三題噺「日記帳」「トランプ」「書きかけのラブレター」
「『今日死』」
それがどうやら俺の未来らしい。
うちの学校にある未来予想部は、この先の未来を百発百中で的中させると有名な部だ。よく裏門近くに黒塗りの車が止まっていて、偉い人が秘密裏に相談をしに来ているんじゃないかと校内でまことしやかに囁かれている。
そんな未来予想部に昨日初めて俺は依頼をしてみた。高校三年の秋を迎えてふと将来に不安を覚えて、「俺って職に就けるのかなぁ?」なんて真面目に考えちゃった、その結果がこれだ。
「今日死って……やっぱ今日死ぬってことだよな?」
未来予想部はこれからの未来を簡潔に教えてくれるらしい。料金は一文字につき200円。他の奴にとっては安いのかはわからないが、少なくとも俺のエロ本を買う金が不吉な一言になったのは間違いない。とにかく今日一日は気を付けて生活しないと――
「おい、山本!」
「うひゃうぁっ!」
いきなり後ろから頭を叩かれて思わず飛び上がる。振り向くと担任の亀田が目を丸くして立っていた。
「な、なんだ! いきなり素っ頓狂な声を出して! お前これから補習の試験だろ、ほら早く行くぞ!」
補習のテストか、そういえばそんなものがあった気がする。ぼんやりとした頭のまま、俺は亀田に連れて行かれ――
俺の足はそこで止まった。俺の目は校庭に釘付けになっていた。
「……ごめん、先生。俺、やることがあったんだ」
「ん? どうした山本って、おい! お前、どこ行くんだ!」
気付いたら走ってた。担任の声はどこかへ消えてしまった。
今日死ぬなんて考えたくないけど、もしかしたら死なないかもしれないけど、俺は死んでから後悔なんてしたくない。
俺はいつの間にか校庭の隅のベンチに来ていた。
「斉藤!」
俺に呼ばれてベンチで本を読んでた斉藤が顔を上げる。少し長めの前髪が風に揺れた。
「俺、お前のこと好きだ! 何度も言おうとしたけど言えなくて、手紙に書こうとしたけどいつも書きかけで、今までずっと言えなかったけど! 俺、お前のこと好きだ!」
時間が止まったような気がした。返事を聞くまでの時間がとてつもなく怖い。
「……ありがとう」
よほど必死な顔をしていたのだろう。彼女はそこで噴き出した。
「え、えーっと……さ、斉藤?」
「よろしくねっ!」
その時、俺は今なら死んでもいいと本気で思った。
校舎の三階。廊下の突き当たり。入口に「未来予想部」と書かれた部屋がひっそりと存在していた。
古ぼけた部屋の中には三人の男女がくつろいでいた。
「さてっとー、これで今日の活動は終了ー!」
ソファに座り、今日予想した内容を日記帳に書きながら幼げな男子生徒が軽く口笛を吹く。
「そういえば、あの二人うまくいったみたいね」
換気のために窓を開けながら眼鏡をかけた女子生徒がニヤニヤしながら言った。
「ああ、あの『〔今日死〕を見て、春には彼女と名門大学に行っている』だっけ? 久しぶりに面白い予想だったよねー」
「ふふ、もし彼が千円以上払ってたらきっと違った結果だったでしょうね」
その時、窓から風が吹き込んで奥のテーブルのトランプタワーが崩れる。
「まあ、二人とも。そこまで予想してこその未来予想じゃないか」
書斎机の前に座っていた長身の男子生徒が、散らばったトランプを集めながら会話に参加する。
「さ、お茶でも飲もう」
「あ、じゃあ僕お菓子持ってくるよー」
「ついでにコーヒーもお願ーい」
「それじゃあ、僕は紅茶をもらおうかな」
「もう、すぐにこき使うんだから」
三人が席を立ち、室内に再び風が吹き込んでくる。開きっぱなしだった日記帳は風にめくられ、ある日の予想が書かれたページを開く。
「告白されても断るな。その彼は君と名門大学に通うまでに頑張れる人間だ」
三題噺「日記帳」「トランプ」「書きかけのラブレター」