室井の娘が小学生の頃、ペットショップの前で泣いてせがまれ、ゼニガメを飼うことになった。五年の歳月が流れるうち、カメは想像をはるかに超えて大きくなった。小銭のように可愛らしかった面影はすでになく、ガツガツとエサを食べるとき以外は、一日中…
取引先と思いがけず話が弾んでしまい、塚本が勘定を済ませて外に出た時には、もうとっくに終電を過ぎていた。夫人が車で迎えに来るという相手と別れ、塚本はタクシーを探すため、ふらふらと道沿いに歩き始めた…
ここは郊外にある、政府の秘密研究所。その日、新聞やテレビで時々目にする政府高官が、いかにもお忍びという様子でやって来た。出迎えたのは、この研究所の責任者らしい老人である。「長官、お待ちしておりました。とりあえず応接室にご案内…
今はネットで本を買える時代だが、アツシはリアルな本屋が好きだった。ズラリと並んだ本の中から、予想もしない掘り出しものを見つけるのが楽しいのである。だが、楽しさに我を忘れると、後悔することになる。タイトルや装丁に惹かれ、中身をよく確かめもせず…
その日、島本は仕事中につまらないミスをやらかして、上司にこっぴどく叱られた。誰もがやるようなミスだったし、怒っている上司だって昔やったことがあるミスだった。ムシャクシャするので、一杯飲んで帰ることにした。 駅前の屋台に行くと…
深夜のコンビニ。その出入口から死角になる電柱の陰で、その男は目出し帽を被った。 コンビニに店員一人しかいないのを確認すると、男はポケットからナイフを取り出し、二三回深呼吸してから、一気に店内に駆け込んだ。「強盗だ!カネを出せ!」…
そこは従業員百名ほどの小さな会社だったが、不相応なほど立派な従業員用体育館を持っていた。体育館としてはもちろん、従業員の集会などにも使われている。「社員全員体育館に集合しろって言われたけど、何かあんの」「さあ、よくわからんけど、社長命令らしい…
彼は次期総理の最有力候補と言われていた。かなりあくどいやり方でライバルたちを蹴落とし、猛烈な多数派工作をしつつ、チャンスを窺っていたが、思わぬところから収賄が発覚し、窮地に陥った。あわや逮捕というところをなんとか切り抜けたものの…
「さあ、今年の夏の甲子園決勝戦は、三重県代表の伊賀百地高校と滋賀県代表の甲賀多羅尾高校という、隣県同士の対決となりました。尚、本日のゲストは紀州九度山高校野球部の真田監督です。監督、どうぞ宜しくお願いします」「どうも」「さて、監督。今回の…
ここは、下町によくある町工場のひとつ。入口には『矢部精密機械製作所』という手書きの看板が掛けられている。 その日は、もう夜も更けたというのに、工場の窓から煌々と明かりが漏れていた。中を覗いてみると、ガランとした作業場には矢部氏以外誰も…