本多が残業を終えて会社を出ると、そこは雪国だった。これだけまとまって降るのは何年ぶりだろう、などと感心していたが、すぐに「ああーっ」と呻いた。(しまった、チェーンを用意してこなかったぞ)数日前から天気予報でやかましく言っていたのに、忙しさに紛れ...
星野が同窓会に出席するのは、社会人になって今回が初めてだった。土日が休めない職業に就いたため、転職でもしない限り参加は無理だろうと半ば諦めていたのだが、奇跡的に休みがもらえたのだ。知らされた居酒屋に行ってみると、同級生たちのあまりの変わりように...
潮田は車間距離を詰めるのが好きではない。できれば間に三台入るぐらい開けたいのだが、そんなことをすれば、複数車線だと必ず割り込まれる。割り込んだ車と距離をとると、さらに割り込まれる。すると、後続車がイラ立って無理な追い越しをかけてきたり…
店の前でさんざんためらったが、吾妻は思い切って入ってみることにした。「いらっしゃいませ」いかにも営業用という笑顔で出迎えたのは、レストランなどで見かけるソムリエの恰好をした男だった。 吾妻はあわてて頭を下げた。「あ、すみません、間違えたみたい…
ダメな男がスキっていう子がいるけど、あたしには信じられない。特に不潔な男は絶対にイヤだ。あたしが週一でやってるバイト先に、瀬川っておっさんがいるんだけど、もう、ホント、生理的に受け付けない。おっさんって言っても、多分、三十ちょい前ぐらい...
どうして夫は毎日帰りが遅いのだろう。忙しい忙しいって言うけど、それならもっと残業代がついても良さそうなものだ。それを聞くと「仕事が終わらなくて自主的に残っているのは、残業として認められないんだ」って。それって『サービス残業』もいいところじゃない…
後方でサイレンが鳴った瞬間、高畑はしまったと思ったが、もう遅かった。すぐに、白バイのスピーカーから音声が聞こえてきた。《青のフィットネスにご乗車のドライバーさま、制限速度をオーバーされていますよ。恐れ入りますが、路肩に寄せて停止してくださいませ…
正月というもののプレミア感は、年齢とともに薄れていく。まして、市尾のように年中無休のファミレスで仕事をしていると尚更であった。特に今年は、大晦日から元旦にかけての夜勤シフトになったため、そのまま職場で新年を迎えることになる。「先輩。大晦日も...
『ンゴロ家・アチャリ家・スポバラ家 結婚披露宴』という表示が出ている会場の前で、礼服を着た男が携帯電話で話しながら、行ったり来たりしていた。「無理ですよ、部長。代わりに乾杯の挨拶なんて。そりゃ、確かに、ゴロゲンくんの直属の上司はわたしですけど…
まあ、そう言わずに、おめえも一杯ぐれえ飲めよ。久しぶりに、ばったり旧友と会ったんじゃねえか。別に医者に止められているわけでもあるめえ、おれと違ってよ。ああ、そうさ。医者はあんまり飲むなって言うけどよ、これが飲まずにいられるかよ、ってんだ…