ドラードの森(19)

「いや、オランチュラであることは間違いないんじゃが」
 再び、森の精霊が答えた。
《われらが肉体を改造してからすでに一万年以上が過ぎた。われらの寿命が数百年あるとはいえ、世代を重ねるごとにハッキリと退化の兆しが現れている。知能のレベルは低下する一方で、もはや単体では簡単な日常会話をすることさえ覚束ない。こうして話しているのは、言わば、われらの集合体意識なのだ。当然のことながら、高度な知識や技術も失われて久しい。先ほどからの話だが、元素転換機さえあれば簡単に解決できただろうが、残念ながら今のわれらにその力はないのだ》
「わしも遺跡を調べてみたが、機械も文書も何も残っておらなんだよ」
「ふん。せっかくある宝をむざむざと反故にすることはあるまい。上手に使ってやればいいではないか」
「わしもそう思う。ただし、あまりに急激な変化は望ましくない。マムスターたちには、もう少し時間が必要じゃ。黒田よ、おまえは科学技術局に顔が利く。『アルキメデスの壁』が越えられるのは、いつ頃と思うかね」
「科学技術局にいたのはもう随分昔の話だ。事業を始めるために辞めたからな。だが、噂は聞いているよ。おそらく、あと二三年だ」
「うーむ。早いのう」
 森の精霊も黙り込んでしまった。
 重苦しい沈黙を破ったのは、意外にも黒田氏だった。
「方法はひとつだな」
「ほう。どんな方法じゃね」
「窓口を一本に絞るのさ。とりあえず、すべての金を国有化する。その上で輸出を一社に独占させる。独占させて輸出量を抑制するのだ。なあに、大量の金がいきなり市場に溢れることなど、どの惑星だって歓迎しないはずだ。今の手持ちの金が暴落するだけだからな。それでも長期的には金の価格は下がるだろうが、下がることによって、今まで金を使えなかった分野にもどしどし使えるようになれば、経済的な波及効果も期待できるだろう」
「なるほど。しかし、わしらの思惑どおりに動いてくれる会社があるじゃろうか」
 黒田氏はニヤリと笑った。
「ふん。あるわけがない。これから作るのさ」
「何じゃと」
「誤解せんでくれよ。今更この歳で儲けようなどと思ってはおらん。普通に商売していいなら、黒田運輸でやるさ。目的は輸出量を一定のレベルに制限することだから、小さな会社でいい。スタッフは黒田運輸から信用できる人間を何人か出向させよう。代表は、わがはいでもおまえでもいいが、まあ、わがはいの方が業界的には知名度があるだろう。軌道にさえ乗れば、後はこの惑星の住民にまかせるさ。だが、早急に独占契約だけはしておいた方がいい。その線でドラード政府を説得してみてくれ」
「ふーむ。それしかあるまいの。森の精霊はどう思うかね」
《われらは黒子。判断はマムスターたちに任せる。ところで、地球からの客人たちに一つお願いがある。われらの正体のことはマムスターたちには話さないで欲しいのだ。はるかな過去とはいえ、彼らを食用にしていたことを知られたくない。今では、彼らこそわれらの子孫なのだ》
「ふん。恐れ入谷の鬼子母神、というところだな」

 あまりの急展開に呆然としていたが、御座所を出てから荒川氏に尋ねてみた。
「金塚って、この惑星にいくつぐらいあるんですか?」
 だが、荒川氏は意外な返事をした。
「ほう。きみはまだ事態の本質がわかっておらんようじゃな。わしが作業用に使っている強化プラスチック製の肥後守(ひごのかみ)を貸してやるから、その辺を掘ってみなさい」
「はあ」
 おれは小さな折りたたみナイフのようなものを渡された。軽い。一見、幼児用のオモチャのように見えるが、刃先は鋭い。下手に触ると指を切りそうだ。よくわからぬまま、それで地面を掘ってみた。10センチも掘らないうちに、カツンと手応えがあり、キラキラした輝きが見えた。
 ギョッとしているおれに、荒川氏が説明してくれた。
「この惑星の巨木はみな樹齢数千年、中には一万年を越えるものもある。そのほとんどは中心部が空洞になっており、そこを埋めているのは、実は、大部分金なのじゃ。金塚として見えているのは、氷山の一角にすぎん」
「な、何ですって」
 おれは腰を抜かしそうになった。見渡すかぎりの鬱蒼とした森の巨木は、中にギッシリ黄金が詰まっているのだ。まさに天文学的な量である。
「その肥後守はきみにあげよう。プラスチック製じゃが結構丈夫なものじゃよ。さて、先ほどの話じゃが、わしも黒田の案しかないと思う。この森の金が一気に輸出されたりしたら、金には路傍の石ほどの価値もなくなってしまう。バーナムの森が動くどころの騒ぎではない。様々な惑星の経済に大混乱を巻き起こすことになる。じゃが、一社独占に対する反発も当然起こるじゃろうな」
「ふん。それは絹代に相談するさ。今の星連には元塾生が何人かいたはずだ」
「おお、そうか。かつての『黒田絹代政経塾』じゃな。それでは、わしが絹代さんに直接お願いしよう。久しぶりに学園のマドンナにお会いしたいしのう」
 うーむ、黒田夫人も只者ではなかったのか。
「ふん。今は元気だけが取り柄の婆さんに過ぎん。まあ、フェアウェルパーティーをやるらしいから、おまえも来るがいいさ」
「ほう。するとホテルグリーンシャトーじゃな。ならば近道があるぞ。わしの後をついて来てくれ」
 イヤな予感がする。そして、その予感はすぐに的中した。
「まだ実験段階じゃが、風車の力で動かすリフトを作ってみた。乗り降りに多少コツが要るが、乗っている間は何もしなくていい。楽チンじゃぞ」
 それはスキー場などにあるリフトを模したものだが、きわめて貧弱なつくりに見える。
「見かけはイマイチじゃが、丈夫に作ってある。まったく心配はいらんよ」
「ふん。だが、中野くんには、ちと荷が重いかもしれんな」
 今日はとことん厄日らしい。おれがためらっているのを見て、荒川氏から声をかけられた。
「もしかして、きみは高所恐怖症かね。わしといっしょじゃな」
「ええっ、だって空を飛んでいたじゃないですか」
 驚いて聞き返すと、荒川氏はニコリと笑った。
「いやいや、わしは臆病なんじゃ。まあ、だからこそ今まで大きなケガをせずにいられた、とも言えるがね。おそらく、『臆病』というのは人類が生き残る上で大事な能力じゃったと思うよ。しかし、人間にはもっと偉大な能力がある。それは何じゃと思う?」
(つづく)

ドラードの森(19)

ドラードの森(19)

前回のあらすじ:黄金に溢れ、肉食獣のいないドラードは創られた世界だった。その裏には凄惨な過去の歴史があるという。そして、森の精霊の正体は…

  • 小説
  • 掌編
  • 冒険
  • SF
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-07-18

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