桃子が大叔母を尋ねるのは半年ぶりだった。父が定年後の再雇用で不慣れな仕事に就き、今月はとても郊外の施設まで大叔母の様子を見に行けないからと、大学生の桃子が代役を頼まれたのだ。駐車場に車をとめ、施設の中に入ろうと桃子がドアを開けると......
「すみません、支配人。海外から『責任者を出せ』という電話が入ってます」フロントクラークの土屋にフロント裏の通路で呼び止められ、夜勤明けで、すでに帰り支度をしていた秋元は、思わず舌打ちをした。「外人さんか?」「いえ、日本の方です」
父の遺産としてネコをもらった男はガッカリした。兄二人はそれぞれ父の会社と大邸宅を相続したのに、ネコ一匹だけとはあまりにも差があり過ぎる。「どうしよう。ぼくは別にネコが好きでもないし、いっそ誰かに売っちゃおうかな」すると、そのネコがスックと二本足で立ち上がり……
「節操がないな」約束した喫茶店に遅れて来て、最初の一言がこれである。青島はコーヒーカップを持つ手を止め、ムッとした表情で空野の顔を見返した。「え、なんだよ。ぼくが新人賞に応募したことがそんなに悪いことか」背広の上着を脱いで自分もコーヒーを......
一旦定時で退社した奥村は、喫茶店で三十分ほど時間をつぶし、また会社に戻った。正面の出入口はすでに閉まっている。奥村はそのままビルの裏手に回った。周りに人影がないことを確認すると、一気に外壁の非常階段の下に走った。そこで呼吸を整え、足音をたてないよう......
社員食堂は、ほぼ満席だった。野菜炒め定食の載ったトレイを受け取り、空席がないか見回していた千野は、思わずニヤリと笑った。千野がひそかに好意を寄せている、秘書課の鮎原美絵の前の席が空いていたのだ。千野は、「どっか空いてないかなあ」と聞こえよがしに......
あのさ、ちょっとぐらい年が上だからって、エラそうにすんじゃないよ、バカアニキ。毎日学校から帰るなり、ゲームばっかりやってさ。高校生にもなって、成長しないにもほどがあるっての。しかも、すぐにあきちゃってゲーム機放り出してさ。だったら、少しは......
当然のことだが、健一が物心つくころには、そばに姉の千代子がいた。健一が思い出せる一番古い記憶は、千代子に命じられて縁側から飛び降り、ひざ小僧をすりむいて大泣きしたことだった。もっとも、それが何歳だったのか、誰の家の縁側だったのか......
ぼくのショートショートを読んだ池尻くんが、「これって、コントの台本か?」と聞くので、ぼくのプライドは少々傷ついた。「コントじゃないよ、小説だよ。まあ、超短いバージョンだけどさ」池尻くんは困ったような笑顔になった。「言っちゃ悪いけど、これは......
みなさま、明けまして、おめでとうございます。いやあ、お正月というのは、実によろしいものですな。まず、ほとんどの方々がお休みとなります。ご主人は朝からお屠蘇をいただいて、数の子なんぞをアテにして熱燗をもう一杯。奥さまとお子さまは、テレビのお笑い番組を見ながらコタツでウトウト。うらやましいかぎりですな……