ブラックアウト

 世界で最初にコンピューターの異常に気付いたのは、アメリカの高校生だった。学校から帰宅して、いつものようにパソコンを立ち上げた彼は、画面上を不規則に動き回る黒い点に戸惑った。
(なんだこれ。液晶の中に、虫でも入ったかな)
 それが虫ではないことはすぐにわかった。いきなり点が2個になり、それぞれ勝手に動き回っていたかと思うと、その1個ずつがまた2個になった。倍々ゲームで増えて行き、アッという間に画面が真っ黒になった。キーボードを叩いても反応がなく、電源スイッチを長押ししてもシャットダウンできない。パソコンに詳しい友達に相談しようと、スマホを手に取った彼は、その画面に、動き回る黒い点を発見した。

 その数日後、ホワイトハウスでは、苦い表情の大統領に、補佐官が汗だくで説明していた。
「ですから、この『ブラックアウト』というウイルスは、今までのコンピューターウイルスの概念を覆すものなのです」
 大統領は皮肉な笑いを浮かべた。
「ふん、バカバカしい。なんでコンピューターウイルスが空気感染するのかね」
「空気感染は比喩です。正式な命名は、まだされていませんが、一部の学者は『接近感染』と呼んでいるようです。とにかく、有線・無線などの接続をしていないコンピューター同士でも、近くにあると感染するんです。幸い、その距離は最大で10メートル程度なので、感染拡大は非常にゆっくりしています」
「だったら、その地域を一旦隔離すればいいだろう」
「もう、やっています。しかし、うかつに接近した兵士のスマホに感染して、外部に漏れてしまいました。今懸命に、それ以上拡大しないよう、追跡調査しています」
 補佐官は流れ落ちる汗をぬぐった。その様子を見て、大統領も不安な表情になった。
「わからん。おまえは何をそんなに怖がっているのだ?」
「わかりませんか、大統領。このウイルスは、全く外部と繋がっていないコンピューターにも、感染するんですよ」
 大統領はハッとした。
「そうか、ミサイルシステムの」
「そうです。それだけは防がねばなりません」
「だが、いったい誰が」
「わかりません。テロなのか、仮想敵国の謀略なのか。学者の中には、宇宙からの侵略ではないか、と言う者もおります」
「まさか。いや」
 大統領は、不安そうに天井を見上げた。

 だが、『ブラックアウト』の感染は、アメリカだけではなかった。少し遅れてロシア・中国・ヨーロッパなどでも、続々と発見された。各国であらゆる防御策が講じられたが、一向に効果はなく、じわじわと感染が広がって行った。そして、ついに……

 およそ文明のカケラもない、一面の農地を、手製の道具で耕す人々がいた。
「なあ、おとう、昔は、コンピューなんたら、とかいうものがあったんけ」
「そんたらこと言うもんじゃねえ。バチが当たっぞ。今のこの平和な暮らしが、無くねってもいいのが。さあ、日が暮れるめえに、もう少し耕すんだあ」
(おわり)

ブラックアウト

ブラックアウト

世界で最初にコンピューターの異常に気付いたのは、アメリカの高校生だった。学校から帰宅して、いつものようにパソコンを立ち上げた彼は、画面上を不規則に動き回る黒い点に戸惑った。(なんだこれ。液晶の中に、虫でも入ったかな)それが虫ではないことは......

  • 小説
  • 掌編
  • サスペンス
  • SF
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-03-20

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