三題噺「朴念仁」「大声」「ブランコ」
――今日はバレンタインデー。
モテない少年たちが甘い幻想を求め、少女たちから苦い現実を教わる日。
そして、公園のブランコに座る少年もまた苦い現実を味わおうとしていた。
「あーあ、今年もチョコはゼロか」
少年は落胆しながら肩を落とす。
「おい、お前って本当に役立たずな」
「……ウンメイは一樹の指示に従う。失敗したのは一樹のせい」
少年と話しているのはウンメイ。少年が持つ、運命に文字を刻む力を持った不思議なペンだ。
「なんでだよ? いいアイデアだっただろ?」
「……クラスの女子全員のノートに『チョコ募集中! 一樹』と文字を刻んでも、当日チョコを持ってきてなければあまり意味がない」
「………………あ。ってか、お前それをわかってたなら止めてくれよ! なんかノートに文字書いたせいかすっげえ女子たちから睨まれたんだからな!」
ウンメイは一日に一度だけ指定した場所に文字を刻むことができる。……のだが、持ち主がこの調子なので悪用される心配は今のところない。
「……一樹、時々私は『そんなでマスターで大丈夫か?』と自分に問いかけたくなる」
「……大丈夫だ、問題ない!」
「……一樹が今後も一番良いマスターたらんことを切に願う」
――しかし、一樹が運命を変えられたことも今のところない。
「! イーメール、一樹を見つけたわ! ハァ~~もう、走りすぎて死んじゃうわよ」
「ナイスだよ蘭。おっと、なんか雰囲気が今日の反省会って感じだね」
公園の入り口に息を乱しながら少女が駆けてきた。
「当ったり前でしょ! 私が『チョコ寄越すな! 一樹』ってクラスの女子全員の携帯にメールしたんだから」
「彼、メールの受信拒否とかされなきゃ良いんだけどね……」
彼女の手の中の携帯がひとりでに話し出す。
少女と話している携帯電話の名前はイーメール。ウンメイと同じように運命の流れに影響を与えることができる。
「大丈夫よ! だ、だって、ほら? わ、わたしって、か、かかか彼女がいるわけだし?」
「……えーっと、自称ね」
「そこは否定しなさいよバカ――!」
そう言いながらイーメールを地面に叩きつける少女。しかし、「あ痛っ」と言いながらもイーメールには傷一つつかない。
イーメールは一日に一度だけ指定した携帯電話に指定したアドレスからメールを送ることができる。……のだが、やはり持ち主がアホの子なので悪用されることはない。当然、運命が変わったこともない。
「何を大声で騒いでんだ、蘭?」
「!」
いつの間にか少年はブランコから腰を上げ、帰ろうとしているところだった。
「あ、いや、その……」
先ほどの勢いはどこへやら、少女は顔の色を赤くしながらしどろもどろになっている。イーメールはこっそりため息をついた。
「ん? それってまさかチョコレートか?」
「え? あ、えと、あの、そ、そうよ! あんたとは違ってすっっっごく格好良い先輩に渡そうと思ったんだけど、渡しそびれちゃったというか、渡す気なんてなかったというか……。あ、あんたのことだからどうせチョコもらってないんでしょ? よ、よよ良かったら、こ、これあげるわよ! あ、あんたには義理でも何でもない残り物がお似合いっていうか、捨てるのも勿体ないっていうか、そ、その……えと、あの……」
ポン
少年が少女の肩に手を置く。
「わかった。もらってやるよ」
「そ、そそそそんな嬉しいだなんてべべ別に思ってないんだからね!」
少年が肩に触れたせいか、少女の顔はもはや湯気が出る勢いで真っ赤になっている。
「なぁに、気にするな」
「え、えと……ぁ、ありがとう」
少年に微笑みかけられ、思わずうつむく少女。それでもその口元は笑っていた。
そうして、少女に今日という日は忘れられないほど嬉しい一日となった……はずだった。
そう、
「お前もダイエット大変だな。そんなチョコ持ってたらつい食っちまうもんな」
少年が余計なことを言わなければ。
「…………え?」
「どうせ正月に食い過ぎたんだろ? それは俺がもらっといてやるから存分にダイエットしろよ、な」
プチ
のちにイーメールは語る。もしあの一撃を受けていたら自分は粉々になっていただろうと。
「こ、この~~~」
「ん? どうした?」
「この、朴念仁が――――――!!」
少年の顔面にラッピングされたチョコレートがめりこむ。
「……こんなマスターで大丈夫か?」
ウンメイが呟いた。
三題噺「朴念仁」「大声」「ブランコ」