「おい! 転校生、生きてるか!」 ぼんやりとした頭で酒野が目を覚ますと、目の前に黒髪の美少女の顔が迫っていた。 「へ?」 事態が飲み込めず呆然としている酒野だったが、 「起きろ! 敵が来るぞ!」 と胸倉をつかまれ無理矢理に引き起こされる。 そこでようやく自分たちが横転した送迎車の中にいることを思い出した。 「確かグリーンモスにいきなり正面から衝突されて、それから……」 「話は後だ、とにかく車外へ出るぞ」 やや歪んだ送迎車の左側面のドアが、上に向かって開かれる。 と、そこで酒野は神樹がスカートを穿いていることにふと気づいた。
「ば、化け物か……?」 少女は人間ではなかった。 グリーンモスを操縦していた赤城守矢にはそう見えた。 少なくとも普通の人間は3メートル以上の跳躍などしないし、ましてや空中でその軌道を変えることなどできやしない。 それに時速二百キロメートル近くで射出されるケーブルアンカーも、たとえ来る場所がわかっていたとしても普通は避けられない。 自分に対して向かってくるケーブルアンカーの持つ明確な殺意と、その威圧感に対する恐怖で身がすくんでしまい足が動かないからだ。 そう。普通ならば。
『彼女には気を付けな』 それが普段は何も言ってこない姉の、それは非常に珍しい忠告だった。 姉の用事で訪れることとなった魔術研究会は、部員2人の弱小部だ。 そんな弱小部の部長なのだ。さざかしインチキ臭いのだろうと思っていたが、それはすぐに改められることとなる。 なぜなら――、 「はーい、動かないでねー」 白い軌跡が空中に描かれ、ポトリと首が落ちた。 「はい、できあがりー」 床に僕の頭部を模した彫刻が転がる。 そして彼女の手からは、氷の刃が生えていた。 ――彼女は本物だったのだ。
酒野はかつて神童だった。 同年代で彼より賢い者はいなかったし、それを当然だと彼の周囲も思っていた。 だからなのか。彼は輝いていた。 地元では『百年来の麒麟児』『未来を照らす明月之珠』としてもてはやされた。 しかし、それも過去のこと。今の彼は平凡そのものだった。 ――どうしてあの時はあんなに輝いていたのだろうか。 今の彼には、それに対する答えを出すことは出来なかった。
私の手元には一冊の本がある。 『365日で運命の人と両想いになれる指示書本』 占いなど一切信じていなかった私は今、それにハマっている。 初めは軽い気持ちだった。 指定される指示をこなせば彼氏ができるなんて胡散臭いにもほどがある。 しかも最初の指示が『夜中に30分間奇声をあげ続ける』なんてふざけたものだ。 それじゃあ、逆に全部こなしてインチキだということを証明してやろうじゃないかと、半ば勢いで始めてしまったのだ。 そして気付けば、職務質問の警察官を撒くのが朝飯前となっていた自分がいた。
――彼女は聞いていた。誰かが何かと戦う音を。 ――彼女は感じていた。誰かが何かと戦う振動を。 ――そして彼女は知っていた。それが誰で、何と戦っているのかを。 ――けれど彼女は忘れていた。それが誰で、自分にとって何者かを。
「ウロボロスの末端組織かぁ……。まあ、自業自得といえばそうだけど哀れだよねー」 事の顛末を報告した神樹達三人の目の前には、お茶と小皿に乗った見慣れない和菓子が置かれている。 黄色い瓢箪型の和菓子はヤマト名物『七福神』の一つ、『寿老人』であるらしい。
「対【魔獣】防壁用意! 現場の情報はまだか!」 突如慌ただしくなったヤマトの中で、酒野はその目まぐるしい光景に翻弄されていた。 「おら、新入り! ぼさっとしてねえでどいてろ!」 おそらく攻撃担当班なのだろう。全身をいくつもの黒い外殻で身を包んだ男たちが、ピリピリとした空気を纏いつつ廊下を駆け抜けていく。
魔獣は火によって生まれる。 理由はわかっていない。 緑月に生息しているウイルスの一種によるものなのか、はたまた地球とは生物の誕生の成り立ちが違っているのか。 推測を構成する材料ならいくらでも転がっている。しかし最後の一ピースが埋まらないのだ。 それが多くの研究者を悩ませ、ノイローゼや不眠症へと追い込む魔獣という存在。 緑月が誕生してから今なお解明されていない『緑月調査レポート』の謎の一つである。
ファンタジーによく出てくる魔王という存在を知っているだろうか。 世界でもっとも邪悪な存在で、あらゆる魔物を総べる者。 人間を滅ぼそうとする魔王によって、地上から消えた国は数えきれないほどだ。 そんな強大な力を持つと言われる魔王が今、息絶えようとしていた。