ドラードの森(20)

「ええっと、逆に『勇気』ですか」
「かっかっか。残念。正解は『慣れ』じゃ。人間、大抵のことには慣れるものじゃよ」
 もう日も傾いてきているし、ためらっているヒマはない。
「わかりました。時間も迫っていますし、思い切って乗ってみます」
 とにかく、絶対に下を見ないようにしよう。滑り台の経験から、最後に残るのは怖いので、二番目に乗せてもらうことにした。
「いいかね。まず、わしが手本を見せる。そのとおりにやればいいんじゃ」
 荒川氏は回ってくるリフトにサッと乗った。さすがに慣れている。
「ふん。上手いのは当然さ。自分で作ったんだからな。いいか、中野くん。乗るタイミングを合図する。躊躇するなよ。乗ってしまえば、こっちのものだ。手すりをしっかりつかんで、前だけ見ていればいいんだ。いいな」
「は、はい」
「よしっ、今だ!」
 最初にガクンと衝撃があったが、意外に安定している。落ち着いて座っていれば、何とかなりそうである。下を見ないように視線を上に向けると、枝と枝の間に張った糸を伝ってオランチュラが一匹並走していた。おれを心配してくれているらしい。無意識に微笑んでいるのに気付いて、自分でもちょっと驚いた。
 前方に目をやると、だいぶ傾いた太陽に照らされたホテルグリーンシャトーにぐんぐん近づいている。着地点で待ってくれていた荒川氏の手を借りるまでもなく、案外上手に降りられた。
「ありがとうございます。さあ、少し早いですが、パーティー会場に行きましょう」
 その時、おれの後方で「あっ、何をするんだ!」と叫ぶ黒田氏の声が聞こえた。
 驚いて振り返ると、おれと並走していたはずのオランチュラが太いロープに縛られて宙吊りになっていた。ロープの先は巨大な凧のようなものにつながっており、その凧から伸びるもう一本のロープが黒田氏のいるリフト乗り場の向こう側に続いている。
 黒田氏は誰かに大声で怒鳴っていた。
「おまえは何者だ!何のために、このような非道なことをするんだ!」
 おれの位置からはよく見えないが、誰かがオランチュラを捕縛したようだ。
 荒川氏がおれの肩をポンと叩いた。
「中野くん、わしは飛んで助けを呼んでくる。すまんが、きみはリフトで戻って黒田の様子を見てくれ。危険そうなら、決して近づかず、距離をとるんじゃ。なあに、ああ見えても黒田は古武術の達人、自分一人の身は守れる。くれぐれも無理はするなよ」
「わかりました」
 荒川氏は背負っている笈からパタパタとハングライダーの羽根を出すと、「頼んだぞ」と言い残して飛んで行ってしまった。
 ためらっている時間はない。おれはすぐに意を決し、降りたばかりのリフトに乗った。少しはコツがわかってきたようだ。宙吊りになっているオランチュラがグッタリしているのも気がかりだが、とりあえず、今は黒田氏の安否確認が優先である。おれには黒田氏と対峙している相手が誰なのか、ほぼ予想がついていた。あいつら、怪しいと思ってたんだ。
 だが、黒田氏と向き合い、凧からのびるロープを握っているのは、おれの想像とはまったく違う人物だった。
「おお、これはこれは。援軍到着ですね」
 そう言って穏やかに笑ったのは、日曜日のパパだった。ロープを握っていない方の手には麻痺銃が握られ、その銃口はピタリと黒田氏に向けられている。銃の持ち込みはできないはずだが、おそらく、休止状態のCAロボットから奪ったのだろう。
「何をする気だ?」
 おれの問いにパパはますます笑顔になったが、その眼光は鋭かった。おれたちに睨みをきかせたまま、片手でロープの端をリフトの柱に結んだ。これではとても手が出せない。
「きみのような若者にはわからないことかもしれませんが、富というものはいつの時代でも偏って存在しています。そこで、時々われわれのような者がそれを是正しなくてはならないのですよ」
 黒田氏の鼻が盛大に鳴った。
「ふん、泥棒にも三分の理、というやつか」
「まあ、あなたのような富豪にはわからないでしょうね。ですが、われわれ『宇宙義賊ロビンソン』は決して貧しい者からは奪いません。もっとも、貧乏人に施しをするほど偽善者ではありませんがね」
「ふん、所詮は海賊の屁理屈だな。狙いは何だ。わがはいを誘拐して、身代金でも要求するつもりか」
「いえいえ、誘拐は割のいいビジネスではありません。身代金の受け渡しという、避けられないリスクがありますのでね。われわれの目的は、もちろん、ドラードの莫大な黄金ですよ」
「ふん、何をバカな。おまえたちの海賊船だとて、アルキメデスの壁は越えられまい。それこそ割に合わんぞ」
「そのとおりです。確かに、当初の計画では、何とかして黄金そのものを運び出そうと考えていました。しかし、どうやっても莫大な燃料費が発生してしまう。そこで、解決の糸口を探るため、二人の仲間と共に観光客にまぎれ込んで現地を調べることにしました」
 やはり、あの二人か。
「そこで、一筋の光明が見えたのです。最初は、そこの若者が追いかけていたムシでした。黄金を見つけて、自分で運んでくるムシ。これを使えば、古代の遺跡などから黄金だけを集めさせることだってできるはずです。何とか捕獲したかったのですが、もう少しのところで逃げられてしまいました。しかし、もっといいものが見つかりましたよ。失礼ながら、先ほどの話はすべて聞かせていただきました。元素転換機ですと。おお、何とすばらしい。それさえ手に入れば、無尽蔵の黄金を得ることができるではありませんか」
「ふん。おまえさんはちゃんと話を聞いてなかったのか。荒川は、元素転換機もその知識もすでに失われたと言ったはずだ」
 パパはイヤな笑い方をした。
「うっふっふ。われわれはそうは思いませんねえ。なるほど、機械そのものは本当にもうないのでしょう。しかし、その知識はきっとどこかにあると思いますよ。例えば、このクモちゃんの脳ミソの中とかね」
 おれの頭がカッと熱くなった。
「やめろ!生き物への残虐行為はリンカーン条約違反だぞ!」
「おやおや、若者の早トチリにも困ったものですね。このクモちゃんを解剖したって意味がないじゃないですか。クモちゃんたちは、いわば群体生物でしょう。一匹一匹は一個の細胞にすぎません。いや、もっといい喩えがありました。群体の記憶というインターネットにつながる、ひとつの端末です。その端末から、記憶の奥底に眠っているはずの知識をハッキングするのです。まあ、このクモちゃんには、かなり苦痛でしょうがね。うふっ、うふっ」
 おそらく、パパがおれとの話に気を取られているスキを狙っていたのだろう、いつの間にか黒田氏がパパに急接近していた。
「きえええーっ」
 気合一閃、年齢に似合わぬ黒田氏のハイキックが、パパの麻痺銃を蹴り飛ばした。
「中野くん、銃を確保するんだ!」
(つづく)

ドラードの森(20)

ドラードの森(20)

前回のあらすじ:ゴールドラッシュによる混乱を防ぐため、黒田氏は輸出を抑制するべきと言う。ホテルに戻って夫人にも相談することになり、荒川氏は早く移動する方法を提案するが…

  • 小説
  • 掌編
  • 冒険
  • SF
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-07-18

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