――現在。 「"それ"はとてもとても大切なものだったんだ」 一人の老人がバーのマスターにそんな言葉をこぼしていた。 マスターはいつものようにグラスを磨きながら、老人の言葉へ静かに耳を傾けた。
男はただ寂しかっただけなのだ。 自分のそばにいて欲しいという、誰もが一度は持つ願いを恥ずかしくて言うことができなかっただけなのだ。 だから、必然にせよ偶然にせよ現われたその少年に男は救われたのだった。
「おい、変態」 目つきの鋭い男が、獲物を襲う獣のように闘争心を剥き出しにして、隣の優男に話しかける。 「なんだい、金の亡者?」 校内のほとんどの女子が振り返ると思われる顔を持つ美男子は、そんな闘争心のオーラをものともせず、平然と答えた。
「やあ、いらっしゃい! 久しぶりだね」 髪を後ろ手に縛った家主は久しぶりの訪問者に声を弾ませる。 「雫姉、久しぶり。少し痩せたんじゃねえの? 研究も良いけど、ちゃんと飯食えよ」 「それはお世辞かい? それとも、本音かい? ……ふむ、人の本音を駄々漏れにする機械。これは面白そうな……」 「ストーップ! それはさすがにマズイから!」 いつもの癖で発明品の構想に取り掛かろうとする叔母――月野雫を、司は慌てて止めた。
「確立は五分五分といったところでしょうか。今の医学ではそれ以上の事は……」 「……そうですか」 落胆する男に医者は声をかける。 「元々お体が弱いようですし、あなたの力で奥さんを支えてあげてください」 「はい……」
「オラオラ、どうしたよぉ!」 高校のボイラー室に下卑た笑い声が響く。大小様々なパイプが入り組む中、一番奥にある太いパイプに隠れた司には、それが死神の声に聞こえた。 (ちくしょう! なんで俺がこんな目に!!) 自身の今の境遇を嘆きながら、司は音を立てないようにそっと入り口の様子をうかがう。
「まったく、君はなんて羨ましい奴なんだ」 隣を歩くイケメン、松風京四郎はそう言うと恨めしげにこちらを見てくる。学校の廊下を歩く今も、すれ違った女子たちが携帯電話で写真を撮る音が聞こえてくる。
扉についた鐘が鈍い金属音で店内に来客を知らせる。 薄暗い店内にはどこで使われていたのかわからない古文書や巻物、架空の物とされている武器や装飾品がとろこせましと並べられている。アジア系のお香だろうか。天井から吊り下げられたカラフルなペルシャ織物とあいまって不思議な空間を作り出している。そんな店内のくねくねとした細い通路を大きなリュックサックが通る。まるで自分の店のように、商品に一切ぶつかることなく奥まで進むと、大きなリュックを背負った小柄な人物はカウンターで止まった。
「――アメリカが謎の生命体集団から襲撃を受けたことを皮切りに始まった世界的防衛戦は幕を閉じました」 司会者でもある初老の老人が通訳を脇に立たせながらスピーチをしている。
それは光の矢のように見えた。 腹の底から響くような轟音。 とっさに腕で顔を庇うが脇ではじけ飛んだ木材の破片が体中を切り刻む。 「ぐぅああああぁ!」 衝撃で数メートルは飛ばされただろうか。それでもすぐにその場から転がるように飛びのく。 瞬間、白い棒状のものが今までいた場所に突き刺さる。再び襲い掛かってくる木材の破片を京介は地面に伏せることで何とかやりすごした。
『石田の天狗』といっても民話ではありません。山深い石田村に天狗のような力持ちの子がいたのです。 SF的なのは、その子の特別な体質だけで、後はごく普通の人々です。 不幸な事情でその子は両親を失い、村人全体で養っている、『村の子』です。戸籍もないので学校に行くこともありません。 でも隣接する銀海町に転校生としてやってきた弘と友達になります。そして弘の家族ととても親しくなるのですが実はこの子、男の子の振りをしていますが、女の子だったのです。それには深いわけがあるのです。そしてそれと同じ理由で、主人公のこの女の子は村の人たちや弘たちと別れて、別人の名前をもらって見知らぬ土地に行くことになったのです。主人公12才のときの物語で、彼女の生い立ちや事情がだいたい理解して頂けると思います。 この章だけでも少し長い中篇くらいの分量ですが、ゆったりしたときに読んでいただければ嬉しいです。
「ねえ、真也。小学校の頃のワンタン事件って覚える?」 「んー? あぁー、あの事件か」 居酒屋の密集した線路下の裏路地で、俺は小学校の時から同級生だった薫と会っていた。
「うー、寒いなぁ」 私は自宅に入ると家の中心に鎮座している七輪に火を入れた。 この家にエアコンなどという高価な暖房器具は無い。あるのはこの年季の入った七輪だけだ。
私のクラスに転校生がやってきた。 「ハーイ、ワタスィのナマエー、ミゲルとイイマスー」 日本語だ。こいつ日本語を喋るぞ。 「ワタスィー、ナンバンからキマシター」
私は丘の上に住んでいる。 左右は高い山、後ろは強く風が吹き付ける切り立った崖。 こんな所に住もうなどと、昔の私だったら思わなかっただろう。 しかし、今の私はここでの暮らしを気に入っている。 なぜなら私にはかけがえのない友人たちができたからだ。
「レディイス、エァンド、ジェントルメン!」 半径100メートル程度の暗闇のドームに、ノリの良さそうな若い男の声が響く。 「今夜もやってきました! ザ・バトルショー! さて、まずは本日の挑戦者の登場だ!」 直後、ドラムロールが鳴り響く。そして一糸乱れず音が止まる。 「棕櫚の箒にまたがる現代の魔女っ子、ハニィィーちゃん!」
私の目の前を魚が泳いでいた。 落ち着け。そんなことがあるわけがない。 目を閉じて深呼吸をする。 そしてそっと目を開けてみる。 いた。幻ではない。 どうしてこうなったんだ。 私は数分前のことを思い出してみる。