こんなにあっ気なく自分が死んでしまうなんて、東海林は思ってもみなかった。ましてや、道に落ちていたバナナの皮で滑って転んだのが死因だなんて。だが、目の前には、倒れたままピクリとも動かない自分がおり、一方では、フワフワ浮かびながらそれを見ている自分が…
メキッ、というイヤな音がした。車体の左後ろだ。原田はあわてて車を少しバックさせ、降りて見てみた。ちょうど後部車輪の前辺りのボディーが凹み、赤い塗料が付いている。見るのが怖かったが、相手の車のバンパーの右側にも、原田の車の白い塗料が薄く付いて...
読書好きの夫婦は仲がいいらしい。休日、互いに本を読んでいれば、どんなに傾向の違う作品を読んでいたとしても、楽しい時間を共有できるから。でも、夫とわたしは…「おい、またクラシックなんかかけてんのか。こんなの聞くと眠くなるんだよ…
街並みがオフイスビルから住宅地へ移行する辺りの道路。その曲がり角に、清涼飲料水の自動販売機がポツンと一台あった。平日の昼間、そこに軽トラックが横付けし、作業服を着た三人の男が降りた。なぜか作業服には何のロゴもなく、微妙に服のサイズも合っていない...
有川は人当たりが良かった。いつも朗らかな表情をしているし、お客からの評判も悪くない。だが、社内での評価は低かった。会社というのは競争社会だから、有無を言わせないような手柄を立てるか、特定の上司に気に入られるかしない限り、大きな出世は望めない…
婚約者の玲子から電話があった。会社の帰りに研究所に寄って欲しいと言う。イヤな予感がした。というより、イヤな予感しかしない。それでも、寄らない、という選択肢がないことは、自分でもよくわかっていた。ぼくは小さな出版社で、先端科学関係のライター...
なんてヘタクソな女優だろうと、新しく始まったテレビドラマを見ながら昌美は思った。セリフを棒読みしているだけで、少しも自分の言葉になっていない。自分が同じ立場なら、何度も何度も練習して完璧に体に覚え込ませてからカメラの前に立つのに、と思う...
ある日突然、地球上の主要都市の上空に巨大なUFOが出現した。あらゆる通信が妨害され、スクランブル発進した各国の戦闘機は航行不能になって不時着した。いよいよ人類最後の日かと人々が固唾を飲む中、世界中のテレビ画面がジャックされ、各国の言語でメッセージが…
由紀夫は腹が減っていた。ズボンのポケットを探ったが、300円しか残っていない。(バカなことをした。年金が入り、つい気が大きくなって、パチスロに直行してしまった。せめて、先に食事に行っとけば良かった)後悔はしたが、自分にそれができないことはわかっていた…
カネの切れ目が縁の切れ目とは、よく言ったものだと怜次は思った。あれほどうるさく付きまとっていた取り巻きが、怜次の懐具合が淋しくなるにつれ、一人減り二人減り、ついには誰もいなくなってしまったのだ。そして、気がついた時には、億を超えていた印税も...