リンダ

ミステリーしか書いていない私に、友人から恋愛ものを書いてみたらどうだろう?
鶴の一声で描いた作品です。
ゲームにする為に書いた仕様ですので読みずらいかとは思います。
チープでどこかで聞いたことのある。ありきたりな物語です。
雑誌の欄外を読むような感覚で読んでいただければ誉れです。

そうあれは、事故か、偶然か、神様がいるとしたら何のためにあんな試練を与えたのか聞いてみたい。
でも、あの日は仏滅ではなくて、友引だった気がする。

いつものようにサービス残業して、電車で一時間半かけての帰宅。
帰り路にあるコンビニで、ビールと弁当を買ってのいつもの献立。
コンビニ袋抱えて、今の会社から転職を考えている。

しかし、どうにもならない現状に、足りない頭を使い、結果どうしようもないとこを再確認。
ため息と、疲労が一気にあふれ出る頃にアパートの階段にたどり着く。

そこにはいつもと違う風景があった。
家は二階建てのアパートで1DK近場の駅から15分、立地、築自体も古いもので俺の所得相応だ。
家の前には飲料水の自動販売機があって、そこには膝を抱えてむついている少女がいた。
街灯がスポットライトの様に少女を照らしていて、タイトルをつけるなら「孤独」なんかが、しっくりくる。

ここの地域自体は、住宅街であるけれども、いくらなんでも膝を抱えてうつむいている少女がいる時間帯ではない。
ただ、ことながれ主義な俺は構わず少女の横を通り過ぎようとしたら頭に激痛が走った!!!
何かと振り返るとそこには、おそらく、俺の頭にヒットしたであろう、空き缶を踏みつけ、まるで親の仇でも見るように俺を睨みつける少女がいた。

「ちょっと!待ちなさいよ!!!」
「へ?!おれ?!」
「そうよ!あんたよ!萩原惣一!!!」
「え?!何で、俺の名前知ってんだ?!」
「細かいことはいいのよ!!!さっさと部屋に案内しなさいよ!!!」
「いや、まずお前は誰なんだ?お前は何で俺の名前知ってんだ?それよりなにより小学生がこんな時間に何やってんだ?!」

バキ!!!

見事に右わき腹に少女の左ミドルが華麗に決まる。
うずくまる俺。

「いーい?!あんたに発言権は無いの!そして、質問はいっぺんにしないで!!!」
「うぐぅ……なん……」
「いくわよ!鍵よこしなさい!!!」

そういうと俺の上着のポケットから鍵を取り出し、二階の角部屋204号室に迷いなく進んでいった。
なんで、部屋の番号まで知っているんだ?痛みと、急な出来事に対処しきれない俺は自動販売機の前でうずくまっていた……。

部屋に戻って、待ち構えていたのは罵倒の嵐だった。
生活態度がどうの、臭いだの、キモイだのなんだの、見ず知らずの少女に人格はおろか人生まで否定される。
会社でもここまで怒られたことないぞ?

しかし、この少女はなんなんだ?
その姿は、身長は150ないくらい、華奢なラインで髪型は黒く長い髪をツインテール、服装は制服であろう赤いチェックのスカートにワイシャツの半袖。
胸には細いネクタイ。紺のソックス。近頃、この手の格好は風俗かAVでしか見たことない……。
色白で瞳の黒い部分が大きく、その顔はネコ科の動物を思わせる容姿。

それより、なにより、この部屋の主の俺より主らしく俺の唯一のくつろぎの場所、ベットの上で俺以上にくつろぎ、堂々としている姿に違和感を感じない……。

「のど乾いた」
「しらねーよ」

ガン!!!

目覚まし時計が頭にヒットする。

俺はしぶしぶ冷蔵庫にあるコーラを渡す。
『はっ!コーラか』みたいな態度で、飲みだす。
この部屋の様子を他人が見たらどう思うだろう?
いい大人が正座して、少女の顔色をうかがいながらコーラを飲んでいる姿を眺める。
飲んでいる少女はさも自分の部屋の様にくつろぎ、俺を見下している。

いったいなんのプレイだ?!

だんだん、腹が立ってきたぞ。
沸点が高い俺でもこれには何一つ納得できない。
つか、今さら感はあるが本当に少女、いや、こいつはなんなんだ?!

「おい、お前は何なんだ?」
「……」

シカトかよ。

「まず、あれだ、名前ぐらい教えろ」
「……」

熱くなるな、相手はガキだ。
俺は大人だ。

俺は大きく深呼吸をひとつ。
精一杯の笑顔で尋ねてみる。
「お嬢ちゃんはどこから、何のためにおぢさんの所に来たのかな?」
「キショ……」

ぷちん

俺の中で何かが切れた。

気がついた時には、俺の右手は手刀と化しガキの頭の分け目を捉えていた。

「いったーいぃ!!!なにすんのよ!!!」

少なくともベットの上に居ることにより、俺より高い位置にいることを失念していた俺が悪いと思った。
時すでに遅し、ガキの左のミドルが今度は俺のよっこ面を見事にとらえた。
こうして人生初のノックダウンを経験するのであった。

俺は目を覚ますと、見たことのあるスエットを着ているさっきのガキがまだいた。

「ようやく起きたわね。明日は早いわよとっと寝なさい」

そういうと、使い慣れた我が家のようにテレビの電源を消し、布団の中に潜る。

「え?!」
「電気」
「あ、えっ?!」
「電気を消せって言ってんのよ!」

何なんだ、この有無を言わせない迫力。
俺はしぶしぶ電気を消した。
部屋が暗くなった瞬間にすーすーと静かな寝息が聞こえてきた。
事の展開が全く理解できないまま俺は買ってきた弁当を食べようと……。

「てめぇ!俺の弁当喰いやがったな!」

静かな寝息しか聞こえてこない。
こいつはのび太級だな。
しかし、こんな小学生が深夜に独身男の部屋に殴りこみ来るとは……。
襲われたり、何かされるという考えはないのか?
こいつ、ひょっとしたら相当でかいバックボーンを持っているんじゃないか?
俺がひょっとして何か巨大な組織とかに狙われているとか……。
こいつはその使い?!
依頼料の振込先はスイス銀行とか、いや、保険のオプで実は軍隊上がりとか!
だから、あんなに強いのか?
ここは……。

持物を調べるしかない!!!

あえて言いたいここは防衛が目的で趣味ではない!!!

たぶん……。

いまどきの小学生だって携帯くらい持っていると思ったのだが、あたりを見てもらしきものは無い。
もしスエットのポケットの中に入っていたら、手出しができない。
もし、その瞬間、起きられたらありとあらゆる意味でアウト。
すでにアウトだとは思うが、思いたくない。
あきらめようとした時だった。

俺のスーツが掛けてあるハンガーに彼女のワイシャツとスカートが掛けてあった。

ずうずうしいやつだなと思いつつも、ひょっとしたらという思考が浮かぶ。
妙な興奮を抑えながら、俺は紳士と自分に言い聞かせながら、制服を触ってみると、ポケットの中に紙きれが一枚入っていた。
恐る恐る取り出し、見てみると暗くてよく見えない。
当然だ、部屋の電気は俺が消したのだから。
俺は静かに携帯の液晶の光を使いその紙きれを見てみると……。

『死ね!変態ロリコンオヤジ!!!』

俺は涙をぬぐいながら片道15分のコンビニを目指し旅に出るのであった……。


往復三十分の旅は終り、俺はさっきのガキの様に自動販売機の前でしゃがみこんで、おにぎりをほおばりながら携帯で現在の時刻を眺めると。
2:31
俺はため息をひとつこれからの事を考えていた。
まずは名前くらいは教えてもらわないとな、警察に言いたいけどおそらくは俺の不利で終わるだろうし。
でも、俺の名前知っていたな、俺の知り合いにあのくらいの年の子供はいないし、兄弟だって弟一人で、甥っ子だって生まれたばかりだし……。
悩めば悩むほど訳が分からん。
明日、いやもう今日か、会社が休みでよかったな。
部屋に戻って寝よう。
俺は部屋に入ると音をたてないように、冷蔵庫にコンビニで買った飲み物や、軽食を入れてから、台所で眠りについた……。

コツ!コツ!

脳天から鈍い音と共にかすかな痛みがある。
どうやら足蹴にされている。

「うん?」
「早く起きなさい。いくわよ」
「なんだよ……夢じゃなかったのか……はぁ……」
「これは現実よ。可憐な少女を一晩監禁したという事実よ」
「は?!なに言ってだお前?勝手に来たのはそっちだろ?!」
「細かいことはいいのよ。それより買い物に行くわ」
「そもそも、お前は誰だ、俺に何の用なんだ!」
「はぁ……馬鹿とは聞いていたけれど、噂以上ね。いーい?昨日も言ったけど一度にたくさんの質問をしないで、それが一番嫌いなの」
「人をバカ呼ばわりするなんて、なんてガキだまったく」
「何?言いたい事は、はっきり、大きな声で答えるって学校で習わなかったの?」
「へいへい。それじゃ名前くらい教えろよ。おいとかお前とかは流石に失礼だろ?」
「流石に働いているだけあって、多少は常識があるみたいね」
「お前と違ってな」
「何?ボソボソしゃべらないで!気持ち悪い!」
「つか、俺の服を勝手に着るなよ」
「こんなダサイ服着たくないけど、あなたの為よ」
「なんで?」
「はぁ……やっぱり馬鹿ね。私が制服のままいたら惣一は漢字二文字で逮捕よ」
「俺は犯罪者じゃねぇ!!しかも、今惣一って呼び捨てにした。絶対にした!!」
「馬鹿って事は認めたのね」
「認めてねぇよ!!」
「馬鹿に名前を言って、意味があるのかしら?草木や石に自己紹介するほど意味が無いとは思わない?」
「俺は少なくとも人だ!!!」
「あら?そうだったの?」
「会話しているだろ?」
「日本語は通じるようね」
「当り前だ!!!」
「何こんなことで目を血ばらせているの?」
「お前のせいだ!!!」
「気の短い男は生物学上モテないわよ」
「俺はかなり堪えているはずだからカンケイねぇ!!!」
「はぁ……一度しか言わないから、全てにおいて足りない五感をフル活用して私の名前を覚えなさい」
「今の一言で、物凄く!研ぎ澄まされた!」
「リンダ」
「はい?!」
「やっぱり無駄だったようね。言い忘れていたけど二度同じことを言うのも嫌いなの」
「リンダってお前どこの源氏名だよ、思いっきりジャパニーズじゃねぇかよ!!!」
「はぁ……惣一のふしだらな妄想に付き合っている暇はないわ。このおにぎりが似合いそうで、必須アイテムは虫籠と網です。みたいな恥ずかしい格好するのも嫌なの」
「だったら着るなよ。俺の真夏の王道スタイルだ」
「だから、服を買いに行くわ。近くにお店は無いの?」
「駅の近くに大きめのスーパーがあるだけだ」
「……ケンカ売ってる?」
「事実だ。その服もそこで買った。売っているのは服だ。いいぞ、あそこのスーパーなら一通りの品ぞろえだからな」
「これは私に対する宣戦布告ね」
「ば、馬鹿!その性質の悪い足をひっこめろ!!!!」
「これは惣一に与える奇跡よ。もう一度聞くわ、近くに洋服屋は無いの?この私が二度同じことを言っている意味をよーく考えて答えてね」
「スーパーよしむら」

ボゴ!!!!

三度うずくまるのであった……。

しぶしぶ家の外に出て、店に向かうことにした俺達。
道中、時間があるので俺は今までの事を踏まえながらたずねたもの基本はオール無視。
スーパーに着いたわいいけど、籠を持たされ次々と入れられていく服、下着、靴。
スポーツブラじゃないんだという突っ込みは止めておく。
公開処刑は免れないし。
しかし、下着類を平気で持たせているこいつの神経が普通なのか、俺がピュアでシャイシャイボーイすぎるのか……深いテーマだ……。

「あの~リンダさん?」
「なに?」
「なんで、こんなにたくさん買うのかな?」
「私は最低でも三日とみているわ」
「三日ってなんだよ」
「惣一といる期間よ、まったく足りない頭ね」
「ふーん。三日ね……。って!おい!何で三日もいるんだ?俺明日から仕事だぞ!!!」
「その件は大丈夫よ、さっき惣一の携帯から崎田部長って人に電話しておいたから大丈夫よ」
「は?!な、なにやってんだ!!!」
「いちいち、うるさいわね。黙って籠持ちなさいよ」
「おい冗談だよな!」
「冗談って何よ?」
「部長に電話したことだよ!!!」
「馬鹿の惣一に冗談なんて通じるわけないでしょ?事実よ。ちょっと!!どこいくのよ!!」

俺は婦人服売り場の近くにある階段からすぐに部長に電話をかけた。
あの気難しい部長が、上機嫌な声で立派な従妹さんじゃないかとか、病気のおばさんによろしくとか、休みは有給扱いとか……。
リンダはどんな魔法を使ったのだろう?本当に魔法使いじゃないのだろうか?
階段の近くにあるベンチに座っていると、支払を終え両腕に荷物を抱えたリンダがやってきた。

「惣一。アンタいい度胸しているわね」
「それより、リンダ。部長になに言ったんだ?あの気難しい部長が有給までくれるとは……」
「そんな、くだらないことで電話して、私にこの荷物を持たせたの?」

あきれ顔で言い終えると、両手にある荷物を俺に投げ付けてきた。

「簡単なことよ。親戚一人に死んでもらうだけだから」
「ちょ、おまっ」
「でも、これを使う場合は惣一が言っても駄目ね。第三者からの説得が必要ね」
「そんなことは俺でも思いつくけどそれだけじゃあの部長は納得しないし、まして、有給なんて」
「まぁ……そこは、惣一が言うように私の魔法かしらね」
「お前本当に何なんだ?」
「そうね、教えてあげてもいいわよ」
「おお!頼む!!!」
「惣一が言うように、私は魔女で魔女は13歳になると親元から離れて、一人前になるために他に魔女の居ない土地で暮らさなければならないのよ。ほうきにまたがって移動してもいいのだけれどもあれってお尻がスッゴク痛くなるし、目立つのよね。まぁ……私には母仕込みの薬の精製技術があるからこの土地でも立派にやっていけるわ。文句があるとすれば……大家は肝っ玉で妊娠中のパン屋さんじゃなくて、使えないサラリーマンって所かしら?」
「一息で大ウソつくんじゃねぇ!!!」
「あら。心外ね」
「大体、それはあれだろ?お供に黒ネコ連れて最後は落下する少年を助けて。家族に手紙書くハートフルな長編アニメの最高峰の設定だろ?!薬が作れるのは少しでも主人公より上にいたいのか?!」
「あら、意外に知っているのね」
「メジャーすぎるだろう」
「それじゃ、今後はひねって答えることにはするわ。それより次は生活雑貨よ。」
「まぁ……よくないけど。いいか」
「当り前じゃない。あんな、男アイテムばかりしないバスルームなんて初めてよ。シャワーでてあんなにスースーしたのは初めてよ」
「全部トニック系でまとめているからなぁ」
「私は惣一見たく年がら年中、アブラ多目、マシマシって、中年アブラギトギト体質じゃないんだから」
「おい、人をラーメン屋のオプションみないにだな……」
「衣料は二階ということは、生活用品、食料品は一階でいいのかしら?」
「いいけど、人の話をすこしわぁ……」
「いくわよ」

天上天下唯我リンダ。
そんな、単語が頭に浮かんだ。
一階の生活用品コーナでも、籠を持たせられ到底三日では消費できないようなシャンプーやボーディソープ、化粧品みたいのも籠に入っていく。
よくこれだけの品をメモ書きなしで覚えられるものだと感心していた。
全て入れ終えてレジに向かった。

「……になります。ポイントカードはお持ちですか?」
「いえ持ってないです」
「お支払方法は?」
「コレで」

するとリンダはポケットから一枚のカードを取り出し、レジの人に渡す。

「御利用方法は?」
「一括で」
「かしこまりました」

ピッ

「それではこちらにサインを」
「はい。惣一今度はあんたが書きなさいよ」
「なんで?」
「あんたのカードだからよ」
「え?!なんだそれ?!」
「私がカードなんて持てるわけないじゃない?冗談は顔だけにしてよね」
「お前な!!!」
「サインお願いします」
「あっ、はい」

俺がサインを終え、荷物を袋に入れ終える子にはリンダは外でペットボトルの紅茶を飲んでいた。

「おい、いつ俺のカードパクったんだ?!」
「パクったなんて失礼ね。惣一の財布は私のものよ、あの日一心同体って誓いあったじゃない」
「いつだよ!なんだよ!そのジャイアニズムは!!!」
「いいから、帰るわよ。帰ったらすぐ出かけるから準備しなさいよ」
「はい?!どこに行くんだよ」
「海よ」

家に着くなり、俺は家の階段に待機を命じられてた。
夏本番には少し早い季節。でも黙っていれば汗が沢山流れ落ちる……。
リンダが家に入る前にさっきまで飲んでいた紅茶の残りを渡され。そのペットボトルを眺めている。

『私の残りにありつけるなんて、ロト6張りの確率よ。本来なら眺めるだけで奇跡だけど、この暑さだし、死なれても困るから飲んでもいいわよ。そのかわり味わいなさいよ』

なんて自信だ……。あの手の性格はきっと料亭を経営していてる陶芸家で、史上最強の生物で、行く末は世紀末覇者になれる資質だろう。
でも、性格はおいといて本当に何の目的で、どこから来たのか、分からないことだらけで、この後、海に行くとか言っているし……。
海に行くって言っているけど、どこの海に行くのかな?
近くの海に行ったとしても、まだ、海開きしていないし俺水着もっていないな。
用意しておいた方がいいのかな?
どうだろ?
うーん。
?!
そういえば、リンダになんか言われていたような気がする……。

『これ以上カード切られたくなかったら、お金降ろしておきなさいよ。もし、おろしておかないとこのカードで全てを切り伏せるからね』

俺の持っているカードをマジシャンの様に片手で広げ、ドヤ顔をしていた。
俺はさっき行ったスーパーのATMを目指し走り出すのであった。



流されている。実に流されていると思う。
なんだかんだで、楽しんでいる自分に腹が立つ。
不思議な感じなんだよなぁ。毎日が同じことの繰り返しだったから、こういう非日常をどこかで求めていたのかもしれない。
いきなり来たこのリンダって子に振り回されるのも悪くはないとは思うし。
彼女は彼女の目的があって俺に会いにきた。
そう考えたい。

電車で小一時間かからず、最寄りの海へは行くことができる。
隣には人のカードで見事に着飾ったリンダがミルクティーのペットボトルを音を鳴らしながら遊んでいる。
小さい花柄が散りばめられた薄い茶色のワンピース。足元には合わせたサンダル。腕にはアジアンテイストの革製のブレスレット。小さめのポーチ。
よくもまぁ人の金でここまでできるもんだ。
相も変わらず無駄な会話はしてくれない。
でも、金はせびる……。
交通費はもちろん俺が持っている。
こういうのも援交というのだろうか?否。カツアゲだ。

ポカッ!

「ん?」
「降りるわよ」
「あぁ……。着いたのか」

昨日からの気疲れから、どうやら寝ていたらしい。
改札を抜けると潮の香りがしてきた。
いざ着いてこのにおいを嗅ぐとテンションあがらない奴なんているのだろうか?
久しぶりの海に俺はうれしさを覚え始めていた時。

バサッ!

隣でリンダが日傘を開いた。
「おい、そんなものまで買ったのか?」
「盗んだように見える?」
「よくも、メモ紙なしで細かい買い物できるな」
「惣一。あんたと一緒にしないで」
「へいへい」
「なに、にやにやしているの?気持ち悪い」
「にやにやしているのか?」
「質問を質問で返さないで。気持ち悪い」
「いやー。海見るのも久しぶりだからさ。こーなんていうかテンションながらねぇ?」
「小学生以下ね」
「なんとでも言え。俺はいまテンションあがりまくりだ!!」
「はぁー」
「なな」
「何よ」
「海まで走らね?」
「冗談は顔と財布の中身だけにして」
「つれねぇなぁ」
「この恰好で走れるわけないでしょ?」
「だが!!俺のテンションは止められない!!加速!!!」
「ちょっ!!どこのサイボーグだ!!!」

加速した俺を誰も止めることはできなかった。
浜辺に着くと時季外れの暑さとはいえ他に人はいない。
俺は数年ぶりの海に歓喜した。
そこからは意味もなく。浜辺で転がったり、エアースイカ割りをしたり、出てもいない夕日に向かって走ってみたりした。
海パンもってくりゃよかった。いっそ入っちゃうか?
よし!やるか!Tシャツを脱ごうとしたその時。

「間違いなく。職質されて逮捕ね」
「おっ。着いたか。意外に早かったな」
「いまさら、惣一の頭についてなんて問うことなんてしないわ。でも、ここまで事態が深刻だったのは正直、ショックよね」
「加速装置が動き出した俺は無敵だ」
「エアースイカ割りなんて人類初の試みだと思うわ」
「じゃぁ二番目になるか?こう……想像力というか……」
「結構!」
「なんだ、以外に乗り悪いのな」
「生憎、私には透視機能も、レーダー機能も、聴覚機能もついていないから、惣一には付き合っていられないのよ」
「乗りがいいのか、悪いのか判断が難しいコメントだな」

俺も少々、疲れてきたのでリンダが座っている流木に腰をかけた。

「なぁ……なんで、海なんだ?」
「約束だから……」

海を見続けるリンダの横顔は、今までの顔とは打って変わりこちらが息をのむほどの大人びたものだった。

「誰との?」
「……」
「また、ダンマリかよ。いいよ、もう聞かねーよ」
「え?」
「これだけ聞いても、教えてくれないし」
「ひょっとして怒った……?」
「うんにゃ。怒ってないよ。楽しんでいるよ」
「……」
「こう、なんていうか久しぶりなんだこういう感覚。いいよなぁ~。うん。いい!!」
「やっぱり変」
「え?なんていった?」
「かっこいいって言ったのよ」
「嘘だろ」
「あら。よくわかったわね」
「てんめぇ~」
「あは」

リンダってこういう風に笑うんだ……。その性格に圧倒されていたけど、やっぱりかわいいよな。

「なによ。人の顔ジロジロみて」
「いや、リンダって意外とかわいい顔してんなって思って」
「当然じゃない」
「おいそこは照れる所じゃないのか?」
「当たり前のこと聞いて誰が照れるのよ」
「なんて自身だ……」
「惣一と違って身の程をわきまえているからいいのよ」
「それ言葉の使い方間違ってね?」
「間違っているのは、惣一の頭よ。のど乾いたレモンティー」
「どこにあんだよ。そんなもん」
「駅の自動販売機に500mlペットで置いてあったわ」
「おい」
「大丈夫よ。惣一には加速装置が付いているんだから」
「ガス欠だ」
「そう、じゃぁ交番で涼もうかしら」
「加速!!!」

こういう時の自分の律義さには、腹が立つというか、感心するというか、大した距離ではないが走って往復する俺って……。

「早かったわね。いいタイムよ。これなら県大会入賞も夢ではないわ」
「なんだよ!その競技は!!はー。はぁー」
「早く呼吸を整えなさい。人が来たら捕まるわよ」
「んな……こと……ハァ……ハァ…ハァ」
「よらないで。犯罪者」
「はぁ――――。よし、呼吸整った」
「以外ね。何かやっていたの?」
「ん?昔、陸上やっていた」
「短距離?」
「よくわかるな」
「なにも考えないで、突っ走るだけでしょ?」
「よくわかるな」
「似合っているわよ」
「ほめてないな」
「ほかのスプリンターの方々は試行錯誤していると思っているけど。惣一はただ走っていそうな気がしただけよ」
「学生時代のコーチに同じこと言われたな」
「変わっていないのね」
「うーん。よく頭使え、生きているうちに頭は使うもんだと言われていた」
「そうね。足りない頭を使ったほうが器用に生きれるし。記憶容量も増やしておくべきね」
「へーい。リンダはクラブとかやっていないのか?」
「クラブ?部活の事?」
「小学生はクラブ活動だろ?部活は中学生からだ」
「……そっ、惣一?」
「ん?」
「私の着ていた服覚えている?」
「おれの夏のフォーマル」
「その前!」
「俺のスエット」
「その前!!!」
「……ん?あー。コスプレかぁ!!!」
「制服だ!!!このド変態がぁぁぁぁ――――!!!!!」

後ろ回し蹴り。
そう、この蹴り方は数ある蹴り技において最強の位置にあるとされてる。
流石、リンダ俺の意識を見事に刈り取った。
昨日も、同じような会話から、同じ様に蹴られ、同じ様に倒れ、もっと学習しようと心に決めた。

「五目御飯!!!」
「な、なによいきなり叫ばないでよ!」
「ん?どこだ?」
「海よ、ちなみにあれから30分くらいよ。はい、お水」
「ありがとう」
「で、何?五目御飯って?」
「五目御飯?知らないよ」
「惣一。真剣にあなたの頭の中覗いてみたいわ」
「哀れな目で見るな」
「まぁ……くだらない話はこの辺にして、神社に行くわよ」 
「どこの?」
「この近くにあるのよ」
「へー。この辺詳しいのか?」
「あのね、携帯とかパソコンとかで調べればすぐでしょ?」
「あぁ。なるほどね」
「そうよ、惣一。あんたのパソコンはいやらしい画像、いやらしい動画を見るだけの道具と化しているだけのようね」
「うんうん。って!!!お前人のパソコン勝手に使ってしかも、俺の秘蔵コレクションを見たのか?!」
「見たわよ」
「人のプライベートを!!!」
「惣一の傾向としては、制服系でなおかつ凌辱モノがフェイバリットらしわね。なおかつ清楚な感じが乱れるのがいいのよね」
「ぬぉぉおぉ……」
「気持はわかるわ、清楚で可憐な子が乱れる姿は世の男性の果てなき幻想ですものね」
「あーそうだよ!悪いか?!」
「そうね。悪くはないけど、女優のセンスがイマイチどころかイマサンね」
「人の趣味に文句をつけるな!」
「まぁ……今までは私のような美少女が身近にいなかったから、仕方ないわね」
「おい、自分で美少女とか言うのか……」
「事実だから仕方ないじゃない?」
「お前、すげぇよ……」
「そんなわけだから、暫くは私がいるから大丈夫よ」
「何がだよ」
「あんなものに頼らなくても目の保養ができるからよ」
「おいおい」
「だからハードディスク内のデータはすべて消去しておいたから。お礼ならいいわよ」
「え?えっ!!!!!」
「私がいるのに文句でもあるの?」
「うぅぅぅ……。なんともいえん」

俺は母親にエロ本が見つかった時のような気恥ずかしさと、秘蔵コレクションを消された怒りと、いろいろな感情が混濁しながら海を後にした。

神社は先ほどの駅から徒歩で、駅から逆方向の7~8分の処にあった。
部活の基礎トレーニングに使えそうな、急でそこそこ段数のある階段を登りきると大きいとは言えない神社がひっそりとある。

「来たのはいいとして、ここで、何をするんだ?」
「おみくじとお参りよ」
「えぇ~」
「何?文句でもあるの?」
「神社の相場は缶けりじゃね?」
「はぁ」
「でも、ペットボトルじゃぁ難しいか」
「エアー缶けりでもしていなさいよ」
「難易度がスイカ割りより高いな」
「ん」
「なんだよその手は?」
「お金」
「おいおい」
「ん」
「人の金でお参りって、違う気がしね?」
「お金はお金よ。善悪はないわ」
「罰が当たるぞ」
「神罰なんて、くそっくらえよ」
「おいおい、神社でそんなこといって、さらにお参りって」
「入館料みたいなもんでしょ?」
「違うぞ」
「いいから、出しなさい。じゃないとさい銭箱にカード投げ込むわよ」
「直ぐに用意いたします!!!」

お互いに、五円玉をさい銭箱に入れてから、ガラガラを振って手を合わせるのと同時に目を閉じ、お願い事をした。
ちなみにこのとき俺は何をお願いしたかな……。
そうだ、意味もなく今年も健康で穏やかな一年でありますますようにって、初詣みたいなことをお願いして。
あとは、無駄に金持ちになれますようにとか、モテますようにとか、五円で相当欲張った、誰もがする定番のお願いをしていたら。

「いつまで、祈っているの?」

遠くからリンダの声がした。
振り向くとすでに階段を降りようとしている。
たぶん、リンダはさい銭箱に五円玉を入れた瞬間、祈ることもせずに離れたらしい……。
あいつにとって、本当に入館料なんだと確信した。

「おみくじはいいのかよ?」
「考えたのだけれども、万分の一の確率でくじ引きごときで、惣一に負けでもしたら残りの時間、不愉快になるからやめることにしたわ」
「くじ引きって……」
「くじには違いないでしょ」
「まぁ……そうだけどさぁ」
「少し遅くなったけど、お昼にしましょ」
「そうだな、朝から走ってばっかりで、おれも腹減ったよ」
「駅の近くに、定食屋さんがあったから」
「よく見ってるな。でも、いいのか?」
「何がよ?」
「イメージで言うとリンダ定食屋に入る感じがしないんだが」
「この時間帯であれば客も少ないし、ゆっくりできるでしょ?それと、私は空腹が満たせれば別になんでもいいのよ」
「リアリスト」
「下手なファミレス入って、やかましい雑音を聞くよりTVのワイドショーやAMラジヲを聞き流しているほうがらくなのよ」
「おっさんみたいだな」
「効率を重視しているの。惣一、蒲田行進曲って映画知っているかしら?」
「すいません……勘弁してください」

リンダが言ったように、駅の近くには定食屋があった。
買い物の件といい、記憶力はすごいと思う。
俺が注意力散漫なのは認めるとしても、すごい。
定食屋の外装は、なんというか味があるというか、よくあるクラシックな作り、看板にはお店の名前と少々厄介なサブタイトルがあるが、リンダは気にしていないようだ。
中に入るとテレビを見ていた人のよさそうなおばちゃんが笑顔で迎えてくれた。
昼時を過ぎているせいか、客は俺たち二人だけ。
適当に座っていいとのことで、リンダはテレビが見える絶好のポジションをとり、その向かいにテレビを背にして俺が座る。
水を運んできたおばちゃんは相変わらずの笑顔で、注文をきいてくる。

「何にしましょう?」
「うーん」
「サバの味噌煮定食で」
「はいよ」
「お兄さんは?」
「とんかつ定食」
「はいよ。じゃぁ待っていてくださいね」

おばちゃんは厨房に戻っていく。

「惣一。こういうときは普通、注文したい物を決めてからお店に入るものじゃないかしら?」
「違うだろ?こう、悩むのが楽しいだろ?」
「時間の無駄だわ」
「そうかぁ?」
「そうよ。お店の人にも迷惑だわ」
「言われてみればそうだけどさ。でも、意外だよ」
「何がよ」
「サバの味噌煮ってチョイスが」
「あのね、惣一みたく油を飲んでいれば満足な体じゃないよ。肉も嫌いじゃないけれど、一生食べ続けるなら魚だわ」
「いや、そこまでの極論はいらないけど」
「惣一は頭悪いんだから、魚食べなさいよ」
「俺は馬鹿でもいいから、肉をくいつづけるぞ」
「痛風になるわよ」
「ならねぇよ!!」

リンダはあきれたのか高い位置に置いてあるテレビを眺め始めた。
肩肘をつき、少々、呆け気味の顔をしている。

「なぁ、リンダ?」
「何よ」
「疲れたか?」
「多少ね。殆どは惣一にあきれただけだけど」
「おいおい」
「今後の予定を話すと、今日は家に帰るだけよ」
「この後はどこも行かないのか?」
「目的は果たしたからいいのよ」
「あれだけでいいのか?」
「いいのよ」
「今朝、開店と同時に、色々買い込んだからてっきり泊まりだと思っていた」
「馬鹿ね、荷物の量で気づきなさいよ」
「言われてみればそうだな」
「明日も早くから動くから、夜は自炊よ」
「帰りにスーパー寄るんだな」
「えーそうよ」
「よし、じゃぁここは俺がぁ……」
「ストップ」
「なんだよ」
「晩御飯は私が作るわ」
「え?!」
「何よ、文句でもあるの?」
「ないけど大丈夫か?」
「晩御飯くらい自分で作れるわよ」
「おお!!凄いな。んで、何作るんだ?」
「焼き魚、野菜炒め、お味噌汁、ご飯」
「意外とシンプルだな」
「効率を考えてよ」
「家庭的なんだな」
「せざるを得ない環境に放り込まれたら誰でもやるでしょ?」
「そうだけどさ」
「変な幻想は抱かないでね。惣一が作るより、わたしが作るほうがただ単に早いからよ」
「なんで、見たこともないのにわかるんだよ」
「流しを見ればわかるわ、アンタ料理しないでしょ?」
「たまにはするよ」
「たまにね……」

「はい、お待たせしました~」

話を遮るようにおばちゃんが、それぞれの注文の品を持ってきた。
笑顔でお盆を置くおばちゃん。

「たっぷり、サービスしておいたからね。おかわりしたかったら呼んでね、タダだから」
「本当っすか?ありがとうございます!」
「……」
「はい。お譲ちゃんにはプリンも付けておいたからね」
「……どうも、ありがとうございます」
「ぷっ!!!」

ガン!!!

脛を思いっきり蹴られた。
笑った原因と、蹴られた原因は両者の中で一致している。
脛をさすりながら、割り箸をとり、割って食べようとすると見慣れない景色が……。
カツが二枚。味噌汁がお椀というより、小さな麺類が入りそうな器。
何よりも、あり得ない飯の量。
流石の俺も箸が止まった。
リンダのお盆も確かめてみると、同じ光景があった。
違うところはサバが二匹分入っているだけ。

「すいませーん」
「はーい。あらもうおかわり?」
「いえ、小鉢をいただけないでしょうか?」
「はいよ、とってくるね」
「どうした?」
「惣一。お茶碗よこしなさい」
「ん?いいよ。はい」

リンダはその手のサイズに合わない茶碗をとると自分の茶碗から、大量に俺の茶碗へとご飯を輸送し始める。

「ちょっとまて。流石に俺も食えんぞ」
「食べるのよ。残すの悪いじゃない」
「山になってんぞ!!」
「私にはプリンという、ハンデがあるのよ」
「お子様用のな」

ガン!!

また、脛を蹴られた。

「はい、おまたせ」
「ありがとうございます」

リンダは小鉢を受け取るとそこに一匹半分のサバを突っ込む!!!
そして、俺のお盆にドンと音お立てて乗せる!!!

「こんなに、食えるか!」
「……」

飯を食いながら、完璧にシカトモードに入っている。
少しずつだが、俺もこいつのことが分かってきた。
この場は何を言っても無理。
夕方にさしかかろうとしているこの時間帯からフードファイトを始めるとは……。


やっとの思いで完食をした。
もうなにも入りません。
欲しがりません、吐くまでわ。
この原因を作った主は目の前で、優雅に麦茶とプリン。
煙草も吸えねぇ……。

「さぁ、そろそろ行くわよ」
「まて、動けない……」
「じゃぁ、席料として追加注文ね」
「いっ、行こうか……」

吐き気を時折催しながらも、電車に乗り家に向かった。
地元の駅に着いてからは、吐き気も多少おさまり、夕暮れの下町をあるいている。
帰宅途中、今朝行った、スーパーに立ち寄り夕食の材料を購入にして、家に着いた。
部屋に入ると、リンダはテレビをつけ、ベットの主と化す。
そんなリンダを横目に俺は買ってきた材料を冷蔵庫に入れた。

「晩御飯はしばらくしてからのほうがいいわよね?」
「あぁ、へたしたらいらないかも」
「食べるわよ」
「……はいはい」
「不満そうね」
「いぃーぇ」

ガン!

目覚まし時計が再び頭にヒットする。

時間が進み、何を語らうわけでもなく、ただテレビをBGM代わりに聞き流しているだけ。
夜も深くなってテレビ番組もバラエティ番組から、ニュース番組に切り替わるころにベッドの主が動く。

「さぁ、やるわよ」
「本当に何もしなくてもいいのか?」
「二度同じことを言わせないで」
「へいへい」
「惣一は常識が足りないから、ニュースでも見ていなさい」

そう言い残すと、リンダは冷蔵庫から、材料を取り出し調理にかかる。
言われたとおりに、ニュースをみているものの、普段、この部屋にはない存在はやはり気になるわけで。
自然と視線はそちら側に向かうものである。
近寄らず、その場から眺めているだけでも、リンダの手際の良さが分かる。
言うだけあるなと、思いつつ眺めていた。
俺がやってもこうまで手際よくできるものではないと思った。
なんでもできる奴っているんだなぁ……って感心していたら。
急にこっちを見てリンダが素っ頓狂な声を上げた。

「あっ!!!」
「どうした?いきなり変な声あげて?」
「いや……、その……」
「なんだよ?らしくないもったいぶる物言いは?」
「お米焚いてない……」
「へ?」
「というか……買ってない……」
「……」
「……」
「ぷっ」
「笑ったわね」
「あははははっははは!!!」
「惣一~!!!!!」
「ごめん、ごめん。いいよ飯なくても。ほら、酒があるから大丈夫だよ。それにしても、ぷっ」
「笑えばいいでしょ!!!!」
「リンダ意外と抜けている所あるよな」
「いい度胸しているじゃない」
「いやいや、さっきの定食屋だってさ」
「定食屋がどうしたのよ?!」
「リンダには見えなかったかのかもしれないけどさ、上の看板の処に『超大盛りの店』って書いてあったの見てないだろ?」
「え?そんなこと書いてあったの?!」
「やっぱりな、だから、俺本当に入るのかなぁって思っていたんだよ」
「そういうことは前もって言え!!!!!」

顔を真っ赤にしながら、野菜炒めで使ったキャベツの半玉を投げつけ、見事顔面にヒット!!!
顔面でクラッシュしたキャベツを片付け終える頃、料理が出来上がった。
予告通りの献立がそこには並んでいた。
あからさまに機嫌の悪いリンダを目の前に夕食というか、夜食が始まった。

「いただきます」
「どうぞ」

野菜炒めを一口、焼き魚を一口、味噌汁を一口。
やはり反応が気になるのか、不機嫌さを出しながらもリンダは俺の様子をうかがっている。

「うーん」
「何よ。文句でもあるの?」
「無い」
「でも、何か言いたげね」
「文句がないのが文句かな」
「何よそれ」
「そつがなさすぎる」
「ケンカ売っているの?」
「こうなんていうか……記憶に残らない味というか……」
「あっそ!!」
「んじゃ、一生記憶に残る味にしてあげるわ!!!!!」

というと、リンダは目の前の塩コショウのふたを全開に俺の皿に解き放った!!!

「おい!!!」
「ふん!!!」
「これ食えないだろ?!」
「残したら殺す!!!」
「リンダさん目がマジっす」

こうして、この晩御飯は俺の人生の中で一番記憶に残る料理となった。
晩御飯の後片付けも終わり。
就寝時間となるわけだが……。
ベッドには主のリンダ。
床には俺。
まだ、これはいいだろう。
なんで、玄関に布団を敷かれなければならない?
別に、いまさら何をするわけでもないのに。
でも、そんなもんかと思いつつ、布団にもぐっているとリンダが木製ドアの向こうから話しかけてきた。

「ねぇ……惣一」
「ん?」
「私の事どう思う?」
「どうって言われてもな。知らないことだらけだ」
「ふふっ、だよね」
「お?なん顔してくれる気にでもなったのか?」
「そうね」
「じゃぁ。何から聞こうかな」
「待って」
「なんでだよ?」
「私の性格上、素直に話せないから」
「だろうな」
「ケンカ売ってるわね」
「今までの体験談だ」
「そう、それ。言ったと思うけど。五感をフル活用して、場所の意味、言葉の意味を考えて」
「えーと。つまりは今までも、これからも、行き先やそこでの会話がリンダの目的のヒントになるってこと?」
「そう、だから早く気付いて、思い出してあげてね。それじゃぁ、おやすみ」
「ちょっと、まって」
「入ったら殺すわよ」
「わかったよ……」

部屋の中から布団をかぶる音が聞こえた。
それにしても、今までの行動が彼女の目的のヒントになるって言われてもなぁ……。
色々ありすぎて、行動を整理するのも大変だ。
もっと言えば頭を使うことすら苦手なのに、あのひねくれたリンダがまともなヒントを出すわけなんてないだろ?
でも、今日の行動にヒントはあるって本人が言っているのだから、そうなんだろうな……。

『思い出してね』か……。

多分、どこかで逢ったことあるんだろうな……覚えていないけど。
目を閉じ、これまでの事を考えていたら寝ていた……。
ナイス俺……。

……そこは、水色と緑色の二色で作られている世界。
懐かしい場所。
俺は、ゆっくりと歩いている。
ゆっくり、ゆっくり、ゆっくりと……。
高まる気持ちを落ち着かせるようにあえてゆっくり……。
顔に出さないようにと心で思っても。きっと、笑顔がこぼれていると思う。
それぐらい楽しみの時間。
目的はあの丘だ。
白いベンチがあるあの丘だ。
時間をかけ、ベンチにたどりつく。
あとは、『あいつ』が来るのを待つだけ。
ポケットに入れたショートの缶コーヒーを二本取り出し、煙草も準備。
少しの間、離れたところにあるスタンド式の灰皿をベンチの前に持ってきてこれで完璧。
芝生を踏む音が聞こえる。
直ぐに振り向いて、手を振りたいけど我慢。
後でどうせ言われるんだ。
「手を振りたいの我慢していたでしょ?」
悔しいけど、何もかもお見通し。
俺は嫌だけど、そんなわかりやすい俺が好きらしい……。
でも、俺はそれ以上にあいつが好き……照れるな……。
「惣一……」
ちょっとだけ気付かないフリ。
本当は直ぐに振り向きたいです。はい。
「惣一?」
はい、後で沢山からかっていいから、今はささやかな反抗の時間。
「いい加減に起きろ―――――!!!」

ゴン!!!

「ガムシロップ!!!!!」
「ようやく起きたわね」
「なんだか頭が痛い」
「当然よ、蹴ったのだから」
「おい」
「私は二回呼んだのよ?この私が」
「だから三回目は蹴ったと……」
「そうよ」
「へいへい。起きますよ」
「さっさと、シャワー浴びてきなさい」
「おう。……?」
「どうしたの?」
「いや、なんか良く分からないけど。いい夢見ていた」
「まった、いやらしい夢でしょ」
「う~ん」
「いいから、そこから出てとっととシャワー浴びなさいよ」
「だな」

俺は即席のベットルームから起き上がると、一伸び入れてからシャワーを浴びに行った。
俺のシャワーなんて鳥類の行水程度のもでしかない。
俺の愛用しているトニック物はバスルーム片隅に追いやられ、いかにも髪の手入れしています。肌にも気を使っています。と言わんばかりの品々が並んでいることには突っ込む気にすらならない。

「ずいぶんと早いわね?ちゃんと体洗ったの?」
「洗ったよ」
「そこにあるもの食べたら、今日のお出かけよ。例によって残したら殺すわよ。文句も受け付けないわよ」
「せっかく作っていただいたんだ。残さず……」
「何よ?早速、文句でもあるの?!」
「いや、なんというか……」

別に食卓に並んでいるものは、夕食張りにそつがなかった。
スクランブルエッグ、トースト、サラダ、牛乳。
リンダらしい献立。
味も予想道理だと思う。
ここまではいいとして。
リンダの容姿の変化に驚いた。
髪型はツインテールからポニーテール。
服装も白いタンクトップとデニムのショートパンツ。
昨日とは打って変っての健康的なファッション。
これは、これで確かに需要のあるチョイスだ。
うんうん。

「何?!食べもしないうちから文句でもあるの?」
「いやいや、リンダの恰好が昨日と打って違うから驚いただけ」
「くだらないわねぇ」
「そっか?」
「今日は昨日よりも、熱くなるらしいからこの髪型と服装にしただけよ」
「効率ってやつか?」
「そうね。あんまり服とか興味ないし」
「その割にはスーパー行くの渋っていたじゃないか」
「あのね。こだわらないとは言っても、限度はあるの」
「難しいな」
「くだらないことはいいから早く食べなさい」
「はい。いただきます」
「どうぞ」

こうして、朝食を終えた俺たちは、本日の目的地に向かうのだが。
リンダは今回の目的地についても、やはり何も話してくれなかった。
電車の中でも、タンクトップの上に着込んだパーカーのフードをかぶり、終始ガン無視。
電車を乗り継ぎながら、1時間半くらい移動したところで、目的地に着いた。
横で伸びている俺を構わず、フードを外し、ストレートの髪型からポニーテールに直すリンダ。

「んで。どこに向かうんだ?そろそろ、教えてくれてもいいんじゃね?」
「そうね。植物公園に行くわ」
「植物公園?」
「どちらかと言えば、植物園ね」
「ふーん。植物園かぁ。絵でも描くのか?」
「書きたければどうぞ、最低限の道具はそこのコンビニでそろえられるから。じゃぁね」
「ちょっ、待てよ」

馬鹿には付き合っていられないと言わんばかりに、植物公園へリンダは向かっていった。
まぁ、ここでも、入園料、その他費用はいつもの通り。
別に植物園ってチョイスは悪くないのだが、リンダがこう言ったところに関心があるとは到底思えないわけで。
これは昨日言っていた、『思い出』に関することだということは、流石の俺でもわかった。
でも、ここには来たことがない。
俺自身、植物に関心が強いわけでもなく。
小学校一年生の時に朝顔の観察絵日記を完成させず。担任に叱られたくらいのレベル。
花にまつわるエピソードなんて体外そんなもんだろ?
だから余計に考えさせられるというか、混乱する。
そんな俺に見かねたのかリンダがため息交じりに話しかけてきた。

「足りない頭で考えると、熱でるわよ」
「考えろっていった本人が何言ってやがる」
「無理に考えても無駄って言っているのよ」
「気ぐらいは張っていてもいいだろ?」
「緊張感ないよりかはいいわね」
「なんか、試験を受けているような気分だ」
「試験か……。ちょっとした謎ときよ」
「おっ?ミステリーか?」
「あのね。私の問題なんて、大した事ないの。どうせ、惣一の考えているミステリーなんて。終了15分前で崖の上に犯人と探偵が立っていて、犯人問い詰めるやつでしょ?」
「よくわかるな。テレビでたまに見るけど結構犯人当てるの得意だぞ」
「馬鹿じゃないの?あんなもの開始15分で犯人わかるわよ」
「なんで、わかるんだよ」
「わからない方がおかしいじゃない?」
「結構、推理力がいるぞ」
「馬鹿ね。役者見れば一発でそんなの誰が犯人なんてわかるじゃない」
「……確かに。それわあまりにも御無体ではありませんか?」
「犯人なんてどうでもいいのよ。ミステリーの楽しみ方はトリックを解くのが楽しいのよ」
「犯人当てるのも楽しいぞ……」
「それはオマケね」
「なんか悔しいな……」
「悔しかったら。もう少し本を読みなさい。ドラマはドラマで楽しいけれども、しっかりと推理を楽しみたいのであれば本を読むべきね」
「リンダは推理小説とか読んだりしているのか?」
「惣一よりは読んでいるわよ」
「ふーん。今度何か読んでみるかな」
「じゃぁ。私が指定してあげるわ」
「なんでだよ」
「惣一のチョイスは絶対ズレているから。いきなり難易度高目とか行きそうな気がするわね、何気なくとった本とかでね」
「あのな、いくら俺でもいつも神が舞い降りているわけではないぞ」
「本人が気づいていないのが重傷よね」
「あのな……」
「ついたわ……。ここよ……」

薔薇のゲートをくぐるとそこには広大な色とりどりの花の世界が広がっていた。
花の種類はわからないが、ここにきて感動を覚えないほど無粋な人間でもない。
むしろテンションが上がってくるような……。

「こんなところで加速装置入れたら殺すわよ」
「え?!なんでわかった?!」
「わかるわよ。あと、私は薔薇って漢字も書けるから、くだらない質問はやめてよね」
「お前エスパーか?」
「呼吸、リズム、仕草からわかるのよ。なんなら次のセリフも当てて見せようかしら?」
「お前、波紋使いで、スタンド使いだろ?」
「そうね。機会があれば披露するわ。あそこに行って一休みするわよ」

リンダは身構える俺のリアクションを見事に無視し、色々花なで飾られた東屋指さし歩きだす。
リンダさん。もう少し構ってほしいっす……。

東屋に着いた俺達はそのまま腰をかけて、二人して絶景を見ながら呆けているだけだった。
不思議の国ってのは多分こんなイメージなんだろうな。
見たこともない世界だ。
こんな場所なら不思議なことが、ひとつやふたつあってもおかしくはない。
でも、もう不思議なことは起きているか。
隣にいるこの不思議少女リンダがいるし。
そうそう、この子がどういう子なのかも考えなきゃな。
俺はリンダの横顔を眺めながら、呆けていたら、視線はそのまま前を向きながら、リンダが話し始めた。

「煙草やめたの?」
「えっ?なんで知ってるんだ?」
「止めたの?」
「止めてはいないけど。この激動の時間の中、一服することすら忘れていたよ」
「それじゃ、まだ吸っているのね」
「あぁ……止めようとも、思わないな。煙草嫌いだよな?」
「嫌いだけど。好きな煙草もあるよ。吸いはしないけどね」
「リンダが吸っているのを目の当たりにしたら、軽くひくわ」
「そぉ?」
「そうだろ?」
「ふーん」
「なんだよ」
「別に」
「何か意外なことでもいったか?」
「煙草吸う女は嫌い?」
「全然、嫌いじゃないよ。気兼ねしなくていい」
「そう……」

リンダの表情は一種安心したかのように見えた。
でも、安心するのもおかしな話だとは思うのだが。
リンダを眺めていると、彼女はさらに遠くに視線を送りながらつぶやき始めた。

「ごめんね……あの日、急に具合が悪くなって病院に行ったの……だから、御祈りができなくて……そのせいで」
「リンダ……?」

急な風が花とリンダの髪を揺らす。

「お兄ちゃんは悪くないの……悪いのは……――――だから……ごめんね…」

風にかき消された言葉の前は明らかに謝罪の言葉。
なんて言ったらいいのか分からなかった。
リンダはその目を潤ませながら。暫く遠くをただ、眺めている。
五分とも、永遠とも取れるような、今まで感じたことのない時間の流れ方だった。
どちらが何かを言うわけでもなく、お互いの意思が疎通したのか席を立とうとしたのは同時であり、言葉なく家路につく。

地元の駅に着いても、会話はない。
ひたすら来た道を戻っているだけ。
あの告白はなんだったんだろ?
正直身に覚えがない。
病院、お祈り。
今までのリンダを見る限りでは、リンダの事を指しているようには感じられないし。
共通の話題とすれば、病院……。
病院、病院……。
無意識のうちに呟いていたのが聞こえたらしい。

「足りない頭使うのはいいけど。呟いている単語だけ聞くと、相当、怪しいわよ」
「ん?聞こえていたのか?悪いな」
「別に、私は気にはしないけれども、道行く人たちは変な眼で見ていたわよ」
「そうか……」
「元気ないわね」
「いや、そういうわけじゃぁ無いんだけどな」
「あまり気にしないことね」
「違うんだ。引っかかることがあってさ……」
「ふーん」

家が見える位置まで、戻ってきた。
すると見慣れない車が一台止まっていた。
ここら辺は、駐車場なんかは無いところだし、そんなに道幅も広くはないので余計に目立。
リンダもその車に気付いたのか、足を止める。
そして、軽く舌打ちをした後。

「惣一」
「ん?どうした?」
「ゲームオーバー」
「何だ?いきなり」
「あの車。うちの車」
「え?じゃぁ両親が迎えに来たのか?」
「父親はいないから、正確には母親ね。こっちの予想より二日も早く気付くなんて全くムカツク奴」
「おいおい。母親に向かってそれはないだろ?」
「いいのよ、あんな奴」
「まぁ、深くは聞かないけどさ。いるだけいいだろ?」

リンダは俺の顔を見ながら、一瞬表情を曇らせながら呟く。

「……そうね」
「とりあえず。挨拶しなきゃな」
「しなくていいわよ」
「しておかないと。何かとまずいだろ?」
「それよりも惣一」
「なんだよ?」
「答えはもう出た?」
「リンダの事か?」

泣きそうな顔で俺を見つめながらリンダは呟く

「違うよ」
「いや、俺も考えいるけど……」
「タイムアップ」
「待ってくれよ」
「いいの。別に怒っているとかじゃないわ」
「そんな顔して言われてもなぁ」
「私の問題の出し方が、ひねくれているだけだから……」
「いや……その……」
「楽しかったわ」
「まぁ……俺も……楽しかったよ」

リンダは笑顔で俺を見つめると車に向かって歩き出した。
俺もリンダにつられて、歩き出すと。おそらくルームミラーで近づくリンダに気付いたのか中から人が出てきた。
車の中から出てきた人物は、年を微塵も感じさせないし、フレームの細い眼鏡は知的な感じで、ダーク系のパンツスーツの似合う髪の長い美しい女性だった。
厳しそうな雰囲気がにじみ出ている。
でも、肌の白さや目のあたりは何となく似ていたけど、母親というよりは年の離れた姉妹にみえて、とても、リンダの母親には見えなかった。
それより、なにより、正直な俺の感想は理想の女教師。

くだらない事はほっといて、今後の展開だが……。
もちろん、俺は悪くないと思うけど、ある意味共犯だし、リンダが叱られるところは正直見たくない。
そう思い歩み寄ろうとした瞬間、リンダの母親は素早くリンダへ動いた!
その速さは、獣が獲物を仕留めるようにリンダの正面に入り、両手でリンダの両頬を引っ張った!!!

「こ―――の―――バカ娘が!!!」
「ひゃい!ひゃいわひょ!」
「痛いじゃない!!!どこの世界に義務教育さぼって、男の処にシケこむ中学生がいるんだ?!十年早い!!!」
「ひょめんなひゃい!!!いひゃい!!!ゆひて!!!」
「ママがアンタくらいの年の時は、放課後、体育館裏で友達にこっそり呼び出してもらって、遠回りして家に帰るのが基本なのよ?!」
「ふるひゃうい!」
「あぁ……あの、ドキドキ感いいわねぇ。手をつなぎたくてもお互いに勇気がなくてね……」
「ひゃあなひて!」

痛がっているリンダを忘れ去り、思い出の世界に浸っている母。
そうきますか。
お母さん。
あのリンダがここまでやりこめられているのはある意味レアだ。
多分、理屈が通じないというか、わが道を行くタイプの人なんだろう。
俺が息子でも逆らえないな。
この光景はなんか面白い。

「プッ」

こらえきれず漏らした笑い声に、二人の視線が俺に向けられる。
それと同時にお仕置きから解放されたリンダは両手で頬をさすっている。

「あははっは」
「惣一いい度胸しているわね」
「いやーごめん。ごめん。やり取りがあまりにも微笑ましすぎて」
「……」
「今度はあなたの番よ」
「それは勘弁してくれ」
「……」

先ほど見せたスピードで俺の目の前にリンダのお母さんが寄ってきた。
近くで見ると、美人と再確認させられる。
正直、緊張します。
リンダのお母さんは俺に近寄りまじまじと俺を眺め、眉間しわを寄せ、額に指を当て何やら考えている。

「あっ、あの。けして娘さんだけが悪いわけではなくて……責任は僕にもあるわけ……」
「そんなことはどうでもいいの!あと少しで思い出せそうだから少し黙って!!」
「はい!」
「ママ!やめて!恥ずかしい!」
「黙ってろ!破廉恥家出娘!」

リンダの母親だ……。
うん。
間違いない。
絵にかいたような悩み方をしばらく続け、まるで頭の近くに電球がついたように閃いたらしく。
大きく深呼吸してから、真剣なまなざしで俺を見つめながら。

「貴方、確か萩原惣一さんね?」
「はい……。そうですが何故私の名前を御存じなのでしょうか?」
「あ―やっぱり。覚えていないのも無理ないわ。あの時のあなた見ていたけど、魂抜けていたから」
「は?」
「ママ!それ以上止めて!」
「あら?何故?」
「申し訳ないのですが、できれば事の成り行きを教えていただければ……」
「惣一!アンタ自分で考えなさいよ!」
「何も知らないままなんて嫌なんだよ!」
「アンタが思い出してあげなきゃ意味がないんだから!」
「あんたら、イチャ付くのはいいけどさ、ママも混ぜてよ」
「うるさい!とっとかえりなさいよ!」
「なんですって……」
「あっ……」
「このガキゃぁ……」
「ごめんね……ママ……私が……そう。これは勢いよ……」

リンダの引きつった笑顔初めて見た。
その後は先ほどの動画のリプレイを見ることになる。
流石に収拾がつかなくなるということと、多少時間がもらえるということでリンダママに部屋に来てもらった。
部屋の小さなテーブルを挟み、リンダママを向かいに俺とリンダが並ぶ絵になっている。
菓子折りでもテーブルの上にあるのなら、正に娘さんを下さい状態だ。
それほどのわけのわからない緊張感に包まれている気がした。
でも……。
この二人は俺の気持ちなんかはお構いなしでさっきの続きをやっている……。

「だから!男の処に行くならいくで、書置きぐらい残して行きなさい!!!」
「別にママには関係ないでしょ?」
「丁寧に携帯まで置いていくなんて!」
「言ったら許してくれたの?!」
「許したわよ!」
「どうせ付いてくるんでしょ?!」
「あたりまえじゃない!娘の男をチェックするのは母親の楽しみでしょ?!そして、娘センスの無さに嘆くのが基本よ!!」
「その歪んだ趣味なんとかしなさいよ!!」
「歪んでない!正常よ!」
「異常よ!」
「あのぅ……そろそろ本題に……」
「「うるさい!!」」

この母親あってこその娘。
DNAの神秘ってこういうことを言うんだな。
うん。
二人とも、肩で息をし始めテーブルに出した水滴だらけのグラスの中のお茶を飲み干して、落ち着いたのか今度は穏やかに話しだした。
まぁ……俺も釣られて自分のお茶を飲んでいると。

「それで?やったの?」
「「ブッ―――――――!!!!」」
「二人してキッタないわね!!!」
「ゲホッ!ガホッ!!!」
「だから!!!その歪んだ性格と頭どうにかしなさいよ!!!」
「ただ聞いてみただけじゃない」
「いえ、やっておりませんが……コホッ」
「惣一も馬鹿見たく答えなくていいの!!!」
「つまらないわね……」
「あの、やる、やらないの以前に娘さんの本名も知らないのですが……」
「え?なんで?知らないの?」
「事の説明をさせていただきますと。彼女が私に、彼女に関する事を思い出してほしいということで、一緒に行動していました。」
「ふーん。またこの子の事だから、ひねくれたやり口で被害被ったでしょ?」
「いえ……それほどは……」
「まぁ……このまま、ズルズル引き延ばしても仕方ないから、答え合わせしてあげなさいよ。千歳(ちとせ)?」
「千歳?」
「わかったわよ……」
「なんか、違和感あるな……今の今までリンダだったから……」
「リンダ?」
「今までそう呼んでいたのですが……」
「あーなるほどね。確かにひねくれたやり方だわ。惣一に理解できるわけないでしょう?」
「ちょっと黙ってよ」
「はいはい」

リンダママまで惣一ばわりの、俺をバカ者扱い……。
この親子は……まったく……。

「何故こんなやり方をしたのかは、惣一にとって辛いことになるからなの……」
「……」
「思い出してほしい半面、思い出さなくていいとも思っていたの。」
「……」
「思い出すことが奇跡だし、あの時の惣一に私の言葉が届いていたとは到底思えない……。でも、奇跡にかけてここに来たの。このかけ自体理不尽で勝ちがない勝負だとわかっていたとしても……」
「やっぱり、昔に会っていたんだ……。」
「その辺は、何となくわかっていたのね」
「いくら俺でもな、でも、リンダの事思い出せなかった……」
「私の事?」
「だって昨日だって思い出してねって」
「まぁ……私の事を、思い出してもらいたいけど、惣一?話聞いていた?」
「ん?」
「私、昨日の晩に言った言葉は『思い出してあげてね』よ?」
「へ?」
「はぁ……今更だけどここまで、酷いとは……」
「おい!」
「まぁ……お互い様でしょ?ひねくれた千歳に素直な惣一の組み合わせじゃね」
「前置きは、このくらいにして。惣一には多分、辛いと思うけど聞く?」
「もちろん。ちょっと怖いけど……」

辛い話と聞いて、正直、平常心を保てる自信がなかった。
気を紛らわすために、俺は水滴だらけのグラスを震えながら持って、味のわからないお茶を飲んだ。
ここまで俺って物事に緊張するっけ?
おかしい……。
でも、なんだろこの感じ……。
目隠しされて、地雷の草原を歩くような……異常なまでのプレッシャー。
わけがわからん……。

「惣一?」
「あっ……何でもない……」
「知らず、知らずのうちに、防衛本能が働いているわね……人体の神秘ねぇ……あれだけの衝撃だものねぇ」
「ママは黙って!惣一話してもいい?」
「ぁあ……」

リンダは一息ついてから、ゆっくりと、ゆっくりと話し始めた。

「今更感はあるけど……まずは、名前かしら?」
「……あぁ……」
「どうしたの?何か変よ?」
「自分でも、よくわからないんだ……」
「変なの。いいわ、そんなに気を張らずにね。」
「あぁ……」
「時見千歳(ときみちとせ)十三歳。中学二年生。母千尋(ちひろ)と二人暮らしよ」
「なんか、リンダとかけ離れすぎていて、ピンとこないな」
「余計な茶々は入れないで」
「へいへい……」
「惣一に会ったのはこれが二回目、初めては……」
「初めては?」
「……うん」
「……どうした?」
「じれったいわね。さっさといいなさいよ」
「うるさいわね」
「あのぅ……」
「お葬式……」
「お葬式……?」
「回りくどい言い方ね」
「いいでしょ?!」
「葬式……葬式……葬式……」
「惣一って、結構危ないわね……」
「慣れたわ」
「あぁ!!!もう!!じれったい!!!!母さんが話すわよ!!!様は“椎名ことり”さんのお葬式よ!!!」
「ママ!!」

解っていたのだと思う。
俺の安全装置が、本能的に危険を察知していて、それが無理やり働いていたんだ。
でも、それは自分から避けていたことで……。
自分の中でも、人からも二度と聞くことはない名前。

椎名ことり

その名前は、俺の一番好きな人で、もういない人、忘れなきゃならない人で、忘れた人……。
八年かけて忘れた人。
思い出を、無理やり自分の心の奥底に閉じ込めた。
忘れていた記憶が鮮明に、走馬灯のように、駆け巡っていた。
すごい剣幕で怒鳴りあっているであろう、リンダとリンダママ。
でも、その音は届かない、音がない世界……。
視界も滲んできた……。
意識も遠のきそうだ……。

「惣一……?」
「うん?」
「涙……」
「涙?」
「泣いているのも気づかないくらい、衝撃的だったのね……私が慰めてあげようかしら?」
「ママとはいえ容赦しないわよ」
「おおぉ怖……」
「いいから、涙拭きなさいよ……」
「泣いているのか、俺?」
「あの時も、そうだったわよ、私と千歳で挨拶に行った時も、泣きはらした焦点が合わない目で、無理な笑顔つくっていたわ」
「お母さんにも会っていたんですか?」
「そうよ。娘の告白に立会できる機会なんて、そうそう、ないからついて行ったのよ」
「ほんっと!!!趣味悪!!!!」
「俺……あの時の記憶が殆どないんです……。どうやってあの場所に行ったのか、あの場所で何をしたか、あの場所で誰に会ったか、あの場所からもどったのかも、覚えていないんです。ただ覚えているのは、箱の中に寝ている小さくなった彼女の顔と、そこにあった写真の彼女の顔だけです……。本当にすいません……」
「でしょうね。あの時の惣一見ていたら、後追い確定で、こうして会っているのが奇跡だわ」
「ママ!」
「いや……。八年過ぎて、名前聞いただけで、このザマで……でも……何言っているんだろ?」
「無理しないで、惣一」
「いや、多分、今までが無理をしていたのだと思う。リンダは、ことりの事と向き合うために来てくれた。そうだろ?」
「間違っていないけど……少し違う。私はルーシーとの約束を、果たしに来ただけ」
「ルーシー?約束?」
「話すより見てもらった方が早いわ……ちょっとまってね……」

そう話すとリンダは、ベットの上にある数少ないリンダの荷物をあさり始めた。

「……あれ?……どこいったのかな?」
「あれ?あれ?どこよ!」

言葉数とは裏腹に、リンダの焦りが俺にも伝わってくる。
あわて始めたリンダを見かねたのか、リンダママがポーチから何かを取り出した。
取り出したのは、薄型のケースに入ったDVD。
それをリンダママから見て、後ろ向きにあたふたしているリンダの頭に向かって投げつけた。

コツ!

「いったーい!何すんのよ!惣一!」
「俺じゃないって!!!」
「このバカ娘が!一番大事なもの家に忘れ行くんじゃないよ!」
「あっ……私忘れていったの?」
「そうよ!一番忘れて駄目な物を平気で忘れていくんだから!まぁ……これのおかげで、千歳がどこに行ったかは、見当がついたんだけどね。」
「ルーシーとの約束が、ここに写っているの。これを惣一に見せれば、私の約束は果たすことができるけど……どうする?」
「ママは見ない方がいいと思うわ。だって、名前聞いただけで無意識に泣くぐらいだもの」

母子で俺を見つめてくる。
その視線は、俺を憐れんでいるようにも見えるし、試しているようにも見える。
リンダママの言う通りかもしれない……。
今、ことりの姿を見たら、俺どうなるか想像もつかない……。
でも、やっぱり……!!

「お願いします。見せてください!」
「いいのね?」
「あーぁ。しーらない」
「断わっておくけど、テープからのダビングだから、そんなにきれいな画じゃないから」
「構わないよ」
「わかったわ」

リンダは俺のPCを手慣れた手つきで起動し、DVDをセットして再生し始めた。
テープノイズがチリチリとなり黒い画面から切り替わった。
ディスプレイに映し出されたのは、動いている彼女だった……。
おそらくカメラはベッドのテーブルの上、そこには胡坐をかいたことりがいた。
手入れをすれば、長くて綺麗な髪なのに、面倒くさがりの彼女は、いつもボサボサにしていて、あれほどコンタクトの方が似合うって言ったのに、黒縁のメガネ。
元々、目の色素が薄いことりは、自分の茶色い瞳の色が嫌いでメガネを掛けていた。
くわえ煙草で、仏頂面、パジャマの袖をまくり、頭をバリバリ掻いている。
この癖は照れている証拠だ。
この時は、まだ体調が良かった時だったと思う。
懐かしい……。
画面の中の彼女も業を煮やしたのか、煙草を乱暴に空の缶コーヒーに放り込み、横を向いて映っていない人間に語りかけた。

「ねぇ?リンダ。これ、入っているの?」
「うん。入っているよ」
「うーん。アタシが惣一ごときにダイイングメッセージとは……」
「ルーシー。それ、違う」
「似たようなもんだろ?」
「ダイイングメッセージっていうのは、ミステリーにおいて、被害者が残す、犯人を知らせるメッセージだよ?」
「はっ!最近、アタシのおかげで、ミステリーに出会ったのに。もうアタシ以上とは、最近の子は侮れんわ」
「私は、ミステリーには遅かれ早かれ出会う運命なのよ。照れていないでさっさと話しなさいよ」
「……ったく」

頭をバリバリ掻きながら、上目づかいでカメラを覗き込むことり。
大きくため息をついたり、窓の外見てみたり、落ち着かない様子。
覚悟を決めたのか、大きく深呼吸して、カメラをじっと見つめ語りだした。

「あのぅ……本日は、お日柄も、体調も良く……なんて言ったらいいかぁ……」
「あのね。お見合いじゃないのよ?」
「うっさい!」
「いいから話しなさいよ~」
「そうだな、うん。そうだ」

パジャマの襟を正す仕草をしてから再びカメラに視線を戻す。

「惣一……あのさ……惣一がこれ見ている時は、アタシもういないよね?そういう約束にしたからね……」
「惣一の事だからきっと、泣きまくって、バンバンに目をはらして、情けない顔しているのかなぁ~。そうだといいなぁ~。でもね……」
「それについては、先に誤っておく!ゴメン!!!」
「今日はなんで、こんな事したかというと……」
「ほら、アタシってば照れ屋さんだから、こういうので愛の告白でもしようかなぁ~って……」
「……やっぱ照れるわ!…………でも、言っとかないとな……後悔したくないし……」
「えーっと。二度と言わないからよく聞けよ?……アタシ、椎名ことりは萩原惣一が好きです……」
「惣一に会える日がいつも楽しみで……変なところで照れたり、すねたりする惣一が大好きです……」
「最近、すごく怖い……」
「死ぬのは怖くない。怖いのは惣一に会えなくなること。もし、明日アタシの病気が治る薬が、出来たとしても、これから惣一に会えなくなるなんてことになったら、それは、死ぬより辛いこと」
「だから、夜眠ることが今、一番怖い。このまま、起きることができないかも、しれないって考える事が増えている。死ぬことより、惣一が来なかったらって考える方が多くなってるからか……」

ディスプレイの中の彼女の顔が、ディスプレイ前の俺より涙顔になってゆく……。
こんな、ことり見た事なかった……。
俺が知っていることりは、どこか物事を斜に構えていて、すべて理解しきったような態度しかとらないからだ。
その言葉はいつものように人を挑発するわけでもなく、理路整然としているもではない。
鼻を頻繁にすする、泣くことを我慢している女の子が一人映っているだけ……。

「だから……本音をいうよ……」
「いつも、惣一は十分くらいなら……、面会時間ギリギリだけど来れるって言ってくれるけど……」
「アタシはいつも、毎日なんて面倒くさいって、くるなって言ったけど……」

ディスプレイの彼女は、堰を切ったように、涙と感情が流れ出した。
涙と鼻水とで、ぐしゃ、ぐしゃになって……。
言葉がおかしくなってきている……。
まるで、のどに何かがつまったしゃべり方……。

「本当はぁ……毎日ぃ……ぎでほしぃ……。それはぁ……あだじのぉ~我儘でぇ」
「それは~あだじの~……一緒にぃ……」
「でもぉ~わるいのはぁ……病気でぇ……」
「なんで?……わかんなぃけどぉ……」
「じぁわせじゃないけど……じぁわせでぇ……」
「そうぃちわぁ……わるぅくないから……うあぁぁん!!」
「そうぃちが……すきぃ……わぁぁぁぁん!!!」
「ごめんなぁさいぃぃぃ……うわぁぁぁぁん!!!!」

ことりが、泣き伏した瞬間に映像が途切れた……。

俺は放心状態のまま、ディスプレイを眺めているだけだった……。
そして、直ぐに違う画がでてきた。
目をバンバンにはらして、あからさまに不機嫌なことりが煙草を吸っている。
先ほど灰皿代わりにした、空き缶から数本の煙草がはみ出ていた。
多分、さっきの後、落ち着いてから撮り直したのが伝わる。
しかも、ことり自身も相当、恥ずかしかったんだろう。
そんな、ことりを見て俺は泣き笑いしていたらしい……。

「なぁ!リンダ!さっきのやっぱり消せよ!」
「いやよ。言葉にならない言葉の方が、伝わるわよ」
「あんな物見られたら、惣一の奴、絶対に腹抱えて笑われるに決まっているからさ!」
「一つくらい黒歴史があった方が、人間らしいわよ」
「うがぁぁぁぁ!!!!」
「それで、次は何とるのよ?正直、あれより伝わるメッセージはないと思うけど?」
「うがぁぁぁぁ!ん?」
「何をこれ以上取るのかって聞いてるの?二回同じこと言わせないでくれる?!」
「あぁ。そうそう、もうひとつ惣一に残さないといけない物があったな」
「何よ、その残さないといけないものって」
「リンダ?これ、はいっているのか?」
「うん」
「それじゃぁ。始めますか」

そう言うとことりは、先ほどと同じようにパジャマの襟を正しカメラを覗き込んだ。
ことりも落ち着いたのか、誰もがカメラを向けられたらやってしまうような、手を振ったり、ピースサインをしている。

「惣一?見てる?さっきのは、忘れろよ!あれ!嘘だから!」
「みぐるしいわね……」
「いいんだよ!!」

そうそう、ことりは何かと自分自身に編集点をつける癖があったけ。

「おっほん!これから、アタシから惣一へ贈り物をしたいと思います!!」
「その内容は、アタシが逝ってからの事なんだけどね」
「まぁ……残された惣一は、変な所真面目だから、アタシに変な操を立てたりしかねないからな」
「そうなってしまうと、キモイヲナニスト決定だ」
「うれしい半面、アタシが最後に好きになった人間が、キモイヲナニストになるのは屈辱だ!」

うん。ことりだ。

「そこでだ!アタシが認める、美少女を紹介してやろう!喜べ!幼女だぞ!」
「リンダこっちに来い!!」
「はぁ?なにそれ?」
「いいから来いよ!!」
「いやよ」

一旦、ディスプレイは暗くなり、再度、画が映し出された。
カメラの前に、無理やりことりの膝の上に載せられたリンダが、明らかに不機嫌で渋々映っている。
今でも、十分幼く見えるリンダだが、ことりの言うとおり美少女で幼女だ。
今よりも髪は短く、両端で縛っているけど長さは今ほど長くない。
まるで飼い主になつかない子猫いだ。

「ほれ!リンダ挨拶!」
「はぁ――何なのよ」
「いいから、いいから」
「えっと。リンダです。小学校一年生です」
「可愛いだろ?惣一?」

頭をわしゃわしゃなでながら、リンダに抱きついている。
そういえば、口と性格と身だしなみは男っぽいけど、趣味は限界突破の少女趣味だったなぁ……。
ぬいぐるみとか、お花畑とか、可愛いものに目がなかった。

「なんなのよ?!」
「で、願わくは、アタシが逝ったあとに二人が結ばれることを祈っています!」
「はぁ?何言っているのよ!!」

顎を下げて素早く振り上げるリンダ。
もちろん、その頭はことりの顎にヒット!
暫く、悶えることりの画が映っている……。
顎をさすりながらことりはカメラに向かう。

「ててっ、アタシは本気なんだ……。アタシの大好きな人同士が結ばれたら、その子供して生まれ変われる気がするんだ……」
「ルーシー……」
「リンダにはこれから惣一の事たっくさん!!!教えていこうと思う!!!」
「……」
「でも、リンダ?」
「なによ……」
「惣一の事は教えるけど、惣一には会わせないから!惣一にもリンダは会わせないし!教えない!!!」

「「なんだよそれ……」」

ディスプレイの中のリンダとセリフがかぶった。

「生きている間!!!!惣一はアタシのものだ!!!!」
「えへへっ、言っちゃった~。自分で言っておいて何だけど、照れる~」

ことりは枕を抱きながら、ごろごろとベッドの上をころがっている。
見かねたリンダが、ため息交じりに声をかける。

「はぁ……もういい?消してもいいわよね?テープもったいないから」
「うん。いいよ~」

照れ笑いしていることりは、俺が一番大好きなことりの笑顔だ……。
映像が終わり、無機質なリプレイの是非を問う文字が浮かび上がっている。
長い沈黙のあと、リンダが呟くように語りだした……。

「惣一どうだった?あと、泣くか笑うかどっちかにしなさいよ」
「え?俺また泣いているのか?」
「涙流しながら、ニヤニヤしているわ」
「そうか……ごめんリンダ、ティッシュとって」
「はい」

俺は思いっきり、鼻をかんで、涙をぬぐった。
そして、大きく深呼吸してからリンダの方を見た。

「リンダ」
「なによ……」
「ありがとうな……。俺、こんなことやっているなんて知らなかったし、ことりがあんな風に泣いているのも初めてみたし、リンダがここに来たわけもわかった」
「いいえ、それよりも意外に平気そうね……」
「自分でも驚いているよ。もっと、悲しい気持ちになるかと思ったんだけど、やっぱりことりはすげぇわ」
「確かにルーシーには敵わないわね」
「あの日から、ずっとことりの事忘れようして、本当に忘れていたんだけど。この映像のおかげで、ことりと過ごした事を殆ど思い出せたよ」
「忘れたなんて嘘よ、惣一がただ、考えないようにしていただけ……」
「今更だけど、答え合わせいいかな?」
「聞かなくても解るわ、正解よ」
「そっか、あいつの行きたい場所だったんだな」
「二度同じことは言わないわ」
「それで、まだ、行っていない所もあって次はそこに行く予定だったんだろ?」
「惣一。三度目よ」
「何照れているの?バカ娘?」
「ママは黙っていて、それに照れいないし!!」
「ようやく会えた。惣一おにぃちゃんでしょ~」
「うるさい!!!」
「惣一。ごめんなさいねぇ。この子本当に素直じゃないから、ことりさんとの約束は女子高生になったら会いに行くって約束だったのに、どこかで偶然に惣一を見かけたらしいの、そしたら、すっごい剣幕で私にあんな疲れた惣一はルーシーが話していた惣一じゃないって、そんなこと私に言われてもねぇ」
「ちょっと!余計なこと言わないで!」
「いいから、千歳はだまってなさい。それでね、蹴り飛ばしてやるってその日から、毎日が生理みたいにピリピリしていたわよ」
「あっ、そうなんですか?俺の事見かけたんですか」
「らしいのよ。それにね、この子病院の時から惣一の事を見ていたらしいわ。わが子ながら根暗よね~。行くなら正面から行けっての!」
「ママ!!!勘違いしないでね惣一!!!ルーシーが私に押し付けるほど、いい男かどうか下見しただけよ!!!」
「本当に素直じゃないわね~。八年前、魂抜けた惣一に悪いのは惣一じゃない。お祈りに行けなかった自分がわるいって、告白して、泣きながら惣一は私が幸せにするからって言っていたじゃない??」
「!!!!」

リンダは猫が毛を逆立てたかのように背筋を伸ばし、顔を真っ赤にして金魚見たく口をパクパクさせている。

「ことりさんから惣一の話を聞いて、惣一を見て毎日のように、私にうれしそうに惣一の話をするわけ、未来の彼氏とか、旦那とか、正直、ウザかったわ」
「ははっ、すいません……俺が不甲斐ないために……」
「でもね、ことりさんや、聞いていたとはいえ千歳が惣一を好きになる理由がよくわからなかったの」
「まぁ……俺もどちらかといえば、ことりに関しては一方的に惚れていただけで……」
「今、こうして少しの間だけど話をしてみて、ことりさんの映像みて、ことりさんから千歳に話した事が全部実話って解ったわ」
「え?ことりがリンダに俺のことで嘘を教えていたのですか?」
「そりゃ、嘘みたいな話に聞こえるわよ。夜中の病院忍び込むとか、入院していることりさんに煙草教えるとか、そんなこと聞いても嘘だと思うじゃない?」
「ははっ……そこまで話していたのですね……事実です……スイマセン」
「あとは色々と、相当派手にやっていたらしいわねぇ。でも、そこまでされたら女は幸せだよ。間違いなくことりさんは惣一がことりさんを好きっていう思いより、数万倍は強かっただろうね」
「そうでしょうか……?過去の事は、いや~その~若気の至りというか……」
「それで、どうするの惣一?」
「え?どうするって?」
「千歳いる?いらない?」
「「はい?!!」」
「ちょっと!!!ママ!!!なななっ何言ってんのよ?!」
「うるさいわね。アンタがまりくどいからママが聞いてあげているんじゃない?」
「巨大なお世話よ!!!!」

リンダVSリンダママ
俺、この絵結構好きだな。
でも、近所迷惑になるからもう少し……。

「あのぅ……」
「「何?!」」
「さっきの話なんですけど」
「あぁ……すっかり忘れていたわ」
「……」

リンダは緊張の面持ちだ……。

「えーっと。ことりのDVD見て、直ぐにいる、いらないの返事はできるわけなくて……。今の正直な気持ちはことりで一杯です……。でも、この二日間は振り回されつつもすごく楽しくて、まだ行っていない場所もリンダと一緒にいきたいなって……。その後にリンダと二人でことりとは関係ないところに行きたいなって思いました……。何言っているんだろ?」
「あら、意外ね」
「え?何が意外なんすか?」
「私はてっきり千歳のKO負けだと思っていたから。よかったじゃない、脈ありそうよ千歳」
「ふん!!!」
「でも、ママもDVD初めてみたけどさ、ことりさんあれは相当のタマよ、並の女じゃ勝てないわね。ママでも難しいわ」
「ママでも難しいって。何言ってんのよ!!」
「まぁ……千歳は少し苦労した方がいいかもね~」
「苦労なんて、惣一を押しつけられた時から解っているわ!」
「でもね~」
「覚悟なんてとっくにできているわ!ママが反対しても、いつか、ルーシーに勝つんだから!」
「はぁ……言い出したら聞かない子だから……でもさすがに今すぐは、親としてダメよね。今の千歳なら、ことりさんはおろか、ママにも勝てないわ」
「楽勝よ!」
「惣一はいいの?こんなんで?まだ若いからこれから色々、あるでしょうし?」
「ただ、俺はさっきも言ったように、リンダと一緒に行けたらいいなって思っただけで実際は……その、解らないです」

半ばあきれ顔で、リンダママはリンダを眺めながらため息をついて、俺を見つめる。

「まぁ……親的にはOKだから。ただ、思わせぶりなことは止めてあげてね。とどめさす時はバッサリやってあげてね」
「バッサリって……」
「惣一にそんな権利あるわけないじゃない?!」
「それじゃ、帰るわよ千歳」
「「え?!」」
「何二人して驚いているのよ?学校がうるさいのよ、だから迎えに来たのだから、そうじゃなきゃ迎えになんか来ないって」
「そっ、そうですよね」
「……」
「さすがに、義務教育のうちはねぇ……せめて、高校終わってから送り出すわ。会うなとは言わないから、連絡先交換しなさいよ、ママ外で待っているから。あと、惣一?」
「こんなガキ相手にしないで私にしない?」
「出ていけ!!!」
「おぉ怖!」

リンダママは足早に出ていった。
残されたリンダと俺。
暫く立ちすくんだ後、リンダは荷物をまとめ始めた。
何かしゃべらないと、考えていても何も浮かんでこない。
いつもそうだ、肝心なところで気のきいたことが言えない自分に腹が立つ。
時間はあっという間に過ぎ、リンダが準備を終える。
何か言わなきゃ、何か言わなきゃ!

「リ、リンダ!」
「なっ、いきなり呼ばないでよ、馬鹿惣一」
「しっ、下まで送るよ」
「はぁ……このチキン野郎……」
「へ?」
「何でもないわ。そうね送ってもらおうかしら」
「おっ、おう」
「制服に着替えるわ」
「なんで?」
「折り目つけたくないから」
「あぁ……なるほど。じゃぁ、先出ているわ」
「うん」

俺は部屋を出て、リンダママの乗る車へ向かった。
リンダママは直ぐに窓をあけてくれた。

「あれ?千歳は?拗ねているの?」
「いえ、着替えているだけです」
「ふ~ん」
「本当にありがとうございました」
「なんで?」
「多分、二人のままだったら何も分からなかったと思います……」
「私が野次馬なだけよ」
「いえ……そんなことはないです」
「本当はどうなの?」
「え?リンダのことですか?」
「うーん。それもそうだけど、ことりさんに対してもかな?」
「リンダに対してはさっきも言った感じで……ことりはさっきのDVDを見て、うれしくて、せつなくて、でも、叱られた感じがしました。なんかへんですけど、だから、何に対してかは分からないけど、とりあず、がんばろうって」
「あの子、相当苦労するわね」
「え?」
「まっ、いいわ」
「惣一!!!何やっているのよ!!!」

部屋のドアの前に不機嫌なリンダが立っていた。
俺はあわてて、リンダのもとに向かった。
ダッシュで階段を駆け上がり最後の一段を登ろうとした時、足を振り上げるリンダが見えた。
そう言えば、ことりも言っていた蒲田行進曲の銀ちゃんの階段落ちは最高だと……。

「っーてぇぇ!!!」
「私というものがありながら、未亡人に手を出したバツよ」

そこには最初にであったリンダがいた。
でも、少し、いや、だいぶ違った。
制服は変わらないけど、髪型はストレートで、メガネをかけて、そのメガネはことりの愛用していた黒縁の伊達メガネ。

「リンダそのメガネ……」
「そうよ。正解」

体の痛みをこらえながら、立ち上がるとリンダが二・三段上の階段で、色々な感情がまざった複雑な表情をしている。

「惣一……」
「ん?」

おでこにキスされた……。

「あっ……」
「あと、正解の補足……これもっときなさい!」

リンダは俺にそう言いきると、俺に何かを投げつけた。

「あそこの神社は縁結びで有名なのよ。それじゃね惣一。今度は惣一の答え聞かせてね?」

その笑顔はとても、可愛らしく、とても素敵な笑顔だった。
そう言うとリンダはこちらを振り返ることなく、車に乗り込んでいった。
そして、クラクションが二度短くなって車が動き出した。
予想はついていたけど、リンダは窓から顔を出して手を振るようなタイプじゃなかった。

暫く、その場に立ち尽くしていたけど……。
手から渡されたお守りが落ちて、我に返った。
そして、お守りを拾い上げて気づく……。

「ふふっ……あはは!リンダらしいや!!!」

そのお守りには『安産祈願』と記してあった……。

リンダ

私の駄文を読んでいただき誠にありがとうございます。
さぞ読みにくかったと思います。重ね重ねありがとうございます。
完成はしておりませんが続きみたいなものもあるのでお声をいただければ載せたいと思います。

リンダ

どこにでもいる青年のもとにいきなり現れた天上天下唯我リンダ。 疾風怒涛のように過ぎ去る二日間。 彼女の正体は?二人の行く末は? そんな、どこにでもありそうなドタバタコメディです。

  • 小説
  • 短編
  • 恋愛
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-02-15

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