ドラードの森(22)
「え?」
「たまたま銃が暴発しただけじゃ」
「でも」
荒川氏は痛さに顔をしかめながらも、無理して笑って見せた。
「よいかの。わしは撃たれたのではない、銃の暴発事故じゃぞ」
おれにもようやく、荒川氏が言わんとしていることがわかった。
「そうですね。事故ですとも」
「わしらのことはいい。それより、早く吊るされているオランチュラを助けるんじゃ」
「そうでした」
おれは急いでリフトの柱に向かった。
だが、元々結び方がゆるかったのか、風のせいなのか、おれの目の前でハラリとロープがほどけてしまった。
「あっ!」
地上につなぎ止めていたロープから解放され、オランチュラを吊り下げた巨大な凧は風に流されて行く。
「中野くん、一旦ここに戻るんじゃ」
飛んで行くオランチュラが気がかりだったが、おれは元の場所に駆け戻った。
「機動隊のドラード人たちに頼みましょうか?」
だが、荒川氏の口から驚くべき言葉が出た。
「いや、同じ風に乗っていては追いつけん。このジェットハングライダーを貸すから、きみが追いかけるんじゃ」
「ええっ、そんなの無理ですよ」
おれの全身からドッとイヤな汗が吹き出した。
「大丈夫じゃ、自動操縦モードに設定してある。きみは音声ガイドに従えばいい」
「でも、でも、おれじゃなくても」
「ドラード人は重すぎて、この機械のパワーでは無理じゃ。きみしかいない」
黒田氏も這うようにして、こちらに来た。
「ふん、考える時間はないぞ。頼む、行ってくれ」
「わ、わかりました。やって、みます」
おれは半分真っ白になった頭の中で「大丈夫、大丈夫」と自分に言い聞かせながら、リュックをおろし、羽根が収納されている笈という箱を背負った。さらに、高下駄を履き、頭に兜巾という帽子を付けると、そこから「発射準備、完了シマシタ」という声が聞こえてきた。
「よし、いいぞ、中野くん。後は『発射』と命じさえすれば、自動的に飛んで行くんじゃ」
「ええと、発射、って言うんですね」
いきなり、足元からボーンと押し上げられたような感覚があり、驚いて下を見ると、みるみる荒川氏と黒田氏が小さくなっていく。
「あわ、あわわわ」
「水平飛行ニ移リ、目標ヲ追尾シマス」
今度は前に向かって、ものすごい勢いで加速し始めた。
「ひええええーっ!」
「目標ヲ捕捉シマシタ。接近シマス」
おれの肉眼にも凧に引っ張られているオランチュラが見えた。
「減速シマス」
もう少しで追いつきそうだ。
「おれはどうしたらいいんだ?」
さすがに返事はない。
おれは頭をフル回転させた。このままオランチュラを捕まえても、凧がジャマになって一緒に墜落するだろう。先に、オランチュラと凧をつなぐロープを切らなければならない。おれは何か刃物を持っていなかったか。そうだ。あれは泥が付いたから、リュックには入れなかったはずだ。おれはポケットの上から必死で探ってみた。良かった、あるぞ。荒川氏からもらった、例の何とかのカミという名前の折りたたみナイフだ。
「頼む。ギリギリまで接近してくれ」
「ワカリマシタ」
もう少しでオランチュラに手が届きそうなのだが、風で左右にゆれてなかなかつかめない。
「もっと前進して、オランチュラと凧の間にあるロープの方に寄せてくれ」
「了解デス」
おれは何とかロープを左手でつかみ、凧に近い側にナイフの刃先を当てた。
「よし、今助けてやるぞ」
おれは力を込め、ロープを切断した。
「わっ!」
いきなりオランチュラの全体重がおれの左手にかかり、ガクンと下に引っ張られた。見かけより軽いとはいえ、優に20キロはありそうだ。おれはとっさにナイフを捨て、両手でロープをつかんだ。
だが、ハングライダーはどんどん下降して行く。
「失速シマシタ。危険、危険!」
(つづく)
ドラードの森(22)