ドラードの森(23)

「そんなこと言わないで、何とかしてくれよ!」
 ああ、今度こそダメかもしれない。いっそ、ロープを離して自分だけ助かろうか。いやいや、ダメだダメだ。そんなことをしたら、一生後悔する。
「頼む。何か墜落を止める方法はないのか!」
「緊急用ノぱらしゅーとガアリマス」
「それだ!早く早く!」
「衝撃ニ備エテクダサイ」
 パチンと音がしてハングライダーの羽根の部分が外れた。
「ええっ、何すんだよ!」
 急降下が始まった。
「わあああーっ!」
「ぱらしゅーと開キマス」
 背中のあたりからブシュッと音がし、何かが飛び出した。パラシュートのようだ。すぐにガクンと落下のスピードが遅くなった。
「ふーっ、助かったあ」
「補助じぇっとヲ使ッテ、最寄リノあごらニ不時着シマス」
「ああ、頼むよ」
 オランチュラが地面に衝突しないよう、おれはロープをたぐり寄せ、体を直接抱えた。意外にも毛は柔らかい。イヌかネコを抱っこしているような感じだ。
「もうちょっとの辛抱だぞ」
 着陸したのは、テニスコートぐらいしかない小さなアゴラだった。おれはすぐにオランチュラのロープをほどいてやった。さすがに元気がないが、大きなケガはしていないようだ。
 立ち上がり、改めて周囲を見回したが、建物など何もない。
「おおーい、誰かいないのかあーっ」
 むなしくコダマが返ってくるだけだ。
 ずいぶん流されてしまったので、自分がどの辺りにいるのか、見当もつかない。ハングライダーの羽根は、どこかへ飛んで行ってしまった。一応やってみたが、高下駄の補助ジェットだけでは、危なっかしくて飛べない。どうやって元の場所に戻ればいいんだろう。
 すでに日が沈み、夕闇が迫っている。このまま夜になったら、間違いなくここで遭難である。
 その時、視界の隅にぐんぐん近づいて来る黒い鳥のようなものが見え、高速でファンが回転するような音も聞こえて来た。間もなく、フルフェイスのヘルメットをかぶり、エアバイクのようなものに乗っている姿がハッキリ見えてきた。誰かがおれを探しに来てくれたらしい。
 おれは声を限りに叫んだ。
「おおーい、ここだあーっ!」
 相手はすぐに気付き、こちらに旋回して来た。そのまま着陸し、エアバイクを降りるとヘルメットを脱いだ。服装で予想はついていたが、長い髪がさっと広がり、あの黒レザーの女の顔が現れた。
「良かった。暗くなったら、探すのがちょっと面倒になるんで心配したわ。ところで、そのオランチュラは大丈夫なの?」
「ああ。だいぶ弱ってるけどね。それよりあんたはいったい何者なんだ。もしかして、海賊の仲間なのか」
 口ではそう言ったものの、そうではないことは雰囲気でわかった。
「ふふ。少なくとも、海賊ではないわね。そんなことより、荒川さんからこれを預かってきたの」
 女がバイクの荷物入れから出したのは、モフモフが使っていたのと同じ大きさの伝声器だった。短めだが赤い糸も付いている。
「この赤い糸を、オランチュラの前足の先に結び付けるようにって、言われたわ」
「体の具合を聞けってことかな。まあ、いいや。やってみよう」
 おれはオランチュラの前足の部分に糸を結び、伝声器を少し離して糸をピンと張った。
 次の瞬間、伝声器から何か美しい音楽のようなものが聞こえてきた。
「歌っているみたいね」
 女はうっとりした表情になった。
「まあね。だが、本当は何なんだろう」
 だが、待つほどもなく、その『音楽』の意味はすぐにわかった。アゴラの周囲から、一匹、また、一匹とオランチュラが現れたのだ。たちまち数十匹もの集団になった。
「仲間を呼んだのね」
「ああ、うん」
 平静を装ったが、さすがにこれだけの数のオランチュラを目の当たりにすると、鳥肌が立ってきた。
 オランチュラたちは弱っている仲間の周りに集まり、みんなで持ち上げるとアゴラの外に運び出した。あれだけワサワサいたのに、アッという間に一匹もいなくなってしまって、あ、いや、一匹だけ残っていたようだ。そいつは伝声器を前足で持ち上げ、別の前足で赤い糸を引っ張った。
《あ、り、が、と。と、も、だ、ち》
 それだけ言いたかったらしく、すぐに仲間の後を追って行った。ガラにもなく、ちょっとウルッときてしまっていると、いつの間に近づいていたのか、おれの肩に女の手が乗せられた。
「わたしからもお礼を言うわ。ありがとう」
 ふわっといい香りがする。
「べ、別に、あんたに礼を言われる筋合いは、ないと思うけど」
「ふふ。まあ、いいじゃない。それより早く戻らないとパーティーに遅れるわ。送って行くから、エアバイクの後ろにお乗りなさい」
「でも」
「あら、じゃあ、歩いて帰るのね」
「えっ」
 暗くなった森の中を、歩いて行けるわけがない。
「ふふふ。ウソよ。遠慮なんかいらないわ。だけど、しっかりわたしの体につかまっていないと、本当に振り落とされたって知らないわよ。さ、乗って」
「ああ、うん」
 もちろん、普通のバイクと同じで、後ろに乗る以上、運転者の体に直接つかまることになる。どうしよう。
「何してるの。恥ずかしがる必要はないわ。というより、そんな余裕はないと思うわよ。ふふふ」
(つづく)

ドラードの森(23)

ドラードの森(23)

前回のあらすじ:ようやく宇宙海賊を捕まえたが、黒田氏も荒川氏も麻痺銃に撃たれ、身動きがとれない。凧で吊るされているオランチュラを助けるため、中野は思い切って…

  • 小説
  • 掌編
  • 冒険
  • SF
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-07-22

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