ドラードの森(21)

 おれは猛ダッシュしたが、転がった麻痺銃は別の人間に拾われてしまった。何だってこんなところにこいつがいるんだろう。
「アッくん!危ないから、その銃をお兄ちゃんに渡すんだ」
 だが、アッくんは面白そうに銃口をおれに向けた。
「パパ、じゃなかった、ボス。このお兄ちゃんを一発撃っちゃってもいいかな。だって、このお兄ちゃんのせいで金コロガシをつかまえそこなったんだもんね」
 何ということだ。二人の仲間というのは。
「ごめんなさいね。でも、あなたが悪いのよ。アッくんの邪魔をするから」
 そう言って、その後ろからアッくんのお母さんが現れた。お母さんはアッくんから麻痺銃を取り上げると、慣れた手つきでくるくると指先で回し、腰だめに構えた。その銃口は、古武術とやらで一方的にパパを追い詰めている黒田氏に、ピタリと向けられていた。
「さあ、お遊びの時間は終わりよ。これ以上暴れるなら、お年寄りでも容赦なく一発お見舞いするわ」
「ふん、海賊一家というわけか。撃てるものなら撃つがいい」
 尚も攻撃の手をゆるめない黒田氏に向かって、アッくんのお母さん、いや、女宇宙海賊は予告どおり、一瞬もためらわず麻痺銃を発射した。
「あーっ!」
 黒田氏は弾かれたように倒れ込んでしまった。
「言うことを聞かないからよ。今のは威嚇レベルだから軽くシビレる程度だけど、次はもっとレベルを上げて発射するわ。病院送りになりたくなかったら、そのまま倒れていなさい」
 女海賊は麻痺銃の出力調整ダイヤルをグイッと回した。本気でやるつもりだ。
 黒田氏の連続技に、息を切らして逃げ回っていたパパは、ようやくニヤリと笑った。
「ふう、年寄りの何とやら、ですね。うちの妻は、ああ見えても射撃の名手でしてね。おとなしくした方が身のためですよ」
 衝撃に苦しみながらも、黒田氏は負けじと言い返した。
「ううっ、にょ、女房はともかく、あ、あんな年端もゆかぬ子供に、海賊の片棒を担がせるとは、な、何という大バカ者か」
「うっふっふ、英才教育と言ってください。マフィアは仲間のことをファミリーと言うそうですが、本物の家族に勝る仲間はいません。アツシは末っ子ですが、上の兄弟たちもみんな親孝行ですよ。それにわれわれ宇宙義賊ロビンソンのモットーは、『盗みはすれど、非道はせず』でしてね。子供の教育に悪いことはしません。さあ、そこの若者も無駄な抵抗はやめて、御老体の横に座りなさい。申し訳ないが、二人まとめて縛らせてもらいますよ。われわれが、無事に迎えの船に乗り込むまでの辛抱です。ふっふっふ」
 これで万事休すかと観念したとき、おれたちの頭上から声が聞こえてきた。
「そこまでじゃ。おまえたちは完全に包囲されとるぞ」
 見上げると、屈強なドラード人数名を引き連れて荒川氏がおれたちの頭上を旋回していた。そのまま荒川氏が黒田氏の近くに舞い降りると、ドラード人たちも次々に着地し、パパたちの周りをぐるりと取り囲んだ。
 だが、パパは不敵な笑みを浮かべて荒川氏たちを見まわした。
「おやおや、全員丸腰ですか。地球人ほどではなくとも、ドラード人にも麻痺銃は効き目がありますよ。何なら、試してみますか。さあ、ハニー、こいつらに思い知らせてやりなさい」
 パパの言葉が終わるより早く、荒川氏の拳から何かがビュッと飛び出した。
 次の瞬間、「あっ」と声を上げて女海賊が麻痺銃を落としていた。
「中野くん、今じゃ!」
 おれは再び猛ダッシュして、今度こそ銃をつかんだ。
 見ると、女海賊は痛そうに手の甲を押さえている。
「すまんのう。手荒なマネはしたくなかったんじゃが、こっちも黒田をやられたから、これでアイコじゃな。昔黒田から教わった指弾術(しだんじゅつ)という技じゃよ。もっとも、弾き飛ばしたのはドングリじゃから、大したケガはしておるまい。神妙にするんじゃぞ」
 荒川氏はドラード人たちに向き直った。
「さあ、第七地区機動隊の諸君、海賊を逮捕するんじゃ」
 荒川氏が合図すると、ドラード人たちは手に手にロープを取り出し、夫婦を縛り上げた。
 やれやれ、これで一件落着だ。そう思って油断したのがいけなかった。
「あ、痛ててて」
 銃を握っているおれの手を、アッくんが思い切り噛んだのだ。あまりの痛さで麻痺銃を落としてしまった。
 すぐさまそれを拾ったアッくんは、「ママのかたき!」と叫ぶなり、荒川氏めがけて撃った。
「あうっ!」
 狙いは少しそれたようだが、今度は荒川氏が腕を押さえて座り込んだ。
 おれは必死でアッくんを捕まえ、銃を取り上げた。
「もう悪さをするんじゃない。先に撃ったのは、きみのママの方じゃないか」
「いやだ、いやだ」
 尚もあばれるアッくんを、ドラード人の一人に引き渡した。
 すでに縛られていたが、パパの顔にはまだ皮肉な笑みが浮かんでいた。
「これで勝ったとは思わない方がいいですよ。まもなく、他の息子たちの乗った船がわれわれを助けに来るはずなのでね」
 すると、一番体格のいいドラード人が進み出た。
「残念だったな。先ほどスターポリスの捜査官より、ドラードの衛星軌道を周回している不審船を拿捕したとの連絡があった。『ジュピター2世号』というのは、おまえの仲間の宇宙船だろう」
 今度こそ観念したらしく、パパはがっくりと肩を落とした。
 おれは麻痺銃を隊長らしきドラード人に預け、黒田氏と荒川氏が倒れている方へ駆け寄った。
「お二人とも大丈夫ですか」
「ふん、ちょっと油断しただけさ。わがはいより、荒川の様子を見てくれ。急所は外れたと思うが、高レベルで撃たれたようだ」
 おれは腕を押さえている荒川氏に近づいた。
「痛みますか」
「な、何のこれしき。それより中野くん」
「はい、何でしょう」
「わしは撃たれたのではないぞ」
(つづく)

ドラードの森(21)

ドラードの森(21)

前回のあらすじ:ようやくの思いでホテルグリーンシャトーのあるアゴラに移動した中野だったが、その時、事件が発生する。黒田氏の安否を確認するため、元のリフト乗り場に戻った中野は…

  • 小説
  • 掌編
  • 冒険
  • SF
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-07-20

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