椅子取りゲームの覇者
短いお話です。お付き合い頂けたなら幸いです。
つくづく絵に描いたような転落人生だな、と彼は思った。
ちょっと気を緩めた間に、このざまだ。
全く油断も隙もない。
落下速度はかなり早いはずなのに、彼の思考はゆっくりとそして冷静に働いていた。いや、周囲の時間に対して加速しているのか?
違うな……と彼は、ここでも冷静に考え直す。
慣れているからだ、と彼は思う。
どうにも高いところとは相性が悪い。昔からそうだ。思いもよらぬところで足をとられたり、想定外のトラブルに巻き込まれたりする。
今回もそうだった。
どうして、屋上のベランダの安全柵が自分がいるところだけ抜け落ちるのか。
彼が飛び降りたビルの屋上から地上までの高さは、おそらく二十メートル以上はあるだろう。助かることはほぼ不可能だ。
普通なら……。
彼は、加速している思考の中、ふと想像する。
アスファルトに叩きつけられた彼の身体は、全身打撲に複雑骨折、頭部から落ちたなら脳漿を周囲にまき散らすことは確実だろう。
後片付けをする人たちは大変だな……どこか呑気な調子で彼は考える。
そして同時に彼は、「善後策」についても考えを及ばす。
なに、こうした経験は一度や二度ではないのだ。
何とかなる。
そして、時が来て、彼の肉体は彼自身がほぼ予想していたとおりの結末を迎えた。
警察の現場検証の黄色いロープが張られた中、路面に散った彼の破片が改修される様を、彼女はじっと見ていた。
人の死とは何とも呆気ないものだ、とつくづく思う。
そこに転がっていた彼女自身の過去に思いを馳せた時、彼女にはそうした乾いた感慨が湧き上がる。しかし、彼女がいかなる感慨を抱こうとも、時は残酷なまでに未来へと進んでいく。
彼女は、自身の未来を考える為にその現場に背を向け、市街へ向け歩き始めた。
途中、大型商業ビルにさしかかった彼女は、ショーウィンドウに映る自分の姿を認めると立ち止まり、顔の筋肉を一通り動かし、次いで正面を向きゆっくりと回りながら、自分の姿を確認する。
「うん、なかなかいい物件。」
彼女は、満足そうに頷くと、通りを歩く男性が思わず足を止めてしまいそうなほど、愛らしい笑みを浮かべた。
「この身体なら若いし、見栄えもいいし……今度こそ大事にしないと。」
その為にも高いところには気をつけようと、彼女、彼だった存在は思った。
彼女が手に入れた身体の本来の持ち主達は、彼女が中に入るといままで例外なく精神に変調を犯し、気がつくと高いところに立っていた。
だから……と、彼女、彼だった存在は思う。
これからは、メンタルの部分でも気をつけてあげよう。
そう心に誓い、彼女、彼だった存在は、もう何人目になるか分らない新しい身体を愛おしげに抱きしめた。
椅子取りゲームの覇者
解釈はご自由に