三題噺「菜食」「アスリート」「積分」

 ――私立文武高校。それは日本各地に有能な人材を輩出する名門校であり、あらゆる分野に精通する人材の育成を行っているという点で全国の教育者の注目を集めている高校、だった。

「当校には『帰宅部』に該当する部活動がなかったため、あなたを『帰宅部』の部長及び部員第一号として認定します」
 入学式の日、先生から渡された手紙。それにはそう書かれていた。
「入学前に書いた入部希望調査の結果か? でも帰宅部と認定しますってなんか大袈裟だな」
 手紙には続きがあった。
「なお、部活動の部長職に該当する生徒は今日から行われる『部活動予算編成会議』に必ず参加していただくことになりますのでご注意ください」
「部活動予算編成会議ねぇ……。帰宅部に予算って、なんか凄い学校に来ちゃったなぁ」
 その時の俺は知らなかった。部活動予算編成会議が通称予算争奪サバイバルゲームと呼ばれていることも。優勝者も含め参加者全員が例年病院送りになっていることも。

 ――次の日。
「君に恨みはないが……、部の予算のために消えてもらう!!」
「ちょっと待ったぁぁぁあ!!」
 スラッとした長身美少女がジャージ姿で上段蹴りを放ってくる。
 あ、死んだ。まさか部の予算争奪戦だかで蹴り殺されるなんて夢にも思わなかった。でも、むさい男に蹴られて死ぬよりはこのポニーテールの可愛い女の子に蹴り殺される方が幸せだよな! あ! もしかしてフラグ? 俺は生き延びてこれがきっかけで彼女との波乱万丈、甘く切ない青春物語が始まるとか? そうか! それなら納得だ! ならば俺はこの蹴りをあえて受けよう! 避ける間もないけどな!
 と、そうして俺が走馬灯を見るようにキャッキャッウフフな世界に行こうとした瞬間、彼女は突如軌道を変えて床にその足を叩きつけた。
「……なんのつもりだ、司馬」
 廊下に直径1mのクレーターを作りながら、格闘美少女は俺の後ろを睨みつける。
「いやだなぁ三輪ちゃん、またそんな眉間にしわ作っちゃってー。僕はその子にちょっと用事があるだけだよー?」
 拍子抜けした俺が振り返ると、そこには眼鏡をかけたひょろ長い少年がいた。手には金属製の1m定規が握られている。線を引く部分が刀のようになっているのはどうやら気のせいではなさそうだった。
「それにしても、いきなり新入生に蹴りかかるだなんて……だからみんなから男女なんてあだ名を」
 司馬という少年が言い終わる前に、横を何かが通り過ぎた。
 そして、
「ははは、いきなり鎌いたちなんて危ないなぁ」
 そう答える司馬さんの肩から、右腕が落ちた。
 切られた右腕の肩口から血が噴き出す。辺りは一面血の海になり、俺の喉から声にならない悲鳴が上がる。
「驚いた? これロボ研の作った僕の影武者。いかしてるよねー」
 これがロボットだって? 切られた腕から出血はしているし、どう見ても本物の人間にしか見えない。これが文武高校の研究会の生徒が作った? なんて技術力だ。なんて異常なんだ。
「で、君は帰宅部部長で良いんだったね?」
「へ、え、いや、はい、そうですけど?」
 いきなり話しかけられて思わず声が裏返る。そういえば俺に用事のようだ。俺の背筋を冷や汗が流れる。
「僕は数学研究会会長の司馬。普段は微分や積分の研究をしている。趣味は剣術を少々。好きなものは野菜で、嫌いなものは肉。典型的な菜食主義者さ」
 そう言いながら左手の定規を掲げて見せた。
「それと、そこで泡吹いて倒れているのが幼馴染で陸上部部長の三輪ちゃん。趣味は通信空手。好きなものは手芸で、嫌いなものは血。まったく自分の技で切り落としておいて気絶するなんてアスリートの卵が笑っちゃうよねー」
 と司馬さんはニヤニヤと笑っている。明らかにわざと切り落とさせたな、この人。
「さて、それじゃあ予算争奪戦に巻き込まれてしまった間抜けな子羊、もとい哀れな新入生には悪いんだけど」
「この争奪戦、優勝してくれないかな?」
「……へ?」
 優勝? この俺が? こんな化け物たちを押しのけて? いや、無理でしょ。
「いやね、この学校って予算を自由に使って良いかわりに細かい所で厳しくてさー。去年はうちが優勝して予算を総取りしたんだけどね、その際に校舎を色々と壊しちゃってさー。ほとんどがその修理費に持っていかれちゃったんだよこれが」
 そりゃあ、一度の戦闘でこれだけ暴れるぐらいだ。大小合わせて三百はあると言われる部・研究会が優勝争いすればどうなることか。それぐらいは俺にも想像がつく。
「で、だ。君が勝つ。僕がその予算を配分する。それなら君が校舎を壊したわけじゃないから修理費は学校が負担してくれるし、君も僕らも予算がもらえてハッピーってわけ」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! だからってなんで俺が」
「残念なことに一年生だけの部は君の帰宅部しかないし、それ以外の部活は去年の予算がない状況を肌身で知っているから裏切られる恐れもあるんだよねー。それに、」
 と、司馬さんが急に顔を近づけてくると満面の笑みで
「君に選択肢があると思っているのかい?」
 首に冷たい物が押し当てられる感触。俺は涙目になりながらこう答えるしかなかった。
「……………………優勝、頑張ります」
「よろしい!」

 こうして俺の高校生活は血と汗と涙から始まった。

三題噺「菜食」「アスリート」「積分」

三題噺「菜食」「アスリート」「積分」

「君に恨みはないが……、部の予算のために消えてもらう!!」 「ちょっと待ったぁぁぁあ!!」 スラッとした長身美少女がジャージ姿で上段蹴りを放ってくる。 あ、死んだ。まさか部の予算争奪戦だかで蹴り殺されるなんて夢にも思わなかった。でも、むさい男に蹴られて死ぬよりはこのポニーテールの可愛い女の子に蹴り殺される方が幸せだよな! あ! もしかしてフラグ? 俺は生き延びてこれがきっかけで彼女との波乱万丈、甘く切ない青春物語が始まるとか? そうか! それなら納得だ! ならば俺はこの蹴りをあえて受けよう! 避ける間もないけどな! と、そうして俺が走馬灯を見るようにキャッキャッウフフな世界に行こうとした瞬間、彼女は突如軌道を変えて床にその足を叩きつけた。 「……なんのつもりだ、司馬」 廊下に直径1mのクレーターを作りながら、格闘美少女は俺の後ろを睨みつける。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2011-08-20

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