店内のテーブルで今日の売り上げを計算していた坂上は、人の気配にハッとした。「副店長、戸締りお願いしときますね」 最後まで残って後片付けをしていた、一番若い板前の米田だった。「ああ」 坂上は、ざっと店内を見回って必要のない照明を消し…
そもそも、右って何だろう。試しに、手元の辞書で『右』を引くと『北を向いたとき、東側の方向』と書いてあるが、逆に『東』を引くと『北を向いたとき、右側の方向』となっている。これじゃ、堂々巡りだ。 そういえば、前後左右と東西南北は似ている…
美容院のドアを開けた途端、西城の足元に何か茶色いものがまとわりついた。驚いて下を見ると、モコモコした毛の小さな犬だった。「まあ、チャッピー、おやめなさい。お客様が困ってるでしょう」 そう言ったのは、この店のオーナーらしき婦人であった…
横井は、朝出勤してパソコンを開くのが億劫だった。いつもメールの受信トレイが溢れそうになっているからだ。一応、迷惑メールは自動的に振り分けてくれているのだが、それでもこの状態である。一度でもネット経由でモノを買ったり、カタログを請求した…
(作者註:原文を日本語訳したものです)「嗚呼、誰ぞ我が恨みを晴らさん乎。かの傍若無人な奴に一泡吹かす者やあらん」そう嘆きしは、名を伸伸(シンシン)という十歳の少年である。 生まれつき要領が悪く、近所の悪童どもから侮りを受けている。 今日も…
食べ物の好みというのは、地域や文化によって千差万別だ。以前、『イスラムの人たちはブタ肉が食べられなくて可哀相ね』と言ったアホなアイドルがいたらしいが、逆に、オーストラリアのアボリジニなどは『文明人はイモムシが食べられなくて気の毒だ』と…
ここは、下町によくある町工場のひとつ。入口には『矢部精密機械製作所』という手書きの看板が掛けられている。 その日は、もう夜も更けたというのに、工場の窓から煌々と明かりが漏れていた。中を覗いてみると、ガランとした作業場には矢部氏以外誰も…
「さあ、今年の夏の甲子園決勝戦は、三重県代表の伊賀百地高校と滋賀県代表の甲賀多羅尾高校という、隣県同士の対決となりました。尚、本日のゲストは紀州九度山高校野球部の真田監督です。監督、どうぞ宜しくお願いします」「どうも」「さて、監督。今回の…
彼は次期総理の最有力候補と言われていた。かなりあくどいやり方でライバルたちを蹴落とし、猛烈な多数派工作をしつつ、チャンスを窺っていたが、思わぬところから収賄が発覚し、窮地に陥った。あわや逮捕というところをなんとか切り抜けたものの…
そこは従業員百名ほどの小さな会社だったが、不相応なほど立派な従業員用体育館を持っていた。体育館としてはもちろん、従業員の集会などにも使われている。「社員全員体育館に集合しろって言われたけど、何かあんの」「さあ、よくわからんけど、社長命令らしい…