柴田が斎場に着いたのは、式の二十分前だった。入り口には『鹿苑寺正三郎氏お別れの会』との立て看板が掲げられている。早すぎたのか、まだ人は少ない。受付に行くと、親族らしい老人がポツンと座っていた。老人は、参列者としては若すぎる柴田をいぶかしげに......
「ねえ、ねえ、あなたったら」 妻が少し甘えたような声を出したので、久々の休みでゴロゴロしていた大柴は、イヤな予感がした。「うん?」「今ちょっと手が離せないから、回覧板を持って行って欲しいんだけど」 そら来た、と思いながら、念のため......
「内定者研修だからって無給じゃないよ。ちゃんと給料は出す。うちはブラックじゃないからね」そんなこと当たり前だと思いながらも、杏野は笑顔で「ありがとうございます」と礼を言った。とりあえず、この丸岡という若い編集長には印象を良くしておこうと......
カメは万年などというが、実際の寿命は三十年ぐらいらしい。それにしても、他のペットに比べて長生きであることは間違いない。明美は小動物が好きで、小学生の頃から金魚や小鳥を飼っていたが、皆短命だった。比較的長生きしたハムスターが、目をつむったまま動かなくなっているのを見つけた時は、胸が締め付けられるような思いがした。だから、次に飼うなら、絶対長生きする動物にしようと決めていたのだ......
今年の春から大学生になった和田が、『都会で一人暮らしをしている人たちが仲良く笑顔で鍋を囲む会』という長ったらしい名前のパーティ(?)のポスターに気付いたのは、そろそろ木枯らしが身に染みる頃であった。そのポスターは学生課の掲示板ではなく......
出勤ラッシュの時間帯で、四車線の道路は上下とも混んでいた。だが、定森が月極め契約している駐車場に向かうには、コンビニのある角を右折しなければならない。始業時間が迫っているため、定森は焦っていた。(ずっとウインカーを出してるんだから、ちょっとぐらい止まってくれたって……
そのエサ場はマイケルの縄張りではなかった。それどころか、近所のどの野良ネコのものでもなかった。いわばサンクチュアリとして、みんなのものであったのだ。そこが老人ホームと呼ばれる場所であることをマイケルは無論知らなかったが、いつでもエサにありつけることは......
久々に再開された有人月面探査は、主要国の共同事業となった。宇宙開発のコストが、一国の経済力では賄いきれない時代になったためである。各国間での軋轢も多かったが、予算に余裕があるおかげで月面車を3台持って行くことができ、今までにない綿密な調査が......
今日で三日、カゼで会社を休んだことになる。昨日は一日中高熱に苦しんだけど、今日はずいぶん下がったようだ。おかげで少し食欲が戻ってきた。でも、食べるものが何もない。一人暮らしは気楽でいいが、こういう時だけは、誰か助けてくれないかな、と思う......
良いジイさんに教えられた地面の小さな穴に、言われた通りおむすびを放り込んでから、すでに三十分以上たった。が、何の反応もない。「くそっ。なめんじゃねえぞ、ネズミども。こうなったら、こっちから行ってやらあ!」悪いジイさんは近くにとめてあった車に戻り、トランクを開けた。「ピストルと予備弾倉、手榴弾を二つ……