情景描写してみた
ぼくのショートショートを読んだ池尻くんが、「これって、コントの台本か?」と聞くので、ぼくのプライドは少々傷ついた。
「コントじゃないよ、小説だよ。まあ、超短いバージョンだけどさ」
池尻くんは困ったような笑顔になった。
「言っちゃ悪いけど、これは違うと思うぜ。だって、セリフ以外、人物の喜怒哀楽か、ちょっとした動きしか書いてないじゃないか。これじゃ、ト書きだよ」
ぼくは頬を膨らませた。
「いいんだよ。ごちゃごちゃ書くと、読む人の想像する余地がなくなるからね」
池尻くんの笑顔が、苦笑に近いものに変わった。
「想像の余地というか、ほぼ真っ白だな。せめて、もう少し情景を描写した方がいいと思うぜ」
「情景って、具体的に何だよ。言ってみろよ」
かなりキツく言い返したのに、池尻くんは怒らずに真顔になって考えている。
「そうだなあ。例えば、今のおれたちの状況でもいいや。言葉で描写してみなよ。作家を目指してるなら、それぐらい簡単だろ?」
シャクだけど、そこまで言われたんじゃ引き下がれない。
「いいとも。ええと、まず、ぼくと池尻くんは高校の同級生。ぼくは文芸部で、池尻くんは陸上部」
池尻くんが笑顔に戻って、片手を上げた。
「ちょっと待てよ」
「何だよ」
「それは描写じゃないな。説明してるだけだ。もっと、目に見えているままを言えよ」
「わかってるさ。ええと、今は放課後で、教室にはぼくと池尻くんしかいない。うんうん、わかってるって。ここまでは説明さ。これから描写するよ。校庭側の窓から、部活で残ってる生徒たちの掛け声や、吹奏楽部の練習する変なメロディなんかが聞こえてくる。あ、そうか、音じゃなくて目に見えるものか。うーん、そうだな。教室は普通の大きさで、前の方に普通に黒板があって」
池尻くんが手を横に振った。
「ダメダメ。普通って何だよ。逆に、普通じゃないって何だよ」
「ふん。わかったよ」
ぼくは必死で目を凝らし、黒板を見つめた。
「えーっと、黒板はかなり汚い。誰かが雑巾で拭いた跡が残ってる。本当は、黒板って濡らしちゃダメなんだ」
「ほら、また説明になってるぜ」
「あ、そうか。うーん、チョークは白が四本と、短くなった赤が一本。新品の青が一本。黒板消しが一個」
池尻くんがニヤリと笑った。
「さあ、全部足したら何個でしょう、って言いたくなるぜ。そうじゃないだろ。いくら黒板を描写したって、何も伝わらない。大事なものは他にあるんじゃないのか」
ぼくは唇を噛んだ。
「これからが本番だよ。うーん。とにかく、放課後の教室にぼくたちはいる。さっきまで夕焼けが差し込んでたけど、もう日が沈んだみたいだ。ぼくは制服を着て自分の席に座ってる。池尻くんは部活用のランニングウエアを着て、横の机の上に座ってる」
「ぶつ切りだな」
「いいんだよ。こういう文体が今の流行りなんだ。ええと、池尻くんのランニングウエアは上がタンクトップで、下が短パン。短距離の選手らしい筋肉質な体をしてる。髪は極端に短い。もちろん、日に焼けて真っ黒な顔だ。逆に、歯はすごく白い。唇の上にうっすら産毛みたいなヒゲが生えてる。目はくりっと大きくて、意外にまつ毛が長い」
池尻くんは少し頬を赤らめ、また、手を振った。
「よせよ。恥ずかしいじゃないか。おれはいいから、もっと大事なものを描写しろよ」
池尻くんより大事なものなんかないよ、と続きを書こうとして、ぼくはノートから目を上げた。教室には、他に誰もいない。
ぼくはノートを閉じ、立ち上がって窓際に行った。ちょうど、薄暗くなったグラウンドを全力疾走する池尻くんが見えた。ぼくは、小さくため息をついた。
ぼくには情景描写はムズイ。それに、いくら流行でも、BLは無理だ。
(おわり)
情景描写してみた