインターフォンをつけてみた。
と・・・・。
鮮やかな色で映し出されるはずの廊下が、全体的に薄暗く緑の もや がかかったようにぼやっとしていた。
「・・・・?なにこれ」
声が震えた。
カメラを消そうとしたとき―――――――――――
髪の長い女の人が、あるはずのない私の部屋の右側から左に向かって歩いてきた。
カメラが映せる範囲を過ぎて――――――戻ってきてもいないのに、また右側から歩いてくる。
また左に歩いて行き・・・右から現れた。
どのくらいそれを見ていただろう。
「きゃあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!!」
やっとインターフォンの前で叫んだ。
声に気付いたのか、女の人はカメラを見た。
家の中は見えないはずなのに、まるでそこに私がいるのを見ているようにまざまざと見つめてくる。
カメラ越しに目があった。
あわててインターフォンを消そうとしたとき、女の人が にやぁ と笑った。
カメラを消す。心臓がつかまれたように痛い。
だいじょうぶ、ともだちがもうすぐ・・・。
ピンポーン
自分に言い聞かせたとき、呼び鈴がなった。
消したばかりのカメラがつく。
そこにはさっきまでのがうそのように、鮮やかな色の廊下と友人が映っていた。
あの女の人はいない。
ほっとして、玄関を開ける。
そこにいたのは友人と――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
《みぃつっけたぁ・・・》
百本のろうそく 第九本