三題噺「ゴブリン」「旧式コンピューター」「人工衛星」
誰かを好きになるとはどういうことなのだろう。
エルフの彼女に告白された時も、それからなんとなく付き合い出して一年が過ぎた今も答えは出せないままでいる。
だから、僕は自分の心を試してみたくなったんだ――。
「――いやぁ旦那すみませんね、こんな旧式のコンピュータで」
埃っぽい雑居ビルの一室で時代遅れのブラウン管を叩きながら、でっぷりと太ったゴブリンが下品な笑い声をあげる。
汗と涎の入り混じった悪臭の中、歯の抜けた不細工な顔と向き合いながら僕は事務的に彼に声をかける。
「それで、便利屋さん。これが人工衛星からビームを操作する機械ですか?」
「ええ、こいつで照準を合わせてボタンを押せば標的から半径一メートルは……ドッカーンってわけでさぁ」
握った手を顔の横で広げながらゴブリンがニヤリと笑う。
「それにしても旦那、こんな良い女を本当に殺しちまっていいんですかい?」
機械の画面には、駅前の噴水前に立つ彼女の姿が映っている。昼の一時に会う約束をして僕が呼び出したのだ。
「……ああ、構わないよ。それより本当に確実に殺せるんだろうね? 違う人を殺すようなヘマはしないでくれよ」
「もちろんでさぁ。それにいざという時はこのボタンで発射は止められますしね」
「そうか、それでは始めてくれ」
ゴブリンが機械を操作する。画面の中の照準が拡大と縮小を繰り返して彼女をロックする。画面の右上に時刻が表示されカウントダウンが開始される。
「これで残り時間がゼロになればあの女は見事、旦那の希望通りこの世からきれいさっぱりいなくなるって寸法でさぁ」
「そうか」
僕はカウントダウンの数字が過ぎていくのを眺めていた。一秒ごとに減っていく数字が他人事のように感じる。これで彼女は死ぬ。それはわかっているはずなのに僕の手はぴくりとも動こうとしなかった。
その時、画面の中の彼女がふいに動いた。
彼女は手首につけた腕時計を眺めて幸せそうに笑った。あれは、そうだ。僕が彼女の誕生日に贈った時計だ。
彼女と初めて会った時の顔。
初めて話しかけられた時の顔。
好きだと、付き合ってほしいと言った時の顔。
誕生プレゼントをもらって泣き出してしまった時の顔。
そして、そのあとすぐに笑って「ありがとう」と言った時の顔。
彼女の顔が浮かんでは消えて、そのうち僕の頭の中が彼女の顔で一杯になる。
「……あ」
右手の人差し指がピクリと動いた。
画面の数字は残り三秒を示している。
笑う彼女の顔。
ゴブリンの押しつぶしたような笑い声。
動かない指。
減っていくデジタル数字。
足の先からすっと無くなっていく体温。
点滅する照準の赤。赤。赤。
何かしなきゃいけなかった気がした。
それが何なのか思い出せない。
そして、画面の数字がゼロになった。
彼女は――消えた。
「どうですかい旦那。終わりやしたぜ……って旦那? ゴーレムの旦那?」
なんだろう。誰かが自分を呼ぶ声がする。
何も考えられない。
なぜ?
……ああ、そうか。
ようやくわかった気がする。
だけど、答え合わせをする人はもういない。
三題噺「ゴブリン」「旧式コンピューター」「人工衛星」