「ら、ら、らー……ラジオ! 次は『お』だよ、クロ!」 赤い鳥居が続く階段をクロは相棒のシロと登っている。 「……重し」 「し、し、し、シャボン玉! 今度は『ま』だよ、クロ!」 先に前を歩いているシロが、クロを振り返りながら言う。久しぶりの遠出が嬉しいのかさっきからずっと飛び跳ねている。そのたびに尻尾についた小さな鈴がちりんと音をたてる。
――我にタナトス神の加護あれ 手にしたスズランを花から根まですりつぶすと、僕は牛乳パックを手に取った。 ミキサーに牛乳を注ぎ、すりつぶしたスズランを入れる。 最後にハチミツや砂糖を適度に入れてスイッチをONにする。 「ふふ、君の驚いた顔が早く見たいよ」 部屋の片隅にある胡蝶蘭がそんな僕を静観するように静かに咲いていた。
「――五月二十七日、金曜日。とらうまワイドのお時間です」 液晶テレビに映るキャピキャピしたアナウンサーが萌黄色のスーツで挨拶をしている。 男は手に持っていた林檎をテーブルに置くと、日めくりカレンダーを一枚破り捨てた。
「おい、双子」 呼びかけられた長身痩躯の双子が嫌そうな顔をする。 「「なんだ、座敷童」」 ハモった声で座敷童と呼ばれた金髪の少女は、途端にその顔をくしゃくしゃにすると双子を睨みつける。
俺は目の前の白い悪魔を睨みつける。 あぁ、ちくしょう。 俺はそいつを射殺す勢いで睨み続けていた。 しかし、勝てないことが本能的にわかっているからだろうか。 俺の手はピクリとも動くことはなかった。
真夜中の噴水広場。 街灯に照らされている場所以外、暗闇で何も見えない。 風も強く、時間が遅いこともあって人通りもない。 そんな中で一人の若い男が噴水のへりに腰掛けていた。 「あー、やっぱ安物の整髪料じゃ駄目かぁ」 ジーンズにジャケット姿の青年は、ぼやきながら風で乱れた髪を整えていた。
薄暗い体育館に一人の女の歌声が響く。 超高音のソプラノボイス、と言ってしまえば聞こえが良いが、簡単に言ってしまえば超音波である。 最初の一音が響いた瞬間に照明は砕け散り、眼鏡をかけた客のほとんどが眼鏡を買い直す羽目になった。
きっとこの子は、たとえ運命が晴れのち曇りだったとしても揺るがない。 道理をブチのめしてでも無理を通しては、晴れのち晴れに変えてしまうんだろうな。 そんな目をしていた。 「話はわかった。つまり、お前はこの世界を作った神様たちの一人で、仲間割れを始めて揉めてるから人間の俺たちにも喧嘩を手伝えと言うわけだ」 「そう。人間は私たちが作った。言わば下僕。それをどう使おうと私のかっふぇふぁいふぁい!」 俺は目の前にいる少女の頬から手を放す。 「それで?」 「だから下僕は下僕らしくって……ちょ、ちょっと待って! つねるの無し! 女の子を虐める子は嫌われるんだよ!」 目の前の白服ワンピースの自称神様は、手をバタつかせながらあわあわしている。
「………なんだ、お前?」 「やぁ!」 俺は突然現われた異質な不審者をなめまわすように眺めた。 「私のことは気にしないで下さいー」 「……そうか。俺は今取り込み中なんだ。邪魔だからどっか行ってろ」 俺が蝿を追い払うように手を振ると、男は顔を輝かせながら嬉しそうに言った。 「おや、蚊でも飛んでますかー? そんな時はー……」 そして、男は嬉々として鞄を漁りだすと 「はい、蚊取り線香ですー」
かれこれ三時間ほど私は悩んでいた。 「……むぅ。悩むなぁ……」 目の前にあるのは二着の水着。一般的にはスクール水着と呼ばれるタイプの水着だ。 ただ、二着の水着には一箇所だけ違う点があった。 「白か、黒か……」 そう。詰まるところ、私は明日に着る水着の色で悩んでいるのだった。