チェレンコフの光 1
「他人の人生ってさあ、ドラマみたいだよね。」
お前もずいぶんドラマみたいな奴じゃないか、メアリー。そう言いたいのを喉元で押さえながら僕は口元を引きつらせた。世間ではこれをほほえみと呼ぶが、僕のそれはぎこちない。普段笑うことがほとんどないからだ。
「真島くんもさあ、平凡すぎて逆にね。」
「メアリー、俺は何もない人生歩んでるわけじゃないんだぞ。」
羽仁あり子という自分の名前が死ぬほど嫌いな彼女は、代わりにメアリーと呼ばれていた。メアリー・ハニー。実在しそうである。確かに鼻がすっと通った彼女の顔は、西洋人のそれに見えなくもないが、彼女は英語が死ぬほど苦手だ。どうせなら英語を上達させればいいのに、というのが、周りが常に思っていることに違いない。
羽仁あり子、彼女をメアリーと呼ぶのなら、郁という自分の名前が死ぬほど嫌いな僕のことを何故マイクと呼んでくれないのか。理不尽な世の中である。
「えー、どうせさ、友達がいたり、付き合ったことがあったり、成績は中の中ぐらいだったり、でしょ?」
メアリーは思い出すように視線を斜め上に動かしながら言った。右手に摘んだストローがからんと氷を揺らす。
高校の3年間と大学に入ってからのことを思い返せば、メアリーの言うことはおおよそ当たっていたが、だからこそおもしろくない。おまえは僕のストーカーか。
「おまえは」
「あーでもさ、私と付き合わないなんて、真島くんは普通じゃないのかもね。」
メアリーは渋面の僕に被せるように、満面の笑みを浮かべた。判断基準はそこなのか、と僕の顔に更にシワが刻まれる。
彼女の言うことには、若さゆえの傲慢やら虚勢やらがふんだんに盛られていた。チョコレートとホイップクリームとアイスクリームとシロップな感じだ。くどすぎて僕は食べる気をなくす。
しかし、それも仕方ないのだろう。僕とメアリーは5歳ほど離れているのだから。
「メアリー、モテてモテて仕方ないといつも自慢してくるんだから、その中の誰かと付き合えばいいんじゃないの。」
冷めかけたポテトを口にくわえると、油がしみてきていた。おいしさ57%といったところである。
「真島くん、わかってないなぁ。同い年の男子のガキっぽさをさぁ。」
「わかるよ。俺も昔はその中の1人だったんだ。」
メアリーもポテトをひとつ摘んで、むっと眉間にシワを寄せた。あからさますぎる反応に少し心の中で笑う。
「ガキにはガキがお似合いだよ、メアリー。俺は大人のおねーさんが好きだ。」
と、バーガーとポテトの油でテカっている手を動かして、胸とくびれとお尻のジェスチャーをした。思い浮かべるのはキューティーハニー。
「真島くんもけっこうガキだと思うんだけどなぁ。」
自分の名前が嫌いだなんて、十分子供だよ。そう続けて、それはそれはうつくしい笑みを浮かべた。美人というのはこういう、笑えば全てオーケー、が通用するのがずるい。そう僕が思っているのを知ってやっているメアリー、さすが、あざとい。
「自分の名前が嫌いな大人だっているんだよ。」
僕のように。
「メアリーも、どうせ大人になっても自分はあり子じゃないと言い続けるんだ。」
二人でひたすら摘んでいたポテトのLサイズがすっかり空になったので、そろそろ帰ろうと提案した。メアリーはむすっと唇を噛んでいた。その唇が油でテカリを得て、下手くそなグロスのようだったので、僕は「やっぱり子供だ。」と安心するのだった。
チェレンコフの光 1
続きます。