待ち合わせた喫茶店には幸い他の客はいず、その男だけが待っていた。わたしも男と同じくコーヒーを注文し、改めて男の顔を見た。予想していたより老けていたが、ハンサムな男である。「ギャンブルのコツが聞きたいんだって?」 男はちょっと皮肉っぽい…
「あなた、またブツブツ歌ってたわよ」 妻にそう言われ、遠藤はハッとした。「ああ、そうか。すまん」「悩みごとなの?」「えっ、どうしてわかった」「やっぱりね。だって、あなたが『迷子の迷子の子ネコちゃん』って歌ってる時は、大抵そうだもの…
《お帰りなさいませ。ご夕食はサバの味噌煮でございます》「ああ、ありがとう」いつものことながら、榊原はメグミの献立に感心した。その日の昼食は、取引先の好みに合わせてコッテリした肉料理だったので、夜は魚がいいなと思っていたのだ…
「あなた、ゴロゴロしてる暇があるなら、庭の草むしりぐらいしてよ」「ああ」庭付きの家を買ったのが八木の秘かな自慢だったが、特にこの季節には、どうしてこんなにと思うぐらい草が生えてくる。しかし、子供がまだ小さいので、除草剤をバンバン撒くわけにも…
誰しも通勤や通学に使う道や時間帯は、およそ決まっている。その為、同じ人間と何度も出くわすというのは、よくあることだろう。(また、あいつだ)富岡は前方から走って来る男に気付き、すぐにそう思った。いや、『前方から』というのは富岡から見て…
ああ、ああ。ええと、音声ワープロは動いているかな。あれ、余計なことまで印刷されちゃった。まあ、いいや。後で削除しよう。『宇宙の不思議』を読んで。4年3組遠山ヒカル。ぼくは課題図書の中から、『宇宙の不思議』を選びました。なぜなら、ぼくは…
雑居ビルの中にある小さな商事会社のオフィス。庶務課の品川が消耗品購入伝票を課長に提出した時のことである。「何だ、これは」「はあ。消耗品購入伝票ですが」 課長のこめかみに血管が浮き上がった。「そんなことはわかっとる。購入品目だ!…
吾輩は猫叉(ねこまた)である。遥かな昔、人間に飼われていた頃には名前があったが、もはや忘れた。口さがない連中は吾輩を化け猫などと呼ぶが、失敬極まりない。同じく齢(よわい)を重ねた猫の変化(へんげ)した妖かしであっても、品格が違う…
(作者註:いよいよ100作目となりました。記念に長編を掲載します。ただし、一括して載せると読み辛いかと思いますので、連載という形にさせていただきます。わたしの計算が確かなら、全24回となるはずです。どうか、気長にお付き合いください) 近所の商店街の福引きで、貧乏学生のおれに宇宙旅行が当たった。当たったのはいいが、十泊一日というメチャクチャな弾丸ツアーである。しかも、往復の十日間は人工冬眠で寝ているだけなので、実質的には日帰り旅行と変わらない。 とはいえ、…
前回のあらすじ:ニ十世紀末に超光速旅行が可能になった、もう一つの現在。福引きで宇宙旅行が当たった中野伸也は、宙港の手荷物検査で引っかかってしまった…