歯車の運命
彼は歯車である。ステンレス鋼でできた、平凡な歯車だ。彼の役目は、隣にある歯車の回転を受け、反対側の歯車を回転させることだった。
それが何の役に立つのか、一個の歯車である彼にはわからない。願わくば何かの役に立っていたいと思うが、彼には知りようもないことだ。
鋳型の中で冷えて固まり、最初に彼が歯車としての意識を持った頃には、まだ自分の役目がわからなかった。
その後、今の場所に押し込められ、いきなり隣の歯車が回転を始めた時には驚いた。すぐに彼自身も回転を始め、その勢いで反対側の歯車を回していた。
(ああ、そういうことか)
歯車である彼には、それで充分だった。そういうものだろうと納得した。隣の歯車も、反対側の歯車も、そう思っているに違いないと想像した。だが、言葉を持たない彼には、その想像を確かめることはできない。ひたすら毎日、回り続けるだけだった。
ところが、ある日のこと。突然、隣の歯車が止まった。もちろん、彼も止まり、反対側の歯車も止まった。何日か前から、隣の歯車の回転に違和感があるなとは思っていたが、一体どうしたことか。彼が不安に駆られていると、隣の歯車は、いきなりその場所から外されていた。その瞬間、隣の歯車の「ああーっ!」という声にならない声を聞いたような気がした。
これから何事が起きるのかと彼が身構えていると、ピカピカの新しい歯車が隣に押し込められ、すぐに回転を始めた。当然、彼も回転し、反対側の歯車も回転した。
(なるほど)
何がなるほどなのか、彼自身もよくわからなかったが、それ以上考えるのは恐ろしかった。
それから随分経って、今度は反対側の歯車でも同じことが起きた。
(次は、自分の番だ)
そう思ったものの、隣の歯車の時のような恐怖は感じなかった。
(そういうものだ)
心の底から納得したわけではないが、一個の歯車に過ぎない彼には、どうしようもないことだった。
さらに月日が過ぎ、回転するたびに、彼は体のあちこちが軋むようになった。
(そろそろかもしれない)
と、思った、次の瞬間。
「ああーっ!」
(おわり)
歯車の運命