DIVINE!!

とにかくつれづれなるままに書きました・・・。テキスト形式に変えたのは書き終わった後なので、もしかしたら変に区切れていたりする部分もあるかと^^;
まぁ大目に見てやってください。発見しだい修正はしますので。

 日本のとある田舎に古い、とても古い話がある。嘘のような、事実のような、ありえそうで、ありえない。そんな話だ。
 「かんなぎ」という言葉を知っているだろうか。神を人間界に呼び出し、お告げを聞いたりする人のことだ―そんな「かんなぎ」の起源、とでも言える話。今は語れる人も減り、物語を知る者もめっきりいなくなった。近代化に飲まれて消えるありふれたことかもしれない―
だが、忘れてはならない。この土地は、この話の中に出てくる一人の若者に守られたということを。そして、それはまぎれもない実話であることを。

 物語を少し語ろう。それは飛鳥時代のこと。話の残るこの土地はかつて稀に見ぬ大厄災が起きた。火山は猛り狂った炎をあげ、地面は陥没し、太陽は激しく日照り、作物は皆死に絶えた。元々山に囲まれていたこの地は火山による火事で逃げる事も叶わず、人々はただ飢え死ぬか焼け死ぬかを待つだけ。そんな状態が約一ヶ月も続いた。その頃には人口は最早数えられるほどに減り、生き残った人たちもようやく鎮火した山を越えることができないほど衰弱しきっていた。死にたくなかった人たちはついに神や仏を
頼るようになった。すがるものがそれしかなかった。ただそれだけの理由だった。
 ある若い青年がいつものように祈りを捧げていたある日のこと。彼はある不思議な体験をした。誰かの声が空から聞こえてきたのだ。
 自分もとうとう死ぬのかと思い、痩せ細った腕を空に差し伸べた。すると何か光るものが落ちてきた。迎えが来たと思った青年はその光に触れた。途端、彼は光に包まれ、全てを知った。この世界のありようと、自分が何をすべきか―彼は「神」に選ばれたのだった。選ばれし者となった彼は神から貰った力を用いて土地の怒りを鎮め、作物を実らせ、山を元通りにした。彼は人々から崇められ、神の所業だと謳った。その後何度か災害が起きたが、彼の力によって何度も救ってみせた。
 莫大な信頼を得た彼は決して驕る事なく成長し、子を成してやがて死んでいった。力は子へと受け継がれ、その土地の守護を担った。そうして代を重ねていった一族は、その変わった苗字「上凪」からかんなぎと呼ばれるようになる・・・・。




        DIVINE!!


           第1(神使いの巫女少女)

   
      *プロローグ*

「ふーん。これが私たちのご先祖さまってこと?」
 巫女服を着た、茶髪の少女が言った。その手には分厚い巻物が広がっており、古風な絵から推察するに、相当昔のものである。しかし少女は、その巻物の古さを気にする事なくバリバリとその上でせんべいを食べ、粉を派手に巻物に散らせていた。
「うおおおおおおおお!」
隣で座っていた老人が巻物の惨状を見て叫んだ。
「我が家の家宝を粗末に扱うなっ!!」
七十近い老人は少女の持っていた巻物をひったくり、せんべいの粉を必死に払った。跡が残っていないか入念に調べてから、少女に向き直る。
「この世に一冊しかない貴重なもんじゃぞ・・・まったく一月は。この巻物は船麓七拾参絵巻、別名『かんなぎ伝』と言っての。この地に残る伝説を記してあるんじゃよ。
我ら上凪一族の始祖様のことをな」
 これはとある田舎の山の中の、そこにある寺のような家。その居間での出来事だった。この大きな家は、山の中だからかどこかもの暗く、しかし蝉の鳴き声で騒々しく、しかし木漏れ日が美しく、寂れた、神聖な雰囲気をもつ不思議な家だった。山は手入れがされていないようで、草木は伸び放題。だがそんな状態もどこか神々しいというか、様になっている。とは言え流石に家の周りはしっかり手入れがされており、庭には木で作られた手作りの机や、なにかの稽古に使っていそうな置物がいくつか置いてある。まるで昔話の世界だった。居間の、縁側とを隔てる戸は開け放しになっており、外からは部屋の中がありありと見える。中には、人が三人いた。老人と、巫女服の少女と、青黒いスーツを着た女性だ。
 十畳ほどの居間はちゃぶ台と座布団と古そうな扇風機しかなく、やや寂しげだ。テレビやソファなどもなく、侘び寂びにしては過剰なほど本当に何もない。壁には日めくりのカレンダーが掛かっており、蝉が五月蝿いこの時期に相応しくない十二月を指していた。どうやらめくっていないようだ。
 ふと風が吹くと、風鈴がリリリーン・・・と音をたてた。その下、縁側の戸の前でうつ伏せに横になっている巫女服の少女は、人差し指を立てて手だけを斜め上に伸ばした。
「へぇー。じゃあわたしたちの変な力も、このご先祖さまから受け継がれたものなんだねー」
 言いながら少女の伸ばした手の先から、テニスボールより少し小さい大きさの、カラフルな光の塊がポポポポっといくつも出てきて、彼女の手の周りをぐるぐると回りだした。明らかに人の成せる所業ではない。しかし老人はそれを全く気にすることもなく、
「変な力って言うな。『かんなぎの力』じゃ」
と不機嫌そうに言った。
「で、なんで急にこの巻物を私たちに見せたんだ?」
 ちゃぶ台の上に足を組んで座り、麦茶を飲んでいる女性が言った。黒髪で、背が高い。なんだか不敵な表情を浮かべて、不遜な雰囲気をかもし出していたが、
しかし妙な髪型である。もみあげは縦ロールがかかっていて長く、後ろ髪もかなり伸ばしていて真ん中辺りで括っている。しかし前髪はかなり短く、眉毛の上あたりで切りそろえていた。
「こら五月。机に座るな」
老人は女性に注意したが、その女性はまるで相手にせず、氷で冷えた麦茶をごくりと一口飲んだ。カランと涼しげに、氷が音を立てる。
「はぁ・・・今日は暑いな一月。修行は中止にしよう」
「え?やったあ~」
少女は寝そべりながらだるそうにガッツポーズをした。
「んで、じじい、さっきの質問答えろよ」
「お前も人の話を聞け」
二人はしばらくにらみ合う。数秒後、女性は肩をすくめてちゃぶ台から降りた。
「・・・お前たちもそろそろ実力が付いてきたじゃろう。今までなんとなくで修行してきたお前たちにもそろそろこの力について詳しく教えようと思ってな」
「でもなんでまた?いきなりなのに変わりはないよねぇ」
少女は首をかしげる。女性もうなずいた。
「一月ももう高校一年生じゃ。ものの弁えもついてきた。五月に至っては来年は社会人。今が頃合いだと思ったのじゃよ。わしは第四十代『かんなぎ』を引退する。お前たちにはどちらかに時期かんなぎを務めてもらうぞ」

 かんなぎ、神を人間界に呼び出し、お告げを聞いたりして人々を導く者。ここ上凪家は代々不思議な力を持っていた。まさしく神の代行者とでも言うべき力を。
かつてこの土地船麓町に起きた大災厄、それによって偶然生まれた力と言われている。上凪家の始祖が手にした力は、神を現実に顕現し、その神の力を使役する「かんなぎの力」。その力は代々研究され続けたが、現在でもまだ詳しい事は一切解明されていなかった。上凪の一族はそのよく分からない力を鍛え、様々な能力を手に入れた。その能力を使って、一族はかんなぎとして神のお告げを聞き、この地を災いから守ってきたのだった。
 今、かんなぎは第四十代まで続いている。つまり現かんなぎはあの老人だ。名を上凪深月と言う。六十九歳、頑固。能力は一族の中では優秀なほうで、自分の力にかなりの自信を持っていたが、その自信はかつて二人の孫娘に悉く壊されてしまった。
 一人は上凪五月。ふてぶてしいがどこか大人っぽい雰囲気を持つ女性だ。現在大学四年生、二十一歳の彼女は、一族の中ではかんなぎの力に恵まれず弱い。しかし、
彼女はとてつもない才能を持っていた。その弱い力を補って余りあるセンスは過去最高峰と謳われ、神使いの天才だ。また、かなり頭も良く、全国模試では常にトップ10入り。現在彼女は勉強の傍ら、かんなぎの力について祖母とともに研究している。
 もう一人は上凪一月。五月の妹で、さっきも言ったように高校一年生の十六歳。こちらは姉とは正反対の、ぼけ~っとした子供っぽい雰囲気の少女だ。常にふわふわとした明るさを持ち、怒る事は決してない。ただし、一月は問題児だった。かんなぎの力が強すぎるのだ。生まれ持った力の絶対量が異常で、コントロールが未だに出来ないでいる。彼女の髪に付いている四つの球は、力を抑え込める髪留めで、常に外す事を許されていない。だが力は年々増加してきており、最近はその髪留めでもコントロールできない量の力が出てきてしまうのだと言う。髪留めを作った五月曰く、「巨大な間欠泉に岩を敷いただけのもの」だから仕方ないらしいが。
 
 さて話を戻すと、女性改め五月が、ものすごい嫌そうな顔で言う。
「私は絶対嫌だからな。大学を卒業したら高校教師になるんだ。かんなぎなんかになったら色々めんどくさいだろうが」
「なら力の研究はどうするんじゃ?」
「それは続けるつもりだが・・・」
五月は一旦言葉を置いて、
「と、に、か、く!私はやらんからな」
と、力強く否定した。深月は特に言及せず、今度は一月のほうを向く。
「そうか・・・まぁよい。お前はお前の道を進むがよかろう。では一月はどうじゃ?やはりやりたくはないかの?」
「え?いいよ~。やっても」
対して一月はあっさりと返事した。二人は思わずあっけにとられ、彼女に詰め寄る。
「よく考えたのか?適当に返事するのは許さんぞ」
「一月、本気か?よく考えてみろ。お前の人生は神のお告げを聞いて伝えるだけの、残念極まりないものになるんだぞ?それでもいいのか?」
「さつ姉、そんなふうに考えてたの?・・・まあそっかー。さつ姉らしいよねー。でもさ、わたし神様たちと仲いいし、そんなに嫌じゃないなあって思うんだ」
「それはまた一月らしい考えだな・・・」
「一月よ。やるんなら修行は厳しいものになるぞ」
深月は怖い顔で言った。まるで念を押すように、牽制するように。
「お前の力をコントロール出来るようにせねばならんからな」
「ほいほーい・・・まかせときんさーい・・・」
だるそうに返事。ゆるゆるな彼女に二人は心配になった。
((大丈夫か、こいつで・・・?))

 

 季節は真夏。八月中旬だった。船麓町はド田舎で、さらに山の中ということもあり、上凪家は暑さと暗さでどんよりした空気に包まれていた。鬱蒼とした木々に囲まれ、蒸し暑さと蝉のじりじりと鳴く声が彼女たちを苦しめた。家からは、少し蒸気が出ているように見えるほどだ。
「あっづ~・・・夏なんてきらいだ~~」
 翌日の昼下がり、一月は汗だくになって居間で倒れていた。扇風機の首の向く方向にそって、ごろごろと転がりながら、女性向けのファッション雑誌を適当に読んでいる。(かと言って、一月は特にファッションにこだわっているわけではない。ただ単にファッション雑誌に載っているモデルのファンなだけだ)扇風機はかなりの年代もののようで、ギシギシと時折不安になる音を立てて回っていた。その軋む音がなる度にちらりと一月はそちらを見やって、不満そうな顔をした。
「むう。いい加減買い換えようよこれ・・・」
とひとりごちていると、廊下に出る襖が突然開いた。
「一月、スイカいる?」
 彼女の祖母、上凪黄泉がお盆に角切りの西瓜と大量に氷の入った麦茶を乗せて居間に入ってきた。彼女は現在六十七歳。深月の妻だが、かんなぎの力は持っていない。しかし彼女は神教の学者であり、かんなぎの力について研究しているのだ。
「わーい、スイカだ」
嬉しそうに飛び起き、西瓜にかぶりついた。西瓜はしゃくっと小気味良い音を立てて、彼女の口の中へ消えていった。1つ食べ終わったところで、ふと一月が顔を上げた。
「ねえおばあちゃん、さつ姉は?」
「五月なら、学校に用事とかで出かけたわよ。何か五月に用でもあった?」
「うん、ちょっとねー。まぁ急がないし、大丈夫」
「そう。あ!スイカ畳に落とさないでっ」
「あ、ごめん・・・うあ~、服にも汁がおちてるよ・・・」
「まったくだらしないわねぇ。そんなんじゃかんなぎ、ちゃんとできないわよ」
「気をつけて食べるよー」
それから少し前かがみになって食べ始めた一月を見て、黄泉は居間から出て行った。
「ん~っ美味しかったー!やっぱり夏はスイカだね~」
 全部食べ終わって、ごくごくと麦茶を飲み干した一月はそのまま後ろに倒れこみ、昼寝しようと眼を閉じた。

 ふと気がつくと彼女の顔には赤い夕日が差し掛かっていた。時計を仰ぎ見るともう6時半である。赤く眩しい日光を見て、思わず目を瞬かせた。
「ふあ~~あ、寝すぎちった」
大欠伸をして、一月が立ち上がろうとすると、どさり、と何かが彼女の腹あたりから落ちた。
 それは一冊の本だった。名前は《馬鹿でも分かるギリシャ神話》。右上に書き置きが貼られていた。
『かんなぎになるんならこれ読んどけ。学校で偶然見つけた。馬鹿なお前でも流石にこれは読めるだろ? 五月』
 漢字に全部読み仮名がふってあった。
「ひどいなぁさつ姉。わたしを馬鹿にしすぎだよ・・・」
ひとまずぱらぱらとめくってみると、それにはギリシャ神話に出てくる神々の歴史が分かりやすく書かれていた。へぇーと何気に興味を示した一月はじっくり読み始めた。
「・・・・ふんふん、海を司る神ポセイドンはこうして大地を司る神アテナに破れ、腹いせに海を荒れさせました・・・・・。おもしろーい!これ、わたしの友達が沢山載ってる。ポセイドンさんか~懐かしいなぁ。あ、ここにはヘラさん。ゼウスさんの奥さんだよね。お~ここにも、ここにも・・・」
「興味持ったのそこかよ」
いつの間にか五月がちゃぶ台に座って一月を見ていた。どうやらちゃぶ台は彼女のお気に入りの椅子のようだ。
「あ、さつ姉。これおもしろいね!友達のことが良く分かるよ」
「神を友達とか言うなよ・・・。ギリシャ神話の神が友達ってお前やべーな・・・どんだけ力が強いのか良く分かる言葉だよ」
 かんなぎは本来日本に存在する神にしか能力は発揮されない。理由は分からないが、一説によれば、かんなぎの力が外国にまで届かないから、だと言う。だがその説によるなら、一月は異常なまでの力を有している。従って、外国の神を唯一呼び出せるのだった。もっとも、最近は髪留めによる力の抑制のせいでそれは出来ないのだが。
 一月は懐かしそうな顔で遠くを見る。
「また会いたくなったよ。皆に・・」
「ま、かんなぎとして一人前になりゃお許しも出るんじゃないか?それまでせいぜい精進しな」
「そうだねー。なんかやる気出てきたよ!」
「まぁそれより、ばあさんが飯だって呼んでる。行くぞ」
 食卓に行くと、深月と黄泉は既に席についていた。老人は何かと行動が早いものだ。
 ちなみに、一月たちには両親がいない。何故なのかは今は語らないでおきたい。つまり、上凪家は現在4人家族。全員揃っての夕食である。メニューは魚料理をメインとした、シンプルかつ胃袋にうれしいものだった。黄泉の腕は鉄人級なので、基本何でも美味しいらしい。
「あ、そうだ一月。五月になにか用事あるんじゃなかったの?」
「おー!そうそう!ありがとおばあちゃん」
「私に用事?何だ?」
「いや、最近力のコントロールが効かなくなってきたなぁって」
「あぁ髪留めか・・・」
途端、深月がびくりとした。五月が深月をちらりと見たからだろうか。
「・・・・・・分かった。明日早速取り掛かろう。出る杭は早めに打っといたほうがいいしな?じじい」
「あ、ああ・・・そう、じゃな・・・」
「うん、ありがと」
 その後も4人は時々会話を交えながら食べて、一月が一番乗りに完食した
「ごちそうさま~。今日も美味しかったッス」
びしりと敬礼して、さっさと部屋を出て行く。
「ふう、明日は大変な日になるな・・・・」
五月は死んだような目で彼女を見送った。
 一月は、風呂に入った後、自室でさっきの本を読んだ。まだ髪もろくに乾かしていないから、頭から雫が垂れまくっていたのに気がついて、彼女は適当にタオルを巻いて続きを読む。
「あ」
ふと、彼女の目に一柱の神の名前が止まった。それは『クロノス』と言う名前だった。
「クロっちじゃん・・・うわあ~なっつかしい~・・・」
一月は思わず懐かしさに目を細めた。それは彼女が小学3年生のとき、学校の遠足の途中でうっかり無意識に呼んでしまった神の名であった。この神とは特に仲が良くなり、帰った時には三日三晩泣き続けたらしい。クロっちとは、その頃つけた愛称で、今もその時の名残を引きずっていたようだ。
 その後しばらく、色んな神の名を見ては懐かしいと言っていたが、十一時を過ぎた頃には、彼女はもう布団に入って寝ていた。
 その晩一月は変な夢をみた。羽の生えたウサギが家の中を闊歩するというものだ。このときまではそんなのはどうでもいいただの夢だったが、後にそれが洒落にならない
事態に発展しようとは誰が想像しただろうか。



 翌朝、彼女は何やらガヤガヤとした騒がしさに目を覚まされた。
「・・・・・?」
 騒ぎはどうやら庭から聞こえてくるようだ。現在午前八時。いつもは七時くらいに黄泉が起こしてくれるのだが、今日は何故か誰も部屋に来なかったので、
いつもに比べて寝坊である。少し不審に思った一月は部屋を出て、居間から戸を開けてみると―。
「うわあ!」
 そこには何十人という人がいた。いや、その表記は正しくないかもしれない。確かに数で言えば数十だが、そのほとんどは人ではなかったから。或る者は背中に太鼓が
刺さっていて肌は真っ赤。また在る者は肌が透けて後ろの景色が見え、また或る者は目が6つあり、また或る者は腕や足が何本もあり・・・。殆ど人型をしていたが、それは明らかに人ではなかった。何体かに至っては、人の形すら成していない。水が意志を持ってうようよ動いているようなもの、尾が何本も生えている狐や猫など、見た目百鬼夜行でしかない連中がわっせわっせと何やら作業をしているのだった。
「よお一月。どうだこの数・・・お前の顔の広ささまさまだな」
化け物どもの中から五月が汗だくになって出てきた。その姿を見て一月は驚いた。いつも着ているスーツではなく、めったに着ないと言う巫女服を着ていたからだ。
それがまた様になっていて、彼女は余計ぽかんとした。
「なんで、こんなに神たちが・・・?ていうかさつ姉が巫女服着るなんて、雪降るよ」
 そう、この化け物たちは日本の神。皆も名前はよく聞くであろう神や、民間伝説くらいの小さな神など、庭の中には多様な神たちが闊歩しているのだ。
「私も一応かんなぎ候補だからな。このぐらいは義務だろ。っていうか、なんでって、お前が昨日言ってたじゃないか」
「わたし?何を?」
「髪留めだよ髪留め」
「ええ!?何でこんなに大事なの!?」
「そりゃお前が力抑えられないって言うからこんぐらいにはなるさ」
五月がやれやれと、肩をすくめながら言った。一月は髪留め製作の現場を見た事が無かった。まさか、こんなに大事だとは思わなかったようで、一月は自分がどれだけ
異常なのかを感じ取ってしまう。顔を伏せた一月を見て、五月はため息をついた。
「あのな、一月。こんなの私たちからしたらなんでもないことだ。ばあさんは、ほら、あんなに楽しそうに神の研究してるし・・・。じじいは・・・あぁいやなんでもない」
 黄泉は神をバシャバシャ写真に撮ったり、紙になにやらもの凄いスピードで書き込んだりしていた。神教学者時代の血が騒いだようだ。一方深月は真っ白に燃え尽きていた。
(こいつらを全部呼び出したのじじいですって、言えるわけねーよなー)
 五月はこっそり、ぶっ倒れている深月を木の机の上に雑に蹴り上げた。
「とにかくだ。お前は気にするな。お前は一生その力と付き合っていかなくちゃならいんだ。いちいち気にしてたらキリが無いだろ?」
「うん・・・そうだね」
一月は顔を上げた。
「うん、そうだ!」
元気をあっさり取り戻した彼女は、つっかけを履いて神たちのところへ行った。彼らは皆一月と仲がいいようで、皆作業の手を止め、一月の周りに集まっていく。
(やれやれ、楽しそうだな)
五月は思わず微笑んで、作業を再開した。
 作業とは、主に木を切り倒してきてそれを一定の長さに切り分け、積んでいくことだった。神は偉い存在のはずだが、一月の為と皆奮闘した。
「たったこれだけの髪留めに何でこんなに木と神がいるの?っていうか、この球の材質、木じゃないよね・・・」
自分の髪に付いている丸い髪留めをいじりながら五月に聞いた。
「ん?あぁ・・・これはな。ただの薪だ。ちょっと特殊な組み木を作るんだよ」
「組み木」
「そ、組み木。それに、神を沢山呼んだのは、ただ薪を運んでもらうためだけじゃない」
 一時間後、大量の薪が庭に集まった。深月も復活して、薪をしげしげと眺めている。
「では神様方。薪に使った木の再生、後でお願いする」
五月が神にお辞儀した。いまいち感情がこもっていなかったが。
薪は五角形、四角形、三角形の順で一段ずつ組まれていった。奇数段の組み木は特にバランスが悪いように感じられる。
「この組み方になんの意味があるんじゃ?」
「五角形は抑制、四角形は収束、三角形は調和を表す。ばあさんとの研究で突き詰めたデザインだ・・・抑制で力を抑え、収束で力の流れを一定にし、
調和で一月と力を馴染ませるって寸法」
「ふーん、よく分かんないけど、この図形が大事なんだねえ」
「まぁ私の実力だけでほとんどが出来るから、あんまり意味はないけどな・・・」
「なんじゃそら」
「こういう神が関わる仕事は雰囲気が大事、だろ?」
五月は不敵に笑う。深月はこいつがかんなぎにならなくて良かったと思った。
(かんなぎの仕事なめすぎじゃろ・・・)
「とにかく、今日も忙しいから、さっさと終わらせるぞ。お前等下がってろ」
二人は言うとおりのした(深月はお前呼ばわりにぶつくさいいながら)。二人が縁側に上がっていくのを確認した五月は、ふっと真剣な顔になって、薪に向き直る。
「さて『カグツチ』、出番だ」
《了解した・・・》
 神々の中から一体(神の数え方は「柱」だが、この先分かりづらいかもしれないので、体で統一する)、全身という全身から火が噴き出ている真っ赤な神が一歩前に出てきた。
ただでさえ暑い時期に、火まみれの神が隣にやってきて、不快に感じた五月は舌打ちして、少し神から離れた。

 カグツチは日本に古来より伝わる神だ。正式名称を火之迦具土神、または火之炫毘古神。火を司る上位神である。かんなぎ間では、召喚可能な火の神の中で最高の
火力を誇る神として、古くから親交があった。『輝く火の神カグツチ』と、民間伝承で残るほどの火を操れる。
《ふんっ!!》
 カグツチが両手を掲げると、手から出る火が、勢いを更に増し青白色の爆炎となる。
《これぐらいでよいか》
「・・・十分だ。十分すぎるくらいだ」
 五月が若干身を引いて答える。無理もない。青い炎は温度が高いのだ。カグツチはそれを組み木に近づけ、着火させた。組み木はパキッと音を立てながら、
一気に燃え上がって、そのままの青白い炎の、なんとも印象深いキャンプファイヤーとなった。
「うわ~・・・綺麗だねぇ~」
 一月が感動した。
「白っぽい炎など、わしもはじめて見たわ。どんだけ温度が高いんじゃ・・・」
深月も呆けた顔で薪を見ている。
 炎が落ち着いてきたのを見計らって、五月が右手を高く挙げる。彼女の手に、こちらは炎ではなく、黒い光が集まりはじめた。ブラックライトよりも遥かに黒いその光は、
最早闇と言ってもいいかもしれない。球状になって集まっていく光は、やがてサッカーボールほどの大きさになると、光が集まらなくなり、そのタイミングで五月が胸の前まで
手を下ろした。
「術式四代、『神器精製』」
 そう言うと、光は地面に落ちていき、吸い込まれるように消え去った。そして代わりに薪の周りに、魔法陣と呼べそうな円陣が出現する。それは六層からなる重層構造で、
層ごとに互い違いでゆっくり回転している。
「・・・・術式四代『神器精製』。神の持ち物に匹敵する道具を作り出す術じゃ。四代目かんなぎが考案したことからこの名がつけられておる。じゃが、六層の陣とはな・・・
やはりあいつは天才なのじゃろうな」
「?どゆこと?」
「層を重ねるごとに道具の質が飛躍的に上がるんじゃよ。刀なら切れ味や耐久力が抜群に良くなり、器なら漆もより美しいものに、という具合でな。じゃが大抵のかんなぎは二層、わしは三層で限界じゃ・・・」
 深月が目を細めて五月を見やる。その目は賞賛するというより、畏怖が強いような気がした。
「前回より二層プラスした。以前より強力に抑えられると思うぞ。三日後には完成するだろう」
 五月が縁側に戻ってきて、そのまま倒れこんだ。明らかに疲労の色が見て取れる。
「六層もの陣を作れば、お前の少ない力はすぐ枯れ果てるじゃろうな・・・。早いこと飯食って寝ておけ」
「あぁ・・・言われずともそのつもりだ。一月、とりあえず作業は終わりだ。神どもに後は任せておいたから、3時間後くらいに帰らせろ」
「りょうかーい。おつかれっす」
一月はまたびしりとふざけた敬礼をした。
「うるさい・・」
 五月が寝た後、神たちは順々に炎へ自分たちの力を注ぎ込んだ。注ぎ込む力の見た目は神によって違い、水を司る神なら水を模したイメージ、火なら火、雷なら電流のような感じだ。ただ、そのような際立った特徴を持たない神は主に光だった。かんなぎの力のイメージも光だ。
 一月は、神たちが代わる代わる力を注ぐのを終わるまで、縁側に腰掛けて眺めていた。二時間半ほどで全員注ぎ終わる。神の力を大量に注がれた炎は光へと変わり、
組み木から天に向かってまっすぐ伸びていった。
「はーい、じゃあ神様がた~。おつかれさま~。出口はこちらになりまーす」
 手を振る一月の横の空間がひび割れ、真っ黒な穴が現れた。これは神がこちらの世界へ行き来する為のゲート、いわゆる『神門』である。かんなぎの力によって作る事が可能だ。ちなみに、この術は柔道でいう受け身のように、初歩中の初歩。一月でも簡単に作る事ができるのだった。神は口々に一月に挨拶をして門へと消えていき、後には薪と一月だけが残った。
「・・・・・」
 一月は最後にもう一度炎を見て家の中へと入っていった。

 そして三日後。ずっと途絶えることなく光り続けた薪も、朝起きると炭となって消えていた。その時のあまりの炭の量に一家は閉口した。高さで言うなら家の屋根に届きそうだ。
「片付けめんどくせぇ~」
 と、五月が欠伸をして部屋の中に戻っていった。
「これどうするの?おじいちゃん」
「・・・・・」
一月の問いに深月は何も答えなかった。彼もどうするか困っているようだ。しかし黄泉が家の軒下にまいて湿気取りに使うと助け舟を出し、三人は煤まみれになって炭を運んだ。一時間ほどすると炭の山もあと五十センチほどになり、残りは一気に土に埋めた。
「あ」
 そうして無くなった炭の山の跡にはツヤツヤと光る四つの球があった。青色が二つ、黒色が二つ。大きさは卓球のピンポン玉ほどだ。球は曲線でグラデーションが描かれた綺麗な模様で、一同は思わずほう、と嘆息した。一月が一つ手にとってよく眺める。
「きれー・・・。これわたしが使っていいの?なんだか、もったいないような」
「お前以外誰も触れないさこんなの」
 いつの間にか五月が隣に立って球を見下ろしていた。しげしげと注意深く観察している。
「これは力を押さえつける神器だ。私はもちろん、じじいでも触ったら、即、力吸い取られて干からびて終わりだ。お前が異常なぐらい力を持っているからそれに触れるんだよ・・・」
「え、怖っ!」
一月がびっくりして球を元あった場所に置いた。なんだか綺麗だったはずの物が急にどす黒いオーラを放っているように見え出した。
「ばあさんとかの力のない一般人なら触れてもしばらくは平気だろうな。まぁ、何が起きるか分からんが。だからとにかく、これは一月以外誰も触れるな」
 皆揃ってこくこくと頷いた。
「さて、髪留めは難なく作り終えたが、これからが一番の問題だよな・・・」
「うむ、じゃな」
深月と五月が腕組みをしてそれぞれ唸る。一月は困ったような笑みを浮かべた。
「髪留めの交換、だね?」
「ほう、分かってるじゃないか。前交換したのは四年前のことなのに」
「まぁあんだけ派手な騒ぎになりゃ忘れないじゃろ・・・」

 四年前、今回と同様に力が抑えつけられなくなった一月は髪留めを強力なものに交換しようとした。交換すること自体はそんなに問題ではないのだが、ひとつだけリスクが伴う。それは髪留めを一度全て外すという行為にある。一月の使う髪留めは四つでセットになっていて、はずす時は一度に全て外さないとバランスが悪くなり壊れてしまうという難点があった。だから一つづつ換えるということが出来ずに、彼女の力をしばらく全解放しなくてはならないのだ。彼女の持つ異常な力を。それが意味する事。つまり、何かしらとんでもないことが起きるということだ。四年前は、船麓町ごとアフリカに瞬間移動した。(人口が少ないのが幸いした。あの時は一月が五月の指示を受けてその強大な力をうまく操り事なきを得た)さらにその五年前の交換では(髪留めを作ったのは深月)、流星群が上凪家を襲った。彼女が生まれた時も何か大事があったらしい。
 まぁつまり、彼女が力を解放すると、その度に一家は訳のわからない異常事態に巻き込まれた。だから深月は四日前の夕食でびくっとしたのだ。
 さて、今回は一体何が起きるだろうか?皆戦々恐々だった。
「・・・昼ご飯食べてからにしましょ」
とりあえず黄泉は問題を先送りにした。
 昼食を皆黙々と食べ終え、居間に置かれた髪留めを囲んで座る。
「じゃあ、これ、とるよ・・・?」
一月が付けているほうの髪留めを慎重に抑えながらそっと言った。
「待て。ばあさんは危ないから山を降りておいたほうがいい。町役場でしばらく待機して、一時間ほどで戻ってきてくれ」
五月が真顔で言う。彼女は唯一力を持たないので危険だと判断したようだ。黄泉はそれに従がって山を降りた。
「じじいも下がっとけ。年寄りが無理するな。死ぬぞ」
「ふん・・・。廊下におる」
深月も腰を上げ、居間から出て行った。
 静けさが漂い、五月は眼を瞑った。風が吹いて二人の髪がなびく。
「さて、今回は当たりか、それともハズレか・・・」
そして彼女は目を開けた。
「外せ、一月」   

      *01*

 しゅるり。一月の髪のやけに長い部分が踊る。それからゴトリと、丸い四つの球が落ちたかと思ったら、それらはすぐ煙を上げて消滅した。
「うあ・・・っ!」
 一月の体の中から、湧き上がってくるように光が溢れ始めた。それはどんどん強くなり、五月もあまりの眩しさに真っ直ぐ彼女を見れなくなる。ポケットからサングラスを取り出し、かけて様子を見ると、留まること無い光の洪水は空へ上っていき、屋根を突き抜けて、頭上の雲を掻き消していくのが見えた。
「おいおい・・・こいつ、この数年で相当強くなってるな」
引きつった笑いを浮かべて五月が立ち上がる。
「一月!早く髪留め付けろ!」
「う、うん・・・っ!」
慌てて四つの神器を取り、束ねた髪に近づけた。すると、別に穴が開いてるわけでもない球に髪がすりぬけて、付け根辺りで球が固定される。
「すぐには止まらないな・・・くそっ!」
徐々に徐々に、彼女の光が薄らいでいくのを見て五月は毒づいた。
「解放時間が長いほど世界に与える異変はでかい!一月、なんとか抑えられないか!?」
「やってる・・・けど・・・!無理っ!!」
一月は必死の表情で体を力ませている。どうしようもなくもどかしい数分が過ぎると、ようやく落ち着いてきた。能力がコントロールできるようになり、
一月はまだ出ている光を全て消しさった。
「約六分・・・。過去最長だな・・・」
「・・・ねぇ、この神器、何か―」
「!・・・待て」
五月が一月の口を手でふさぐ。周りに無数の魔方陣が展開されたからだ。
(この印・・・日本の陣じゃない)
五月が注視していると、陣は回転しながら後ろへ下がった。そして入れ替わるように「何か」が陣から現れる。
「っ!『天使』か!」
「天使?何それ、初めて見た」
「その名の通り神の使いだ!こいつらは単体では私たちの相手ではないが、この数・・・ヤバ過ぎる!」
その数、およそ二百以上。庭までぎっしりと真っ白に埋め尽くされた。天使たちは、皆聖騎士を連想させる格好をしていた。白い甲冑とマントに、大きな羽。
手には金色に美しく輝く剣が握られている。甲冑の中には何もなく、空虚な兜がこちらを見ていた。
「敵意満々だな・・・。じじい!手ェ貸してくれ!」
廊下から深月が居間に飛び込んできて、部屋の現状を見て驚愕した。
「天使か!何じゃこの数は!?」
「全員お帰り願うぞ。一月!ここら一帯に強力な『加護』を張れ!」
「ほいりょうかい!」


 加護。それはかんなぎに限らずすべての人がもつ生まれ持った守りの力。運ともとれる。一般に「神の御加護」と呼ばれるものはそれで、神に好かれた人間ほど加護が強く、死ににくいと言われている。かんなぎの始祖は、飛びぬけて神に愛されていた。以来、加護を強くもつ上凪家は常に長寿である。ちなみに、かんなぎの力の強さはどうやら使い手の加護の強さに比例するようで、一月の力を鑑みても彼女の持つ加護(運)の強さも異常を超えていた。しかしこれはかんなぎの力ではないので、
髪留めの制約の影響を受けることは無く、実際にトラックに轢かれても無傷(むしろトラックが大破した)。焼却炉に入れても無傷(汗一つ?かなかった)。
核が落ちても無傷(多分。いや絶対)。最後以外は五月による、「実験」で証明された。それについて一月は、
「あーびっくりした」
の一言で済ませているんだとか。
 で、その無敵姫による守りは特別に他のものや人にも適用することができた。彼女が加護をかけた対象は、壊れたり怪我をしたりする確率が激減する効果を得られる。
 彼女の体から薄緑色の光がうっすらと広がっていき、家をすっぽりと包み込んだ。これが加護の光だ。
「いいよーさつ姉。暴れちゃってえ」
「間違って天使どもにも加護かけてないだろうな」
「大丈夫大丈夫」
五月はそうかと頷いて、瞬間、いた場所から消えた。と思うと庭のほうから凄まじい轟音が聞こえてきた。天使が次々と宙に舞い、ばらばらになって消えていく。
「こいつらは一定以上のダメージを受けると消滅する!お前等も早くやれ!」
「さつ姉が速すぎるんだよ~!」
「歴代最強の異名はやはり伊達ではなさそうじゃな・・・」
言いながら二人も参戦する。深月は居間で数十体の天使と対峙、一月、五月は庭で百数体の天使と対峙した。
 天使が今度は空から飛んで二人に襲い掛かっていく。五月は全ての攻撃を猛スピードの駆動でかわし、直後素早く殴打で反撃し、天使を消滅させていった。
対して一月はかわすことなく攻撃を受ける。が、天使の剣撃は彼女に届くことはなかった。一月に向けた剣は彼女の一歩手前で粉々に砕かれ、周りに漂う光に触れた天使は爆散。そのままどんどん消滅していく。
「まったく卑怯な。無敵じゃないかお前・・・」
「さつ姉のかっこいい攻撃もやってみたいんだけどな。全然できないよ」
「ふん、お互い逆向きのベクトルの境地にいるからな」
 神の使いは5分ほど経って、四半分ぐらい減った。五月は疲れたのか、戦闘スタイルを大幅に変え、打撃からかんなぎの力の比重を多くした。彼女の両手に真っ赤な光が集まっており、強烈なプレッシャーを放っている。それに触れただけで天使は消え去ってしまうほどだ。彼女は滑らかな動きで天使の合間をするすると動き回り、光る手で触っていく。
「すごいなぁさつ姉・・・」
机の上でぼーっと座っている一月が五月を眺めていた。もちろん彼女の周りには大量の天使がいるのだが、五月同様触れただけで消滅していく。しかも、一月の場合全身が
光り輝く武器なので動く必要もない。余計たちが悪かった。
「わたしも何かやってみようかな~」
一月の右手に赤い光が集まり、巨大な光球が生まれた。
「さっつ姉~!よけてね~」
そう言うや否や彼女は光球をぽいっと投げる。成分は光のはずなのに、重力に引かれて地面に落ちていく。そして着地した途端、光が波紋のように広がっていき、
ほとんどの天使に触れる。次の瞬間、あちこちで爆発がおき、辺りは真っ白な煙に包まれた。
「おいこら・・・げほっ」
 しばらくして煙が晴れると、そこにはむせている五月と木机に座っている一月しか残っていなかった。天使は皆消え去ったようだ。
「思ったより強いなぁ」
一月は自分の手を見やる。
「なんかこの髪留め、前よりも随分強い力が出るよ。しかも最高まで力出してもコントロールできるようになってる感じがする」
「ごほっ・・・あぁ、六層もの陣から作られた神器だしな。もしかしたらそういう効果が付随したのかもしれん」
「こんぐらいの力なら、外国の神も呼べるかも!」
「・・・そんなことより」
五月が辺りを見渡して、眉間にしわをよせた。
「今回の騒ぎ、これで終わったのか・・・?最初はどうかと思ったが、今までで一番楽だった気がする」
「多分まだなんかあるんじゃないかな?」
「なんかって何だよ」
「さあ?あ、そういえば」
「ん?」
「おじいちゃん、大丈夫かなぁ・・・?」
 居間に戻ってみると、深月が膝を押さえて悶絶していた。
「ぐおおお・・・歳か、歳のせいかー!!」
「きっちり天使は倒したみたいだな。よしよし」
 ひっくり返ったちゃぶ台を戻して、その上にどっこいしょと座る五月。
「じじい。まだ終わってないかもしれんぞ」
「何?・・・確かに今日のは今までのよりぬるかったが、まだ来るのか・・・?」
あからさまに不快そうな顔で情けない声を上げる深月を見て、イラっときた五月は「じゃあもう使えない老人は部屋に戻ってろ。あとは私たちがやる」と言って、
居間から出て行ってしまった。
(うーん、続きがあるなら、次は何が来るだろ)
一月はそんなことを思いながら、縁側に腰掛けて荒れた庭を見つめていた。


 さて、ここから話は大きく変わる。
 その日の夕暮れ、一家は夕食をとっていた。あの天使騒ぎから三日。その後何事もなく、このままおわったのだろうと皆安心していた。
「いやー騒ぎがこんだけで良かったねぇ」
「まったくだ。前回アフリカ行ったときに比べれば随分楽で、むしろ楽しかったくらいだ」
「わしはもうこりごりじゃ・・・」
談笑しながらのいつもの食事。そしてこの日も何事もなく過ぎていった。
 しかし、次の日の朝、ことは起こった。
「おわあああああああああああ!」
 その朝、深月は突然何かに襲われた。白い何かに体当たりを食らい、大きくのけぞる。その後それは止まることなく彼をつついて、ごろごろと居間を転がした。
「んばっ!ぐおっ!なんじゃああああ!」
 時計は午前6時を指していた。深月が何か気配を感じて目を覚ますと、目の前には白いウサギのような生物がいた。しかしそれはウサギではなかった。羽が生えていて、
よく見れば体毛もない。目は大きな三角形で赤く光っており、どう見てもこの世の生物ではなかった。しかも、その生物の後ろには、円形と四角形が混ざった独特な形の図形が浮かんでいて、それがまばゆい光を放っている。
「この後光・・・・!ギリシャ神か!」
深月は咄嗟に起き上がろうとして、その時いきなり襲われたのだ。子犬ほどの小さな体なのに凄まじい力を持っていて、軽々と深月を、さながらサイのように頭突きして転がしていく。
「ぐっ・・・!いいけげんに・・・・せんか!」
寝起きの老人とは思えない機敏な動きで体勢を立て直し、鋭い掌底をそれに放った。それは顔面と思われる部位に直撃し、大きく後ろに吹っ飛ばすと、すぐさま深月はそれに詰め寄る。
「『封神界』!」
 深月の手から黄色い光が放たれ、暴れる神を包み込んだ。光は球形になってふわふわと彼の周りを浮かんでいる。
「はぁ・・・なんじゃこいつは・・・・?」
《貴様、吾を何だと思っておる。ここから今すぐ出せ》
 光に閉じ込められた神は、そのちょっと愛らしい見た目とは裏腹な、唸るような声で喋る。
「喋れるのか。てっきり低俗な民間伝承の神かと思ったわ」
 神は喋れないものが多い。人々に知れ渡るような高位な神ともなれば話は別だが。
《吾は》
《吾はギリシャ神話上位神、名を『クロノス』と言う。ここから出せ、特異な人間よ》
「私は日本のシャーマン、かんなぎ第四十代代表、上凪深月と申す。申し訳ないがしばらくここでおとなしくして頂く。『封神界』は荒ぶる神を抑える術。
何をしてもそこからは出られぬ。非常事態ゆえ、無礼をゆるしてもらいたい」
《非常事態・・・日本・・・ふむ。何事だ?吾は先程までギリシャの神地にいたはずなのだ》
「私にも分かりかねる・・・」
(あの髪留め交換の続きか・・・?そう考えるのが妥当じゃろうな。ギリシャの神が日本に現れるなど、ありえん話じゃ・・・)
「ちょっと、何の騒ぎ?」
 黄泉が台所からやってきた。その手に白菜を持っている。料理の途中であったようだ。
「ギリシャ神が現れた。恐らくあの騒ぎの続きじゃろう」
「ギリシャ神ですって!?是非研究させて!」
黄泉は突然、老婆とは思えないキラキラした目つきになった。ドン引きした深月は彼女をどうどうと抑える。
「やめておけ。相手は上位神じゃ。下手に怒らせるとろくなことにならん」
「そう・・・しかたないわね」
がっくりと肩を落とした。
「あー・・・落ち込んでるところ悪いんじゃが、ばあさんよ。一月を起こしてきてくれんか?こいつを帰すにはわしの力では足りん」
「・・・分かった、起こしてくるわ」
黄泉は引きかえし廊下へと出た。
「一月。起きなさい」と奥の部屋の中に呼びかけると、中から髪がボサボサになった一月が寝ぼけ眼で出てきた。
「おふぁよう~・・・。今日起こすの早いねえ」
「おじいちゃんが呼んでるわよ」
「なんかあったの・・・?」
 一月が着替えて居間へ行くと、そこには神に叱られている深月がいた。だが一月はまだ眠いようで状況は全く頭に入ってこなかったようだ。
「えっと・・・何?」
「おお一月。助けてくれ」
深月が泣きそうな顔でこちらに来る。
「あの神がわしをいじめるんじゃ・・・」
「えー、神?だめじゃない、神を怒らせちゃ・・・」
「一月、一月、しっかりせんか」
深月に頬を叩かれて、だんだん頭がはっきりしてきた。一月はぱちくりと瞬きして、先程深月が出した光を見る。
「封神界・・・。怒りんぼな神でもうちに来たの?」
「ギリシャ神じゃよ。恐らく四日前の続きじゃ・・・」
「え、ギリシャ?」
はっとして光を覗き見る。そこには六年ぶりに見る神の姿があった。
「く、クロっち・・・・!?クロっちだ!」
《その呼び方・・・貴様、イツキか?・・・久しぶりだな》
「うん、すっごい久々!うわあ、うわあ、うれしいなぁ!あはははは」
一月はもの凄い嬉しそうだった。あまりの出来事に思わず大笑いする。
《この事態、悪い事ばかりでは無かったな。旧友に出会えるとは》
 またも深月がドン引きする。
(ギリシャ上位神と友達同士、じゃとおおおお!?)
「い、一月、お前、いつこの神と知り合った・・・?」
「え、確か小三のときかなぁ?遠足で力が暴走して呼び出して、そんとき仲良くなったんだよー」
《成程、これは貴様との因果で起きたのかもしれぬな。最近、吾の名を耳にしたりしなかったか?》
「あーそういえば、あのギリシャ神話の本で見たっけ」
「・・・つまり今回の髪留め交換事件は親友の神が日本にやってくる、で、済んだってことかの?」
とりあえず深月は安堵することして、座布団の上にどっかりと座った。

「しかし、いつまでもここに居させるわけにはいかんじゃろ」
深月はしばらく二人に話をさせて、その後タイミングを見て言った。
「そだねー。ちょっと不安だね」
 外国の神を呼び出すことが一月しか出来ないためデータ不足ではあるが、あまり長居すると、その神の力が薄れていくという事態が起こることがある。
力が無くなることは神の死と同義。下手すれば大事になりかねない。
「じゃあ残念だけど、もうお別れだよ。また会おうね」
「そういえば、外国の神は専用の神門を作らなくてはならなかったな」
「うん、これすっごく集中力がいるんだよねー・・・。さつ姉が力あったら任せられるのに・・・」
 ゆるい表情で光を見て、そして目をゆっくりと閉じる。しばらくして、凄まじい勢いで一月の中から光が溢れ出し、様々な色に変わりながら右手に集中していく。
(相変わらずとてつもない力じゃ・・・)
深月がそんなことを思っているうちに光が一月の右手に全て集まった。
「慎重に送れ。落ち着いてな」
「・・・・うん」
右手を光球に近づけ、そのまま静止。
「オーケーっ『封神界』解いて!」
一月が指示すると深月は手を振った。光球は霧散していき、クロノスが姿を見せる。
「じゃ、始めるよ・・・」
途端、一気に部屋に緊張が訪れる。一月は空間に何かを描くような身振りで手を動かし、少し汗を垂らしながら、ひたすら作業する。一月の前の空間が捻じ曲げられるようにうねり、やがて小さな穴があいた。そして段々それを広げるように手を動かしていく。数分して、ようやく完成しようという時だった。
「一月ー。こないだ貸した参考書なんだが・・・・」
誰かが部屋に入ってきた。そして―
「え・・・?あっしまった!」
気をとられてしまった一月は集中を欠いた。せっかく開いてきた神門も崩れ、空間の歪みは元に戻る。その際右手から集まっていた光が濁流のごとく溢れ出し、
その全てがクロノスに直撃した。
《ぬあっ!ぐっ・・・お・・・》
しばらく光は止まることなくクロノスに注がれ続けた。段々と白かった体が黒く染まっていく。
「あー・・・・どうやらタイミングが悪かったな。すまん」
 部屋に入ってきたのは五月だった。いつものスーツ姿で、大学に行く準備をしていたのが見て取れた。
「すまんですむかああああ!神が暴走するっ!五月、手伝え!止めるんじゃっ!」


 一月と五月、深月は真っ黒になったクロノスと対峙していた。漆黒の神に最早意志は無く、邪悪に赤く染まった目を3人に向ける。
「時にさ、クロっちって、なんの神だったっけ?」
「私が知るか。神には興味ないんだよな」
「わしも知らん!ばあさん!ばあさんはどこじゃ!」
「それより前見ろじじい」
クロノスがコウモリみたいな羽を伸ばし、こちらへ飛んでくる。
「なんじゃい偉そうに!いつからお前はそぶっ!ぐあああ!」
「前見ろって言ったろ・・・」
深月はクロノスに吹っ飛ばされ、壁に激突した。
「おじいちゃん、大丈夫ー?」
「ぐふっ・・・歳は取りたくないとはよく言うが、体が動かないとこうも痛感するもっ!ぐあああ!」
 再び深月にクロノスが突進。あっさり気絶してしまった。
「あらら、おじいちゃんばっかり攻撃しなくても・・・」
「どうやらまだこちらには攻撃が来そうにないな。今のうちに『封神界』をかけるか」
「待ってさつ姉。クロっちの様子が変」
クロノスは悲鳴のような奇声を上げ、段々とその体が大きくなっていた。最初は小型犬並の大きさだったが、いまや大型の熊よりも大きな体になった。五月が額に汗を浮かべる。
「・・・一月。この家と私たちに最高強度の『加護』を張っておけ」
「わ、わかった」
 前回よりもはるかに濃い緑色の光が一月から発せられ、彼女の加護が辺りを包むと、五月が冷静な顔に戻って、
「ちょっと手荒にしたほうが早く収まるかもな。私はこう見えてかなーり忙しいんだ」
と言った。
「もーさつ姉のせいでしょ~?ていうかクロっちは友達だからあんまりひどくはしたくないなぁ・・・」
「神を友達とか言うなよ・・・・」
巨大化がとまったクロノスは今度は2人のほうを向いた。最早可愛らしい見た目はどこへやら、天井目いっぱい大きくなって、邪悪なその目は憎憎しげに彼女らを睨んでいて。
一月はそれがとても嫌に感じた。
「・・・・・クロっち」
「はー分かったよ。優しくしてやるよ」
五月はやれやれと首を振り、前方、クロノスの懐に一瞬にして入った。
「わおっ!早~い」
暢気に一月が歓声を上げたが、五月は構うことなくそのままクロノスの腹部に光を集めた手で掌底をトンッ・・・と当てる。すると彼女の手から光が幾束もの帯状になって
勢い良く飛び出し、クロノスを縛り上げた。
「おお~!すごいすごーい!」
「一月も手伝えよ・・・こいつまだ動けるぞ」
光の拘束がより絡まっていく。だが一本ずつ帯が霧散して消えていっているから、
「このままだとすぐ解けるな・・・」
「能力がないからねー。もたないんだねー」
「うっせ。早く送れ。送れば元に戻るだろう」
「はいはーい」
再び緊張する空気。徐々に空間が捻じ曲げられていく。
「っ!・・・何だ!?」
 突然五月が呻いたそのとき、クロノスの拘束が全て解けた。   
        
      *02* 

「う・・・ん・・・・」
 目を覚ますと、見知った天井、ではなく眩しい太陽が一月の眼前にあった。僅かに土のにおいを感じてバッと体を起こすと、とんでもない景色がそこにはあった。
 まるでグランドキャニオンだった。しかし、それ以上の崖、スケールだ。あたり一面、気味が悪いほどほど赤い崖。一月はそこにいた。
「え?なにここ」
 だが一月はそんなことで動じない人間だった。こんな経験、子供の頃に何回もあった。今よりもっと力の扱いが下手だった頃、いつの間にか訳のわからないことに巻き込まれ、最後には家に帰る。髪留め騒ぎ以外でもそんなことが数え切れないほどあったものだ。極めつけは十歳の時、一月はいつの間にか宇宙空間をさまよっていた。
彼女は真空ですら死なないようだ。
 とりあえず、一月は何があったのか考える事にした。彼女は五月と違い、頭がすこぶる悪い。だから、一月の出した結論は。
「あ、西部劇?」
「なんでそうなるんだよ」
「あ、さつ姉」
五月が一月の後ろから現れた。後ろには光球『封神界』がついてきていて、中にはぼんやりとクロノスの姿が確認できた。どうやら元に戻ったようで、白い体になっている。だが、五月のほうは体中ボロボロで、最近買ったという新品のスーツも無残な様になっていた。
「どしたの、それ」
「何でもない。つーか・・・・」
五月は一拍置いた。
「やっっっっぱりこうなるのかよ!!」
「あはは~・・今回もめちゃくちゃだねー」
五月の絶叫にも似た突っ込みに苦笑いで対応する。
「そもそもここどこだよ・・・。アメリカじゃ、ないよな。グランドキャニオンに近いが、それよりも規模がでかい・・・。そもそも地球なのかここは?」
「え、違うの?ていうか私、さつ姉の怪我のほうが気になるんだけど・・・」
「お前はこういう状況に慣れているからそんなに落ち着いているんだろうが、私はそうはいかないんだよ・・・。ふむ、携帯は・・・圏外。GPSは・・・圏外。駄目だな」
「クロっち、何か分かる?」
一月はクロノスに質問してみた。考えてみればこの事態はその神が招いたことだ。
 しかしクロノスが答える事はなかった。何も喋らず、ただ静かに光の中を漂っている。
「クロっち?」
「あん?神の癖に気絶してんのか?」
「いやあ、それはないでしょ」
「言ってみただけだ。・・・しかし妙だな。こいつ、まるで反応がない」
さっきから五月が光の上からつついたり殴ったりしているのだが(神に対して実に無礼な女性である)、それに対して怒る事も、嫌がることすらしない。まるで死んでいるかのようだ。
「だが死んじゃあいないな。神が死んだら肉体はなくなるし」
「うん、生きてるのはなんとなく感じるんだけど・・・」
「ふん、まぁしかたない。あっちから話しかけるまで放っておこう。それよりこの状況なんとかしなければ・・・」
「そうだねぇ。前みたいにかんなぎの力で帰れないの?町ごと転移したみたいにさ」
「あれは偶然居た場所が特定できたから可能だったんだよ・・・。それに、今回お前は髪留めしてて、力の上限がかなり下がっているし」
「外そうか?」
「外したら余計駄目だろうが・・・。何で私たちがこんなところに来たと思ってるんだよ」
「あ、それもそうだねー」
五月がため息をついて、近くにあった手ごろな岩に座った。
「まぁじじい達が来てないのが、せめてもの僥倖だな・・・。居るのは私たちだけだ」
 二人は崖の上で立ち尽くしていた。見た感じ周りには岩と砂以外何もない。つまり、ここにずっといればいずれ困るということだが、
「これから、どうするか・・・。どこに行けばいいんだよ・・・・そもそも人はいるのか?」
「とりあえず歩こうよっ。進んだら何かあるよきっと」
「くそ・・・能天気だな。羨ましいったらない」
「でもでも、ここにいてもどうしようもないじゃん?」
「はぁ・・・。だな」
 五月は起き上がって、右手を真上にかざした。
「ちょっと下がってろ。術式二三代を使う」
「ん?何だっけそれ」
「お前なぁ・・・。二三代は方陣の術に長けたかんなぎで、術式二三代とは方陣の術、すなわち指針を知る術式だ・・・。これで行くべき場所を軽く特定しようと思う」
五月の手に白い光が一瞬集まった気がしたが、それはすぐに散り散りになってしまった。
「あれ」
「ん?どったの。さつ姉」
「・・・力が弱い」
「いつもじゃん」
「うっさい。・・・格段に力が落ちてる。術式二三代程度も使えないレベルまで。どういうことだ?」
言われて一月が手を挙げると、白い光が集まっていった。
「わたしは平気みたいだよ?」
「そりゃお前の力は天井知らずだからかもしれんぞ。もしかするとここは―」
 ここで一月がふと気づいた。数キロほど離れた岩場に、扉らしきものがあることに。
「あ、ねぇ、あそこ―」
「ぐあっ!」
その時、突然五月が呻いた。怪我から大量の血が出はじめたのだ。
「え、さつ姉っ大丈夫!?」
「・・・・・っ!・・・・大丈夫だ・・・」
「大丈夫じゃないよ!何でそんな怪我したの!?」
「ここに来る前、突然こうなった。恐らくこいつの仕業だ」
五月は憎々しげにクロノスを顎でしゃくった。
「・・・・そう」
「一月、さっきなんか言ってなかったか?」
「あ、うん・・・あそこに扉が・・・あれ?」
 一月が指差した所にはそれらしいものは無かった。岩の形から見て、その場所に間違いない。だが、先程あったはずの扉は、何故か煙のように消えてなくなっていた。
「??」
「・・・見間違いじゃないのか?」
シャツを引き裂いて止血をした五月が指差されたところを見て、そう言った。
「いや、見間違えるはずないんだけどなー」
「まぁ手がかりが見つかるかも知れん。とりあえず行ってみるか・・・崖から降りるぞ。一月、頼む」
「あいよ~っ」
一月は五月を抱えると(一月は力が強い)、100メートル以上ある崖からひょいっと、まるでちょっとした段差のように事も無げに跳び降りた。二人はみるみる速度を増していく。五月はやや顔を引きつ足せていたが、一月は全く平気そうだ。むしろ楽しんでいる。
「おおおおおおおお!!なかなか怖いな!」
「そう?楽しいじゃんっ」
着地寸前、一月の体はふわりと落下の勢いを失い、ストンと地面に落ちた。
「・・・・便利だな。お前の加護は」
「えへへ。いいでしょ?」
一月は誇らしげに胸を張った。何をしても無傷が彼女のウリである。
「んじゃ、さっさとその扉とやらに行ってみるか」
「さつ姉、歩けるの?なんならおぶるよ」
「大丈夫だって言ったろ。この程度じゃ私の加護でもどうにかなる」
「そう?ならいいけど。んじゃレッツゴーっ」
 一月は砂をザッシュザッシュ踏んで進んでいった。五月はその後ろについて行ったが、一月が後ろを向いた瞬間、血が出ている右腕を押さえてわずかに顔をしかめた。

「さて・・・ここか?」
「ん~多分。岩の形が変だったからそれだと思う」
 彼女たちは一月が見たと言う岩の前に立っていた。別段それらしいものは無く、見た目ただの少し変わった形の岩だ。
「ん~・・・奇妙だな」
「え、何が?」
「岩の成分だ。見た事ないもので出来ている」
触ってみると、確かに奇妙だった。鉄みたいなゴムみたいな、硬くもあり柔らくもあり―
「うわー・・・きもちわるいねこれ」
「だがここに何かあるのは間違いないな。問題は、扉があったとして、果たして人がいるのか。そしていたとして、そいつらは友好的かどうか」
「言葉とか通じるかな?」
「おぉ」
五月が本気で驚いた。
「やるな一月。たまには的を射た発言もするんだな!」
「ん?褒められてるのになんでかあんまり嬉しくない・・・なんで?」
「・・・」
やっぱり馬鹿だ。さっきの感動はどこへ、と呆れる五月だった。
「だがまあ、ここがちゃんと地球で、人が居るなら、なんとかなるだろう」
「壊してみる?よくないとは思うけど」
岩っぽい「何か」を人差し指でつつきながら言う一月の言葉にふたたび呆れる。
「おいおい・・・。お前はいつからそんなに乱暴になった。やめとけ。人が住んでるんなら、色々まずいだろーが」
「今のはさつ姉のまねですよ~」
「調子のんな」

 結局、どうしても扉の手がかりを得る事は叶わなかった。あたりはすっかり暗くなり、何も見えない状態になってしまった。周りには街灯も、家から漏れ出る光も無い。
「すっかり夜だねぇ。星も見えないし真っ暗」
そう言うと一月が光の球をいくつも出し、あたりをほんのり照らした。便利な能力だ。
「・・・・・」
「さつ姉?」
「のど渇いた・・・」
「あぁ・・・そうだねぇ~はいどうぞっ」
一月は袖から水筒を取り出し、五月に渡した。
「なんで持ってるんだ」
 一月はこんなことはよくあるので、水や食料を袖の中に常に入れているのだった。実に用意周到な遭難者である。
「まぁ遭難するの慣れてるから。それにわたし乾燥に強いし、全部飲んでいいよ」
 一月が寝袋(袖の中に入らない大きさだった。どうやって入れているのか不明すぎる。しかも重さで袖が引っ張られていないのである)を二つ取り出し、砂の上に敷く。
「う~ん、寝心地は、まぁまぁかな。砂柔らかくてよかった」
「準備周到すぎて突っこむ気力も沸かないな・・・。本当はお前、意図的にここ来たんじゃないかって思うよ」
「いやいや~無理でしょ」
 二人は静かに話しながら寝袋に入る。一月の言うとおり、砂がいい感じに低反発を再現していて、悪くない寝心地だった、が。
「砂、どうにかならんかなぁ。髪がパサパサして最悪だ・・・」
 砂風で二人の頭がよくない状態になりそうだった。
「なぁ一月。・・・一月・・てもう寝とるし」
だが一月はそんな髪を気にすることなくあっさりと眠りに落ちていった。それを見た五月は肩の力を急に抜いて、目をぎゅっと瞑る。
「・・・・ってぇな、クソ」
右腕を押さえて小さく、小さく呟いた。
 そうして遭難初日の夜は更けていった。

「さつ姉・・・顔色悪いけど、大丈夫・・・?」
「あぁ・・・寝不足だ」
 一月が朝起きると、すでに姉は起きており、頭を押さえて俯いていた。
「砂が私をいじめるんだよ・・・。お前よく平気だな」
「え?わたし加護張って寝たから、砂とか全然かからなかったんだ~」
 頭をグリグリされた。
「お前って奴はあああ!私がどんな思いしたと思ってるうううう!」
「う、あ、あ、あ、あ、あ」
加護がうっすら彼女の周りに張られている。痛みは感じないようだ。
「てめえええええええ!加護解けええええ!」
「嫌だよっ!死んじゃう!ていうかこれ精神的に痛い!」
「焼却炉に入れても無傷だったやつが死ぬかっ!」
「だから加護が無かったら死んじゃうって!」
 二人とも涙目になってしばらくそうしていた。
 結局水筒の水を使って頭を洗うことにした。一月は大切な水だと反対したが(こういうときは結構現実的だった)、我慢の限界と言うことで渋々承諾した。
「・・・・つっ!」
傷口に水が染み、思わず呻いたが、一月はどうやら気づかなかったようで、五月はほっとした。
「ふう、すっきりした。だが早いこと風呂入りたいな。体もしっかり洗いたい・・・」
「だねー」
「まぁ、希望はひとまず置いて、これからどうする?遭難のプロ」
「じっとしてても仕方ないしねー。一旦崖の上から眺めてみる?」
 彼女はピッと頭上の崖上を指差す。五月は面倒くさそうな顔で頭をふる。
「だるい」
「じゃあ私が一人で行って来るよ」
そう言うと彼女の足に赤い光が爆発的に集まって、その状態でジャンプする。すると彼女は一瞬にして崖上まで到達した。
「うお、相変わらずすげえ力だなぁ・・・うぐっ!」
 見上げていた五月は突然ふらついた。視界が少しぼんやりしてきた気もする。
(・・・・まずいな)
しかし彼女は倒れることなく、一月が戻ってくるまでずっと堪えていたのだった。
「おお~!すっごい景色だねぇ~これは」
 一方、一月は登った崖の上から辺りを一望していた。やはり見渡す限り赤い崖と谷と砂漠の何も無い景色だ。しかしふと一月は気づいた。昨日見た時はあまり余裕がなかったため、何とも思わなかったが、今見てみると、この景色がとても美しく感じられ、思わずため息をついたことに。
 地層が様々な色で出来た崖。高さはそれぞれまちまち。地面で砂が曲線模様を作り、それが崖の層と絶妙のコントラストを描いていて、まるでお菓子のような風景だった。
 こんな風景、きっと世界中のどこを探してもここしかないだろう。
「・・・・おっと。いけない。手がかり~手がかり~」
自分の目的を思い出し、慌てて一月は周りを見渡した。

「どうだった?」
「なにも無かったねぇ。でも景色綺麗だった~」
 一月が崖から落ちてくるとすぐに五月が問う。彼女はその時まで辛そうにしていたが、気力でいつものすまし顔に戻した。一月に自分が弱っている事を悟られたくなかったのである。
「なんかこう、お菓子の国?みたいな」
「あーどうでもいいよ。んなもん・・・」
「そう?さつ姉も見なきゃ損だよっ」
「いいっての。それより、次はどうするよ?」
「さっきのトコに戻ろう。やっぱりあそこをもっと調べたほうがいいと思うな」
「賛成だ。砂場歩くのしんどいんだよ」
 そして再び妙な岩の前。二人は念入りに調べた。岩の下の砂を掘ってみたり、岩を強化した手で押してみたり、殴ってみたり。しかし。
「何もないねぇ・・・。やっぱりわたしの見間違いだったのかなぁ?」
「・・・・・・・」
「さつ姉?」
「ぐっ・・・」
ついに短い呻き声とともに五月が倒れた。意識を失ってしまったようだ。
「さ、さつ姉っっ!!」
《一月!!》
振り返ると、どうやら意識を取り戻した(?)らしいクロノスが叫んでいた。見れば光が消えかけている。封神界は五月の張った封印結界。五月の意識が失われたことで
解除されたようだ。クロノスが慌てた様子で一月に言う。表情から推察するにかなり辛そうだ。
《この結界を解いてはならん!今すぐ張りなおせ!》
「え・・・?」
《急ぐのだ!説明は出来るときにしてくれよう!》
「ふっ『封神界』!」
 一月の手から凄まじい光が溢れ、クロノスを包む。
《馬鹿者!強すぎだ!いくら膨大な力が在るとは言えこのような量、意識を失うぞ!》
 しかし一月は聞いていなかった。
(どうしようどうしようどうしよう!)
 今彼女の精神はかなり追い込まれていた。かつて一度も、五月は妹の前で倒れたりはしなかった。プライドが高く、自分の才能を誇りに思っていて。一月から見ると
無敵の存在のように思えていた彼女は今、汗だくで血まみれで倒れている。こんな姿は見たくないし、信じられなかった。パニックに陥った一月は、姉を抱き上げ、どこへとも無く走り出した。彼女の顔は焦りと悲しみの涙でぐしゃぐしゃになっている。
 誰か!さつ姉を助けてっ!!誰か!
 そう何度も叫びながら。
 それから四時間ほど経っただろうか。
 ぼやける視界と意識の中、一月は二つの人影を見た―気がした。   

      *03*

 目を覚ますと、見知らぬ天井があった。
 わずかに薬品のにおいがしてがばりと起きると、そこはまるで保健室のような部屋だった。ただ、1つ1つの物が斬新なデザインというか、見た事も感じたこともない
雰囲気を漂わせていたが。
 一月の横には、心拍数と思われる波形が映ったモニターが「浮かんでいた」。正確には画面、スクリーンのようなものが空中に投影されていると言った方が正しいだろうか。数字と心拍数以外は全く分からない文字ばかりで、ここが日本ではないと悟るには十分すぎた。はっとして周りを見ると、隣には五月が安らかな顔で眠っていて、
『封神界』が彼女の周りを漂っている。
「助かっ・・・・た?」
「ぐ、うう・・・ん・・・ここは・・・」
五月が起きた。はっと気づいた一月はすぐに飛んでいき、彼女を抱きしめた。
「う、うう・・・・よ、よがったああああ!!さづねえええ!」
顔が涙と鼻水でぐしょぐしょになった一月をみて、五月は思わず吹き出した。
「はは。ひどい顔だなぁおい」
「だっで・・・!いきなりだおれて!死ぬかとおぼったもん!」
「すまない・・・・・ありがとう」
 それから一月は大泣きしていた。彼女にとって姉は絶対的な存在だ。それが倒れるのがどれほどの精神的ダメージになっただろうか。しばらく五月の胸で泣いた後、
すすり泣きしながら周りを見渡す。五月も倣って顔を上げた。
 部屋には彼女たちしかいなかった。8つほどあるベッドは皆空中に浮かんでいて、青と白の丸っこいデザイン。その右上には一つ一つモニターが浮かんでいたが、
今は彼女たちのモニター以外は真っ白で何も映っていなかった。やはり全体的には保健室、もしくは病院のような雰囲気はあったが、細部を見るとどことなくそれらとは違うと思われた。
 雑多なものが詰め込まれた棚には、カーキ色の薬品がぐつぐつと泡立っていて、いかにも爆発しそうな雰囲気を漂わせていたり、明らかに医療用ではなさそうな実験器具のような物体が部屋の隅っこに置いてあったり。
「あれ」
 崖の上での力の弱体化に気付いたときと同じような調子で五月がぼやいた。
「ん?なにさつ姉」
「傷が癒えてる・・・服も・・・」
 確かに彼女のスーツは新品同様に戻っていた。切れていた部分も完璧に塞がっている。腕をまくってみると、彼女の二の腕にあった、縦にバッサリと斬られた傷も跡形も無く消え去っている。一月の巫女服も、相当な年代物で、あちこち傷んでいたはずなのだが、これもまた新品同様に戻っている。心なしか一月も五月も肌がつやつやしているような気がしないでもない。
「本当だねー。どういうことだろ・・・?」
「それに、ここどこだ?一瞬病院かと思ったんだが・・・何というか、この雰囲気・・」
「うーん・・・。どこだろうね~?わたしが気を失う前、人影を見た気がするんだよー。その人たちが助けてくれたのかな?」
「さあ・・・。私に聞くな」
「それに、このベッド。絶対わたし達のいた世界にはないものだよね・・・」
「あぁ・・・浮いてるし、何か空中に画面があるし・・・。やはりここは地球じゃない、どっか別の惑星とかなのか?」
 その時ガーッという何かが開く音が聞こえ、その後、足音が聞こえてきた。
 足音の正体は二人の人間だった。一人は白衣を着た銀髪碧眼の、全体的に色白な青年。もう一人は綺麗な亜麻色の髪で、ポニーテイルの少女。歳はそれぞれ十九、十七あたりに見えた。
(人・・・。てことはここは地球、か・・・)
 二人は一月たちの前に立ったが、なかなか喋ろうとしない。
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「ねぇねぇ君たちが助けてくれたの?ならありがとうだよ~」
 いの一番に沈黙を破ったのは空気の読めない巫女服少女だった。それに呼応して二人も話し始める。が。
「*******************」
「*******」
(やはり言語が通じないか・・・何語だよこれ・・・)
五月は思案した。どうにかして意志の疎通を―
「さつ姉っ!なんか言葉がわかんないよ!」
(お前昨日通じないかもとか言ってたじゃないかーっ!)
やっぱ馬鹿だ。呆れ果てる五月だった。
 青年も思案顔になって、しばらく沈黙が続いた。しかしやがて、青年が驚くことを口にする。
「あ、あ~・・・これで合ってるか?」
「に、日本語喋れるのか!?」
「たった今覚えた。まぁ俺の場合『取り込んだ』と言った方が正しいが・・・」
「はぁ?」
何だこいつ―?思わず五月は身を引いた。
「そんなに身構えないで欲しい。安心しろ、危害を加えるつもりはない。」
「たった今覚えたにしてはえらく上手いもんだな」
「すまないが説明は省く。あぁ、あと、ちょっと待ってくれ」
そう言うと青年は隣の少女に手を差し伸べると、手から青色のレーザーが出て彼女の頭に当てた。するとしばらく眼を瞑った後、少女が、
「こんばんは~ガーデンにようこそ~」
と、日本語を喋るようになった。
 実はここは日本のどこかなのか?と混乱する五月だった。

「で、あなた方は?」
 しばらく五月はザンと、一月はミネットとそれぞれ話をしていた。
「ああ失礼。俺はザン・オーリア。この研究所「ガーデン」の所長だ。こっちはミネット・アメジス。うちの所員だ。俺たちはこの研究所の外に出た際、倒れている君たちを見つけ、ここに保護したんだ」
「研究所?ここは研究所なのか?で、あなたが所長?随分若く見えるが・・・」
「十九歳と七年だ」
「なんだそれは?」
「・・・気にするな。生まれてから二十六年経っているのは事実だ」
「よく分からんな」
「気にするなと言ったろう?どうでもいいことだ。それに、こちらもそちらも聞きたいことが山ほどあると思うんだが?」
 少しニヒルを気どった風の青年はニヤッと笑う。前髪が長く、右目は隠れていて、とても鬱陶しく感じられる。左目、というか顔の左半分側の前髪は、サイドごと後ろにアップして、黒い陶磁器のような、カチューシャっぽい髪留めをしていた。妙な髪型である。
「そうだな・・・じゃあまず、ここはどこだ?研究所のことではなく、ここら一帯という意味だが」
「ここには住所も呼び名もない。ただの荒野だ。見た感じ旅人でもなし、ここの住人でもなし。どうしてここにいる?本来一般人が来れるような環境ではないはずだ」
「さぁな。気がついたらここにいたんだ」
「・・・記憶が無いのか?」
「いや、そういうわけじゃない。本当に気がついたらここに居たんだよ。ちょっと前まで日本の田舎にいたのに」
「・・・・・日本?」
ザンはその単語に眉をぴくりと上げた。そして不可解な顔で五月を見た。
「日本という国は、データでは二千年前に島ごと滅びている。どういうことだ?」

 また、隣ではすっかり仲良くなったらしい一月とミネットが楽しそうに話をしていた。
「んじゃ一月のいたセンロクチョウってどんなところなのかしら?」
「えーっとね。うちの町は山に囲まれてて、緑しかないようなところかなぁ?あんまり特徴ないんだよねー。うちの町って」
「緑ってことは外に植物が生えてるの!?すごいわね・・・」
「え?ないの?草とか花とか」
一月が不思議そうに聞くと、ミネットは少し眼を伏せて、
「うん・・・ここらへんは水も草も地下に行かないと無いの。ていうか地上はどこもほとんど外の景色と同じ。赤い崖ばっか。それもこれも、全部あいつのせいなのよね・・・」
「ん?最後何て?」
「ううん、なんでもないわ!それより皆―」
ここで五月の大声が響き、ミネットの台詞をかき消した。
「どういうことだ!日本が、二千年前に、滅びている!?わけが分からん!私たちはつい昨日までそこにいたんだぞ!」
「な、何・・・?」
「え、ど、どうしたのさつ姉?」
戸惑う二人をよそに五月はザンに大声で怒鳴るように叫ぶ。
「お前、日本語喋れるじゃないか!そのくせに何故滅びたなど・・・!」
「言っただろう。『取り込んだ』って。データから照合した結果君たちが話していた言語が日本語だと分かり、少ない参考文献から日本語を学習しただけだ」
 しかしザンは冷静だった。彼女の剣幕にまったく怯む事なく、冷たい目で見据える。
「・・・・・!!もうわけが分からん・・・」
 五月の混乱が一周して少し落ち着いた。
「要するに、君たちの話だと、日本は昨日まであって、そこで暮らしていた。そしてここに気がついたらいた、と。そういうことだ。俺のデータでは、日本は二千年前に滅び、昨日あるわけもない。それにな・・・」
一度言葉を切って、ゆっくりと自分の真下を指差す。。
「かつて日本と言う島があった座標は、ちょうどここなんだよ」
「!?」
「ここは日本の跡地とも言える場所だ。我が研究所「ガーデン」はその地下二百メートルに作られた施設なんだよ。証拠に地図見せてやろうか」
 そう言うとザンは右手をさっと振った。すると彼の目の前にベッドの上のモニターと同じような画面が現れた。そして何度か画面に触れ、地図を呼び出した。
「青い印がガーデンの位置だ」
「こっ、これ・・・は・・・・!」
「あーーーっ!」
絶句する五月と仰天する一月の前に示された地図には、外の崖と同じ色の景色が映っていた。その景色の中に、見た事あるような形の崖があった。
 日本だった。


 地図上の印はかつて東京があった所を示していた。つまり、ここは東京の地下二百メートルということだろう。
「私たちは東京だったところを歩いていたのか・・・」
「日本だったんだねーここ・・・」
 二人とも落ち着きを取り戻したが、あまりの現状に呆然としていた。
「今私のなかで全て辻褄があった。ここは異世界でも、別の惑星でも、同じ世界の違う場所でもなかったんだ」
「?」
「ここは遥か未来の世界だ。私たちは神の力でタイムスリップしたんだよ」
「えー!?ここ未来なの!?」
「そうとしか考えられない。私たちはギリシャ神クロノスを侮っていたんだ。あいつ、多分時間を操る能力を持っている。違うか?」
「あ、そういえば、クロっちの肩書き、確か『時を司る神』だったような・・・」
 五月がため息をつく。
「彼らの話からすると、少なくとも二千年は軽く超えた未来だ。笑えないな・・・」
「二千年経ったらこんなになるんだな~」
「暢気かお前は」
 今ザンとミネットは部屋にいなかった。五月が5分二人だけで話がしたいと言ったからだ。ザン曰く、ここはやはり医務室で、研究室を兼ねているため少し散らかっているらしい。二人が未来的デザインを排除した上で感じた、ここの保健室らしくなさは、研究室の雰囲気だったのだろう。
「食事持ってきたわよー。お腹空いてるでしょ?」
5分ぴったりでミネットが部屋に入ってくる。カートに色々な食べ物を乗せてきていた。香ばしい匂いが部屋に漂い、一月も五月もお腹が何かを求めて悲鳴を上げた。
 ぐるるるるー・・・・二人は揃って赤面した。

「何で私たちを助けたんだ?」
「は?」
出された食事(見た事もない食材だった)を食べながら、ふと五月がザンに尋ねた。
「メリットも無いのによく分からん二人を自分の研究所に入れる、なんてな」
 五月も一応研究者の端くれである。だから、もし五月たちがザンの立場だったとき、自分は恐らく(日本なら)病院とかに連れて行っただろう。もしかしたら、
産業スパイかもしれないと考えなかったのだろうか。と疑問に思ったのだ。
「理由は二つある。まず、人が倒れていたと言う事態による人道的な観点から。ここら一帯には病院なんてない。治療施設があるのはここ、ガーデンだけだ。
 次に、人があの辺をうろうろされると困る事があるからだ。この研究所は極秘に作ったもので、誰にもここを知られるわけにはいかなかった。実は俺たちはとある理由から政府に追われててね。世界的犯罪者扱いなのさ。勝手なことだ・・・。
 だからあのまま倒れていたら君たちは今頃政府の部隊に捕まって記憶だのなんだの調べられてしまうだろう。それでここの位置がばれるかもしれない。そう思っての行動だ」
「ふむ、なるほどな・・・。ところで何で政府に?」
「・・・・・・」
ここでザンは声を落とし、癖らしい気取ったニヤリ笑いを浮かべた。
「俺たちが国際級テロリストだから」
「テロリストだと?そんなふうには見えないが」
「言ったろ。政府に捕まったら記憶だの何だのって。今や人類の活動区域は太陽系全土にまで広がった。地球以外にも、と言うか殆どの人間は他の星に住んでいるわけだ。
それらを統率、管理しているのが政府だ。政府は最初上手くいっていた。だがある男が権力を握った途端、気が狂った独裁体制になった。俺たちはそれを引っくり返すべく、ここで隠れながら働いているってわけだ」
「ほう。なかなか面白い話だな。テロリストは皆自分たちの行為を正当化したがるから信用はせんが」
「賢明だな」
 一月は出された料理をがつがつと食べていた。かんなぎの力はエネルギーを消費するので空腹は死活問題だ。力の使いすぎで栄養失調になったのは二度や三度ではない。
「っぷはー!ごちそうさまでしたー。美味しかったけど、これ何て料理なの?」
「なんてこと無いただのありあわせだが」
「食材かなあ・・・食べた事ない味がするんだー。なんかこう、・・・ん~・・・何て言えばいいかな・・・とにかく美味しいんだけど」
一月はうーんと頭をひねりながら味の感想をなんとか口にしようとするが、全くふさわしい言葉が思い浮かばなかった。
「・・・・ぬあいって感じ」
「何だそれ・・・」
 ザンは一月に対して少し距離を置いていた。馬鹿は苦手らしく、さっきから一度も会話をしていない。一月はそういうことが分かるほど鋭くないので、むしろ鈍いので、
そのことに気づく気配はなさそうだが。
 ふと、一月がそわそわした。
「ねえザン君。ちょっとトイレに行きたいんだけど」
「ん、そうだな、私も少し」
「あぁ、広いから案内しよ―」
「あたしが行くわ。女子トイレだし、もうちょっと話がしたいしね」
 素早くザンを遮り、ミネットが元気よく手を挙げた。
 そして結局、ザンは置いていく事にして、女子三人は廊下へ出る扉に向かった。
「やっぱ未来はこうなんだねぇ~」
自動で開いた金属製の扉に関心する一月を見て、ミネットはぽかんとした、
「未来って?あ、廊下注意してね。浮くから」
「浮く?」
「浮くって?」
廊下に出た途端、三人の体は重さを失ったかのようにふわりと浮きあがった。ちょうど崖から飛び降りたときの一月の加護のような感覚である。ただ浮いただけでそのまま
上がりもせず、下がりもしなかった。
「うおお!?何だこれ!?」
「あはは、すごいすごーい!」
二人はとつぜんの出来事にあわててもがくが、ミネットがそれを制して
「反重力よ。すごいでしょ?世界でここだけなんだからね!反重力が扱える施設は」
と、得意げに言った。そして、二人の手を取って移動し始める。
「は、反重力だと?どういう原理だ・・・」
「その辺はザンに聞いて。彼の発明だからね」
「もしかしてすごい奴なのか?あいつ」
「まぁすごいわね。あたしたちの世界は科学至上主義と言って、科学が出来る人ほど優遇されるのよ。ザンは、五年前の話だから今は分かんないけど太陽系で十指に入るほどの天才だったのよ」
 あんなひょろいボサ髪の奴が、と素直に驚いた。

 廊下は長い円形になっているようで、滑らかな曲線を描いている。全体的に真っ白な色で統一してあり清潔感に溢れていた。また、廊下の床には所々に青色の矢印があり、
矢印からは青く光る粒子状の物体がキラキラと放出されていた。その物体は空中で溶けるように消えていっている。
 地下と言っていたが、何故か円形廊下の内側は窓が設置されており、そこから光すら差していた。窓から外を見た一月は思わず歓声を上げた。
「うわぁ~!」
「ほう。驚いたな、地下二百メートルとか言ってなかったか?なんで日光が・・・」
 外には大きな木が一本植えてあり、そこを中心に、これまた円形にデザインされた美しい中庭があった。廊下の形に合わせて、花や生け垣などがこしらえてあるのだ。向こうには円形の廊下の反対側が見える。中心の木はとても大きなもので、相当な樹齢だろうと予測できた。
(御神木に成り得る齢かもしれんな・・・)
五月はそんなことをふと思った。
「光は天井にある擬似太陽から届いているわ。上、ちゃんと天井なのよ」
「うっそ~!?これどうみても空だよ~~!」
 庭の頭上は一月の言うとおり見事な晴天だった。だがしかしここは、地下二百メートルの研究所だ。空があるわけはない。
「ホログラムみたいなもんだろうな」
「そう。ホログラムよ。正確には『ナルドゥエシー』って言うんだけど」
「ホログラム?ナルドゥエシー?」
 一月が頭をひねった。
「立体映像ってことよ」
「ええ~?これ映像なの?」
「全部ザンの設計よ。あんな顔していい趣味してるわよね。まったく」
ミネットは鼻で笑って言った。
「さっ、外はいいから、こっちよ」

「ねぇ見て見て~ミネットちゃん、さつ姉~」
一月はこの状況に慣れたのか、反重力でぐるぐる回って遊び始めた。しかし、回ったはいいがそのまま自力で止まれなくなってしまい、その後気持ち悪くなるまで回転し続ける羽目になった。ミネットは愛想笑いしかできない。
「うえ~やるんじゃなかったよ・・・」
「アホかお前は。恥ずかしい」
 しばらく進むと、右手にドアが見えてきた。
「あ、トイレはここ。ってあーちょっとどこまで行くの~」
「止まんないよ~」
「確かに・・・どうやって止まるんだよこれ」
ミネットはぴたりと目的地で静止したが、反重力に慣れない二人はそのまま流されるように奥へと進んでいった。
「指パッチンしたら止まるわよ」
「なんでだよ・・・」
「パッチンできないよおおおおぉぉぉぉ~」
五月はうまく止まれたが、一月は音が鳴らず、あっという間に奥へ奥へと流され、壁にぶつかってまたこっちに戻ってきた。そこを五月が抱きとめてなんとか止まらせた。
「本当、アホだよなお前。指パッチンくらい出来ろよ」
「あ、ありがとー・・・」
「ごめん、後でちゃんと反重力の操作方法教えるわね・・・」

トイレを済ませ、部屋から出ると、再び反重力で体が浮き、一月は思わず「うわっ」と声が出た。すっかり忘れていたようである。
「やはり部屋の中には反重力はないんだな。トイレも浮いたままとはいかないもんな」
「だってそんなの嫌でしょう?ザンが最初はシステムだけでもって言ってたんだけど、あたしが反対したのよ。一体何がしたいんだか・・・」
芝居がかった仕草で頭を振ると、ポニーテイルがわさわさと散らばった。
「あぁそうそう。反重力についてだけど・・・」
 廊下の移動方法はこうだ。前に行きたいなら体の重心を前に倒す。ちょうど重力下なら転ぶくらいに傾けると進みだす。右に行きたいときは右へ。左に行きたいときは左に体を倒すという感じだ。後ろも同様。止まるときは、進んでいた向きと逆側に体を倒すと停止する。また、さっき言っていたように、指パッチンすると緊急停止だ。
「慣れるまで時間かかるのよねこれ。出来ないからって凹むことないわ」
すっかり意気消沈している一月をなだめながら言った。五月は要領がよく、あっさり覚えていが、一月はしょっちゅう壁にぶつかり、一向に上手くなる気配がなかったのだ。
「いいもん、その気になれば反重力なんて、力使って無視できるんだから」
「人前でかんなぎの力使うとしばき倒すぞ」
かなりドスの効いた声で一月を脅した。
「えっと、何のことなの?」
「気にするな。こちらの話だ」
 とりあえず三人は再び医務室に戻ることにした。数分後戻ったときにはすでにザンはおらず(ミネットはそれについてかなり怒っていた)、仕方なく三人でこれからのことを話した。
「んで、結局あなた達は一体何者なの?」
「古代人だ」
「・・・はい?」
「すまん。一月の馬鹿が移った」
「え・・・そんな馬鹿じゃないよ?」
思わぬ一言に一月はショックを受ける。
「信じてもらえると助かるんだが、私たちは過去から来たんだ。タイムスリップってやつ。分かるか?」
「ええ!?過去!?あ、そいえば、日本がどうとか言ってたわね。そういうこと?」
 一瞬驚いただけで、さして思っていたような素振りを見せないので、五月は少し拍子抜けしてしまった。
「・・・まぁ、そういうことだろう」
「ふう~ん。まぁ、過去から来た人ははじめて見たけど、別に変だとは思わないわ。ほんの二百年前、時間の新しい定義が示されて、タイムトラベルも可能っちゃ可能だし」
「本当か!?それで過去には帰れないか!?」
「ごめんなさい」
 ミネットは少ししおらしくなった。本当に申し訳なさそうに話す。
「その時間の定義は、過去から未来までの一方通行だけに適応されてるの。だから残念だけど、過去に戻る事はできないわ・・・」
「そ、そうか・・・。すまん、一月と話がしたい。しばらく出ていてもらえるか?」
「分かった。廊下にいるわ。終わったら呼んでちょうだい」
 ミネットが外に出て行くと、五月はぼーっとしている一月の頭を叩いた。
「おい、一月。エンストか?」
「え、いやぁ~。さっきから何話してるのかわっかんなくてさ。ずっと考えてたの」
「やっぱ馬鹿か。んで、過去に帰れないそうだ。この時代の科学では」
「え?じゃあどうするの?」
「やっぱ馬鹿か!お前、そこに居る神の力使えばなんとかなるんじゃないか?」
「あークロっちかぁ~・・・今は見た感じ力の使いすぎで多分無理かな?ほら、もう喋る事もできなくなってるよあの子」
「退化か・・・?だとしたらまずいな」
「うん、それもそのうちあるかも知れないね。この未来、神教っていうものがないみたいだから。神が生きられる場所じゃあないしね。でも、封神界張ってるから今のところ力がなくなることはないよ。ただ、クロっちは今疲れてるんだよ。回復するまで待ったらいいんじゃないかな?」
 一月が真面目な口調で話す。こういう時はわりと専門家っぽい。
「神教がない?有り得るのかそんなことが・・・。それに、そんなこといつ調べた」
「さつ姉が術を使えないって気づいてすぐだったかな?」
再び彼女の頭を叩いた。
「気付いたんなら早よ言えよ!」
「だ、だってその後怪我がひどくなったじゃない?それで忘れてたっていうか・・・」
「ぐっ、・・・まあいい。それで私は術が使えないレベルまで低下したのか。一応闘気は纏えるみたいだが」
 五月は手から赤い光が溢れるのを確認して言う。闘気とは身体能力を上げる神の力の一つ。赤い光が特徴だ。物騒な名前だが戦闘目的で開発された能力ではない。
純粋に弱ったかんなぎでも仕事がこなせるように作られたものだが、彼女らのように戦闘にも莫大な力を発揮するため、使い方を間違える事のほうが多い。
「私もよくよく調べてみたら、ちょびっとだけ力弱くなってたよ」
「ふん、黙れこの無敵っ子」
「無敵っ子・・・」
「・・・・・まぁいいか。んで?あいつの回復にはどのくらいかかりそうだ?」
「うーん、そだね・・・。適当だけど、一ヶ月くらいかかるかなー」
「長っ」
「そんなわけでミネットちゃん呼んでこよう。私たち一ヶ月くらい帰れないし相談しないとね~」
 妙なうきうき気分で扉に向かい、ミネットを呼び出した。
「―つまり、あなたたちの持っているタイムマシンか何かがエネルギーを充填するのに一ヶ月かかるってこと?」
「はぁ・・・まぁそんなところだ」
「んじゃここにいなさいな。一ヶ月くらいザンも許すでしょ」
「わーい!お泊りだねっ」
「すまん。世話になる」   

      *04*

 ミネットは二人の泊まりについてザンに報告するため、所長研究室に来ていた。研究室とは言っても、器具や薬品などは一切無く、あるのは空中で光る無数のモニターのみ。彼の科学は全て計算で導き出す。よって、必要なものは特に無いのだ。ザンは、部屋の真ん中で沢山のモニターとにらめっこしていた。ミネットは何の遠慮も無くずかずかと部屋に入り、ザンの正面に立って視界を遮った。
「ん、何か用か」
「あの二人のことよ。一ヶ月ここで泊めてあげて。ちょっと帰れない事情があるみたいなのよ」
「駄目だ」
「え~!?まさかの否定!?一ヶ月くらいいいじゃないのケチ」
「ケチってねぇ。こっちにも色々事情があるし、あの二人・・・なんか怪しいからな」
「あら?何か怪しいところがあって?」
「色々話がおかしい。日本だのなんだの。もしかして政府に洗脳されたスパイの可能性もある」
「お姉さんはありえそうだけど、一月はなさそうね・・・」
「スパイじゃなかったとしてもだ、なんか隠し事をしてるだろ」
「人は誰でも秘密を持つものって常々あんた言ってるじゃない」
「ぐ」
「あの人たち、過去から事故でタイムスリップしてきたんだって。日本て国が滅びる前の時代から。これどう思う?」
「ほう、そうなると、全て当てはまるな。俺は何度か過去から来た人間に会ったことはあるが、三千年前から来た人間は初めてだ。面白いな・・・」
「じゃあいいじゃない。話を聞く事もできるし。ちょっとぐらい泊めてあげても」
「駄目だ」
ザンは同じ調子で繰り返した。一点の迷いも生じない。
「嘘かもしれんだろ」
「そのあんたの異常な拒否はなんなのよ・・・」
「危険因子は入れたくないからだ」
「それこそ嘘ね。どうせなんか皆に隠してる別の事情があって、それのせいであの二人に構ってやれる暇が無い、とかでしょ。オーリア所長?」
「ちっ・・・実はな、近々―」
 完全に見透かしたようなミネットに、ザンが諦めたように語り始めようとしたときだった。
 ゴオオオオオオオン・・・!
 どこか上のほうで爆発でもしたような轟音が響き渡った。数秒後、大きな揺れが研究所を襲う。
「きゃあっ!何!?」
「まさか・・・」
その後さらに激しい振動があり、ふたりはよろめく。ザンはモニターを一つ以外全部消しそのモニターを凄まじい速さでタイピングする。しばらくして、外の映像が画面に映し出され、それを見たザンはわずかに眼を見開いた。
「あの部隊は・・・。―まずいな。やはりここが政府にばれている」
「え、やば!」
 ミネットは素早く眼前に画面を呼び出し、数回タップした後、表情を引き締めて喋りはじめた。

 一方、一月たちはこの騒ぎが何か分からず戸惑っていた。
「いったいこれはなんの騒ぎだ?」
「さあ・・・なんだろーね?」
 ポーン、とどこからともなく音が鳴り響いた。そして、その後、ミネットと思われる声が流れる。
『**************************、*******』
「・・・・・って私達にはわからんぞこれ・・・」
「言葉が通じないって厄介なんだねぇ」
 何だ何だと扉を開けて外の様子を伺うと、なにやら騒ぎがあった。何十人もの人たちが手に銃のような形をしたものを持って、走り去っていくという騒ぎだ。ふと左を見ると、その人たちの中から、掻き分けるようにこちらに来る人が居た。ミネットだ。彼女は目の前に浮く画面に向かって真剣な表情で喋りながら、こちらを見るやあせった様子で手招きした。二人はそれに従って医務室を出、廊下に立つ。
「てあれ、浮かばないね廊下。そういえばこの人たちも走ってるし」
「本当だな、のっぴきならん緊急事態なのか?」
放送を終えたミネットは画面を消し、二人に向き直る。
「よく聞いて二人とも。政府にここの位置がばれて、今地上では沢山の武装した部隊がいるの。今から私たちはそいつらを迎撃する。ガーデンに入れるわけにはいかないの!だから申し訳ないけど、ここは危険だから奥の部屋に避難して!」
「何・・・?突然だな」
「戦争になるの?何で?」
「多分あなたたちを助けたときに位置が割れたんでしょうね。私たちは地球で最大規模のレジスタンス・・・ザンはテロリストって言ったわね。とにかく、政府を敵に回してるの。さっきの地響きは恐らく入り口となるカモフラージュされた岩を破壊された音。つまり時間がないの。急いで!」
「ってことは私たちのせい・・・だね。ごめん」
一月は申し訳なさそうに、しゅんと頭を下げる。ミネットが何か言おうと口を開いたが、
「気にするな。その言葉でお前たちがスパイでないのが分かった。恐らく前々から敵さんも大体目星がついてたんだろう。数日前にも偵察部隊っぽいやつらがここをうろついてたからな。突入が数日早まっただけさ」
と、後ろから声があった。
「ザン君・・・」
 いつの間にかザンが合流していた。振り返ると、そこには他に3人の科学者と思われる人たちがいた。一人は筋骨隆々で体格のでかい四十代近いおじさん。
一人は特徴のない中肉中背の黒髪の青年。一人は優しそうな顔立ちをした三十代の男性だった。三人は一月と五月を見て、何か言いたそうにしていたが、ザンは手で制し、
「挨拶は後だ。とにかくミネット。こいつらを安全な場所に。俺たちは先に行っておく」
「ええ。すぐ合流する。北のゲートよね?」
「ああ。相当な数だ」
次の曲がり角で二手に分かれた。
「勝てるのか?お前たちは。話しぶりだと敵とやらはえらい数のようだが・・・」
「科学の力が戦局を左右するってね。油断しなけりゃ多分あたしたちの敵じゃないわ」
ミネットは少し得意げになって言った。五月は、走りながらふむ・・とあごに手を当て何か考え始めたのだった。
 数分後、二人はこの部屋にいろと、ミネットにシェルターらしき場所に押し込まれた。扉は二十センチを超えた分厚い金属のもので、一月がうわーと少したじろいだ。
「んじゃ、終わったら迎えに来るわ。そのときにまた会いましょ」
 扉はギギギ・・・と重い音を立てて閉まっていった。扉が閉まる直前、ミネットが振り向いて不敵に微笑んだ。
「この時代の人はえらい好戦的なんだな・・・」
「ねぇ、どうする?さつ姉」
一月が部屋にあった椅子に座り、彼女にしては珍しい真剣な表情で五月を見る。
「そうだな・・・やはりそうなるよな。お前なら」
「ここの人たちには助けてもらった恩があるよ。手伝わないと」
「あの感じだとあんまり負けそうには思えないが」
「でも、誰か死ぬかもしれないよ」
「そんなの、分かるかよ。この時代の戦争がどんなものかも知らないでのこのこ顔出せるか?お前はともかく、私なんかかんなぎの力はほとんど使えないんだぞ」
一月はすくっと立ち上がり、五月をしっかりと見据える。
「・・・・分かった。じゃあ『予知』をしろ」
「え?」
「予知だよ。この戦争を見極める。誰が死んで、どっちが勝つか・・・」
「うん。分かった」
 彼女は両手を広げ、仁王立ちのような格好をとる。向かい合わせた手と手の間に白い光が帯状に集まっていった。
「術式一代。『神的予知』」
そう言った直後、光は輝きをうしなって、円形のガラス板のような形に実体化した。そして、その板を目の前に掲げると、そのガラスを通して見る向こうには、
部屋ではなく、赤い崖の景色が見えた。
「・・・・・っ!」
「どうだ?」
「・・・・・・ミネットちゃんと、だれか男の人が囲まれてる。男の人は知らない人。二人とも、ビーム・・・?みたいなので撃たれた・・・。それから、それから・・・」
「・・・」
 一月はどんどん顔色が悪くなっていく。次第に涙さえ浮かんできた。
「ミネットちゃんたちとは違う場所でザン君が、敵の軍隊を皆殺しにしてる・・・・怖い、すごい怖い顔で」
「それは、なんとまあひどい絵面だな・・・。だが、結果は研究所側の勝ちか。・・・で、お前はどうしたい?」
一月が顔を上げた。ガラス板は地面に落ちて砕け、破片は光となって消える。
「皆を助けなきゃ・・・。これじゃあ、あまりにもひどいよ・・・」
「そうか。・・・分かった。私も手伝おう」
「ミネットちゃんと男の人はもちろんだけど、軍隊のほうも止めないと・・・あれは大変」
「そうだな。殺戮は見たくないな。分かった。少女と男は私が守ろう。あの銀髪青年のほうはお前がなんとかしろ。それだけの力は持ってるはずだ」
「うん、第四十一代かんなぎの名にかけて、どうにか丸くおさめてみせるよ」
「はは。なかなかかっこいい事言うじゃないか。姉ちゃん感動したぞ。かんなぎは、元々最低な未来を変えるために生まれたらしいしな。・・・お前はいいかんなぎになる」
「んじゃ、扉を開けるよ・・・」
 しかし扉はどうしても開かない。どうやら外からでないと開かない仕組みらしい。
「仕方ないな、一月、壊せ」
「え、うん、分かった」
 一月が扉の前に立って、眼を閉じると、彼女の体から赤色の光が溢れ出し、右手に集中した。光の集まった手は、凄まじい威圧感を放ち、五月でさえも一歩退いた。
そしてその右手で扉に触れると、厚さ二十センチある扉がまるでくるまったティッシュのように変形し、もの凄い轟音を鳴らしながら奥へと吹き飛んでいった。
「三十点。力をためるのが遅い。何よりうるさい。もっと加減しろ」
「ちぇ、どーせ私はさつ姉みたいな才能はないよーだ」
 そして二人は再び走り出した。   

      *05*

 ザンたちは研究所の入り口付近で激しい戦闘を繰り広げていた。敵の部隊は千人を軽く超える軍勢で、すでに研究所の入り口は取り囲まれている。が、
研究所側もまったく怯むことなく着々と敵の数を減らしており、形勢が悪いとは言えない状況だ。現在彼らは敵の射線から隠れる為に、入り口のドアを影にに低く座り込んでいた。
「たかがレーザー・マシンガンで勝てると思ってるのが腹立たしいな。科学をなめている」
「でもやばいんじゃない?この数」
ミネットが合流し、ザンの横に座った。手には大きなライフルのような銃が握られている。
「遅かったな、ミナ」
補足。ザンはミネットのことをミナと呼んでいる。
「ちょっとこれ探すのに手間取っちゃって」
銃を構え、手馴れた手つきで撃つと、一本だったレーザーが何本にも別れていき、沢山の敵に命中した。
「それなつかしいな。まだ持ってたのか、んな遺物」
「遺物言わないでよ。あたしが作ったものなんだから」
「おもちゃじゃねえか。今時レーザーライフルとか古すぎ」
ニヤニヤ嫌な笑みを浮かべて彼女をからかっていると、開いた右手がザンの顔をつかんだ。
「ふざけてないで、あんたさっさとこいつら蹴散らしてよ。こんぐらい楽勝でしょ?」
「まぁ俺がその気になりゃあこいつらは屁でもないが、その後のほうが俺は怖いな」
「殺戮モード?確かにあの状態は敵味方の判別が付いてないわよね・・・」
「味方が居るときのことを想定していなかったからな・・・改善もまだしてない」
「じゃあどうすりゃいいっての?こんな数。キリがないわ」
「死なないといいなお前ら」
「くそ、自分だけ暢気でいやがって・・・」
研究所メンバーの一人がザンに毒づくが、向かいからレーザーの嵐が飛んできて、すぐに黙る。と、ここでザンがあることに気づく。
「こいつら、本当にこれだけか・・・?政府の寄越した部隊のわりには随分と少ない」
「えぇ?こんなにいるのに少ないの?」
ザンは取り合わず、モニターを呼び出し、様々な場所の映像を見ていく。すると、こことは別の入り口にこの部隊と同じ規模の別動隊がいることが分かった。
「あー、なるほど、賢いな。こいつら旧世代のステルスシールドを張ってやがった・・・。気付かないわけだ」
そう言うとザンは立ち上がった。
「どうしたの?」
「敵が東ゲートのほうに隠れている。ちょっくら行ってくるわ」
「え、行くって、ここは?」
「すぐ片付く。俺が戻るまでここ死ぬ気で守りきれよ」
「ッて無理無理!こんな数、あんた抜きでどうすりゃいいって―っ!」
 すでに遅かった。ザンは千人もの敵部隊全てををジャンプしてひょいと乗り越え、凄まじい速さで東へ消えていった。
「どうすりゃいいってのよ・・・」
余裕のない表情で、ミネットは苦笑いしながら言った。他の所員たちもザンがいなくなった途端怯えている。相手は千人を超える、銃を持った部隊。
ザンのような超が付く天才科学者がそばにいて、余裕ぶっていたから皆どこか安心できたが、彼がいなくなると、ライオンに囲まれたネズミのような感覚に襲われた。
「・・・とにかく、所長からここを守れと言われたわ。皆、恐れないで!あたしが特攻を仕掛ける!ついて来て!」
 ミネットは持っていた銃を捨て、手のひらを下にして右手を構えると、その手に数字が無数に現れ、ドットになり、ポリゴンになり、そして一つの別の銃が形成された。
小さめの、マシンガンに似た形だ。それを握り締め、前方に駆け出す。
「『デラトュータ』展開!」
一瞬彼女の周りがぼやけ、薄い透明な膜が彼女の周りに広がる。どうやらレーザー光をはじくシールドのようなもので、敵のレーザーは膜に当たると屈折して別の場所に当たった。
「らああああああ!」
ミネットは手に持った銃で、敵を次々と倒す。こちらは実弾のようで、機関銃のような連射をする。ただ、弾が特殊なもので、敵のどこに当たっても皆昏倒した。
「五月蝿い奴が居るな。総員、レーザーから実弾に切り替えろ。狙いはあの女だ」
 部隊の隊長と思われる男が指示する。
「やばっ!」
「ミネット!下がれ!」
 廊下でザンとともに居た黒髪の青年が彼女に叫ぶ。
 敵は実弾銃をミネットと青年に向けた。見回すと、すでに取り囲まれ、逃げる道はない。万事休すか―ミネットは眼をぎゅっと閉じた。

 

 しかしいつまで経ってもレーザーがミネットを貫く事はなかった。おかしい。あたしは今、敵の射線上に立たされている。この機を逃すほど彼らも馬鹿じゃないはずだ。
彼女は薄目を開けて様子を見ると、そこには。
「なかなかの数。なかなかの雰囲気。・・・ふふ、久々だなこの感覚」
「え、一月の姉ちゃん・・・・?」
 五月が立っていた。彼女の周りには銃を構えていた数百人の部隊員が倒れている。一瞬にして壊滅させたようだ。
「え、何、これ・・・。いや、どうしてここに・・・?」
「うるさい下がってろ。巻き添え食うぞ」
残りの部隊が五月に向かって接近してきた。それをだるそうに見て、ため息をついたと思ったら、瞬間彼女は姿を消した。そして突然部隊の中央に現れた。
「なっ!?」
「遅いぞ」
彼女の両手に光が集まり、次々と敵に拳や掌底を食らわせると、あまり強くも無い打撃に皆一撃で昏倒した。五月は全体の半分を一瞬にして打ち倒し、
そして瞬く間にミネットの近くまで後退する。
「ふう、思ったより消耗が激しいな。休憩挟んで約十分てとこか」
「え・・・え・・・ええええええ?」
 



 ザンの目の前には千人の敵がいた。
 だが彼にとってはそれはただの数字でしかない。恐怖も何も感じない。
「可愛そうにな。お前ら、ここに来たのは失策だ」
「たかが一人だ、総員、ひねり潰せ」
隊長の指揮でザン一人に全員が銃を構え、そして撃つ。
「アホか」
 しかしザンはそれを鼻で笑う。右手を振ったかと思うと、全員の銃が大破した。また、撃たれたレーザー、実弾は両方とも、彼の周りでピタリと止まった。
「な、なんだこいつ・・・!とんでもない科学持ってやがる!」
「ク、クラス〈マジシャン〉か!?」
部隊員たちは突然の出来事に慌てふためく。
「・・・度を過ぎた科学は超能力と区別がつかないと言う。手品のようにあらゆる仕込みをし、タネも仕掛けもあるのというに、愚かで純粋な奴らにはこれが何のことか
さっぱり分からない。そいつらはそんな度が過ぎた科学者のことをクラス〈マジシャン〉と呼んだ。正確には太陽系科学力ランク第一〇〇位から一〇位までがそうだ。だが・・・」
 ザンは目をふせて高らかに言う。牽制するように。
「俺はザン・オーリア。五年前のランクは6位タイ。クラス〈インビジブル〉、だ」
「な、あいつが、あの・・・!?」
「じゃあここは・・・・!」
「へぇ、お前らここが何なのか知らされずに寄越されたんだな。いいだろう。教えてやる。ここはガーデン。反逆者の庭さ。政府の飼い犬さん」
部隊の何人かはその名を聞くとかなり怯え始めた。隊長がそれを見るや新たに取り出した銃でその隊員たちを撃った。
「うぐあっ!」
「ぎゃあああああ!」
「我が部隊に恐れなどない。ただ命令を受け、無心に行動するのみ。それに、もう5年も前の話だ。土に潜った貴様には今の科学に到底及ぶまい」
 彼の一言で再び戦闘態勢に入る。あちこちで手の平が光り、ドットが出現、ポリゴンとなり、そして銃が形成される。
「・・・いい度胸だザコ共。でも今ここで全員死ぬぜ?『殺戮』モード、起動」
 ザンの目が光を失い、気どったような表情が消えたが、しばらくして、ザンはニヤリと笑う。だが、その笑いは以前医務室で見せたものとは違う、
禍々しいものだった。まるで別人格のようだ。そして彼は右足を上げ、すっと降ろすと、彼の足元からに空気が波紋のように波うち、広がって行く。
「なんだ、これは・・・?」
「この波に当たった奴から殺してやるよ。さあ誰だ?」
「はいはーい。わたしだよ~」
すぐ隣に声が聞こえ、振り向くとそこには。
「お前は・・・イツキ、だっけか?」
 そう一月だった。
「間に合ったみたいでよかった」
「・・・何の用だ。今俺は『殺戮』モードに入っている。いずれ俺の体は制御下を離れ、暴走し、ここら一帯の奴ら全員見境無しに殺すぜ?」
「?よく分かんないけど、このままじゃよくないと思って来たんだよ。殺しちゃだめって」
「はぁあ?お前何言ってんの」
ザンはポカンとした。失った目の輝きも戻った。
「しまった。モードが解けた・・・。感情が高ぶったか・・・?」
そして、がくん、とザンの体が崩れ落ちた。
「なっ・・・。思わぬアクシデントで処理落ちしたのか・・・。くそ、動かねぇ」
そのままわけの分からない事をぼやき始めたザンを見て当惑する一月。
「え、何?どうしたのザン君」
「どうしてくれんだよお前。このままじゃここが突破されて終わりだぞ」
 ザンは膝立ちのまま一月をにらみつけた。彼女は状況がうまく飲み込めてないので、さらに戸惑うばかりだ。
「えっと、じゃあわたしがここを守るよ。ザン君はじっとしてて」
「はぁ?お前が何をでき・・・・。・・・・?」
 ふとザンは気が付いた。さっきから攻撃が全く来ない事に。
「ん~・・・。皆のやる気を粉々にしちゃえば帰ってくれるかな?」
「!な、なんだ、これ!?」
 今までずっと冷静だったザンだが、周りを見た途端目を見開いて叫んだ。
 レーザーや実弾全てが彼女の周りで消滅し、変わりに小さな光の玉に姿を変え、一月の周りをぐるぐると回っていた。光の色は、赤。
「ん?これ?綺麗でしょ。闘気って言うんだよ。ま、わたしの場合他の人の闘気とはちょっと違うみたいだけどね」
「お前、何者?・・・闘気・・・?」
「かんなぎだよ」
「・・・何て?」
「かんなぎ」
「何だそれ」
「ここに住まわせてくれたら教えてあげるよ~」
 そう言って、一月は前に歩き出す。両手を前に向けると、溜まった光が一斉にはじけとんだ。闘気は四方八方に散らばり、当たった者は皆気絶した。
「な、なんだこいつ・・・!俺よりも科学技術が上だってのか?」
「え、科学?違うよ~。そんなものじゃないって」
 一月の足元から、方陣が浮かび上がる。
「術式一七代。『神器召喚』。闘神スサノオの神器、『天叢雲剣』を顕現」
方陣が天使のときと同じように回転し下がっていくと、変わりに古ぼけた刀が現れた。鞘はなく、錆で黒ずんだ刀身は輝きを失っている。だが柄と鍔は綺麗なままだ。
金と黒と赤色でデザインされたその柄は何ともいえない美しさ、神々しさを感じさせた。
「・・・・えっと、これでわたしの狙ったものを切れるはずだよね・・・」
 ちゃ、と刀を構える。様になっているのは毎朝するかんなぎの稽古の一つに、剣術の時間があるからだろう。とはいえまともに修行していないので、
構え以外はてんで駄目駄目なのだが。
「せい。やあ。おりゃ~。とおっ!」
 実にやる気の無い掛け声とともに、もの凄いスピードで次々と敵を切りつけていく。だが、何故かその刀は相手の体をすり抜け、身体にダメージを与えなかった。
「ほいほいほいっっと・・・全員斬ったかな?」
「何がしたいんだお前は・・・?」
「え?」
「あいつら、全くダメージを負っていないぞ。そんなスカスカホログラムで闘おうってのがすでにどうかしてるんだが」
 やや平静を取り戻したようであるザンが、呆れた顔になって言った。
「ふふーん。実はですね・・・ほいっ!」
 一月がパチンと手を叩くと、斬られた部隊員全員が軒並み倒れた。気絶している。
「わたしが斬ったのは、皆の戦意!闘おうとする意志を根元から断ち切ったんだよ~」
「は?そんなことが出来るのか?人間の意志を掌握する科学など、この科学世界でもないぞ・・・いや、『禁止』されているんだっけか」
「だから科学じゃないってば。神の力だよ」
「・・・かみ?なんだそれは?」
「ザン君、質問ばっかだね」
少し困ったように笑う。
「戦意を斬ったから、皆帰っていくと思うよ。ここはもう大丈夫。殺しちゃだめだよ?」
 そう言って、一月はドンッ!と砂を蹴った。一気に崖の上に上がって、そのまま走り去っていった。
「・・・お」
彼女が去ると、ザンの体が動くようになった。
「まさか、あいつが原因か?・・・しかし、殺すな。か」
 ぼそりと呟いて目を瞑ると、彼の体はポリゴンのように分解し、消えた。 「おー、遅かったな一月」
 


 一月が五月と合流すると、五月が腹を抱えていた。ミネットが心配そうに様子を見ている。
 敵は誰もいなくなっていた。もうここにはミネットと五月と一月しかいない。
「え、一月?あなたも来てたの」
「うん、ザン君のところに。・・・また怪我したのさつ姉?」
「まぁな。かるく銃弾が貫通したぐらいだ・・・。ま、敵もあっさり撤退してったみたいだし、こんぐらいで済んで良かったんじゃないか?」
見ると、かなり出血していたようだ。服が真っ赤に染まっている。一月は昨日の光景がフラッシュバックして、顔色が悪くなった。
「気にするな。この時代は医療がすごいみたいだからな。もうじき完全に塞がるだろう。血は足りない気もするが・・・」
言って、後ろにふらっと倒れる。
「さつ姉っ・・・ってどうしたの?」
別に気絶したなどではなかったようだ。じっと両の手のひらを見つめている。
「まずいことになったかもしれん。私の力がさっき完全に枯渇した。どうやら力を使えばその分だけ減っていくみたいでな。・・・神教がないとこうなるんだ。
この世界に居る限り、私は二度とかんなぎの力は使えない」
「ええっ!そうなの!?じゃあ早く帰らないと!」
「そうだな・・・。死ぬのはゴメンだ」
 かんなぎは歳を取ったり、神の機嫌を損なうようなことをすれば力を失っていく。力を失うと、その人の持つ加護も比例して減っていき、減れば減るほどその人は
死にやすくなる。今回五月は少ない力を全て失ってしまった。つまり、加護、言い換えれば運もゼロになったに等しい。人間は運無しでは、絶対に生きられない。
「クロっちをどうにかしないと・・・・」
 一月が手を振ると、黄色い光の塊、すなわち封神界が飛んできて、彼女たちの目の前に止まる。クロノスはいまだ反応がない。
「今思いついたんだが、お前、あんときみたいに力注ぎ込んだら復活するんじゃないか?」
「え、でもそれ・・・」
「ありゃお前の全力が注がれたから、あんな暴走したんだ。確か本来かんなぎは神と力の共有が出来たはず。お前の馬鹿みたいな力ならなんとかなるだろう」
「・・・。やってみる」
 とぷ・・・、と光の中に手を入れ、クロノスを抱えるように覆う。柔らかな光が彼女の手から放出され、クロノスに注がれる。
《ぬ・・・これは・・・》
「あっ!気がついた!」
「ていうかマジで気絶してたのか?」
 クロノスは再び活動できるようになった。一月が事情を説明して、過去に帰れないかと聞いた。
《ふむ、成程。貴様の話は理解しづらいが、概ね把握した。出来ない事もないだろう》
「ほ、ほんと!?」
《ただし》
クロノスはより低い声で、それを告げた。
《帰れるのは、一人だけだ》
「え・・・」
《吾の力は限界までに減っている。先程一月から送られた力でようやく動けるほどには回復したが、帰れるエネルギーは、極めて少ない。人一人で既に限界を超える》
「じゃあいい。他の方法を探ろう]
「いや。さつ姉、先に帰って」
「他の方法・・・ふむ、やはり科学か・・・?」
「さつ姉!」
「妹をこんな世界に放っておくほど、私は愚かではない!」
五月が珍しく怒鳴った。一瞬一月は怯み、涙目になりながらも決して引こうとはしなかった。
「だめ!ここにいたら死んじゃう!さつ姉昨日今日で何回も倒れたもん!帰らないと!」
「私がそう簡単に死ぬか!いっそお前が―うぐっ!」
 一月は彼女の鳩尾を殴った。闘気を纏って。五月はがくん、と妹の前に倒れこむ。
「・・・ごめん、ごめんね。さつ姉。でも、帰らないと死んじゃうから・・・」
涙をぬぐって、クロノスに向き直る。
「クロっち。お姉ちゃんを帰してあげて」
《・・・いいのか?このまま行けば、吾もこの世界からいなくなる。帰る術はなくなるのだぞ?》
「んっと、よく事情は飲み込めないけど」
 ミネットが頭を抱えながら話に割り込む。
「うちのザンなら、きっとなんとか出来る。信じて。あなたをきっと元の時代に戻してみせる」
「ミネットちゃん・・・。うん。信じるよ」
「やれやれ、話を勝手に決めないでほしいんだが」
ポリゴンが現れ、ザンの形になって、ミネットの隣に現れる。
「だがまぁ、こちらの出す条件次第では、全力で協力してやろう」
ぼりぼりと頭を?いて、少し楽しそうな顔で言った。
「条件?」
《話はもういいか。では行くぞ・・・》
「あ、うん。・・・じゃあねクロっち」
五月をクロノスの前に置いて、一月は下がる。
《さらばだ、一月よ》
 クロノスの体が光り輝きはじめ、一同は眩しさに眼を瞑る。光が突然途切れて、目を開けたときにはそこにはもう誰も、何もいなかった。
「・・・・。それでザン君、条件って何?」
「あぁ、お前の妙な能力に興味がわいた。ここで働いて欲しい」
「え?」
「ガーデンの一員となれと言ったんだ。俺たちの目的を果たすのを手助けしてくれたら、過去にでもなんでも返してやるさ」
「んじゃ、ここでお世話になっていいの?」
「ああ」
「やったあ!お世話になりま~す!」
一月はあまりの嬉しさに飛び跳ねた。
「ガーデンにようこそ!一月、これから頑張ろうね!」
ミネットも嬉しそうだ。
 こうして彼らの物語は始まる。一月が過去に帰るのは、果たしていつになるのだろうか。

DIVINE!!

えー。続きます。楽しんでいただけたなら、次回に期待、と偉そうに言える身ではないですが、頑張って作りますので、2話も見ていただけたら、と。

DIVINE!!

神を自在に人間界に顕現させる力「かんなぎの力」を持った一族、上凪(かみなぎ)家の跡取り娘、一月(いつき)は、高校一年の夏休み、あるとんでもない事態に巻き込まれる。これは、その出来事を綴った物語。彼女の力が、未来を救う―

  • 小説
  • 中編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-02-14

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著作権法内での利用のみを許可します。

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