都会で一人暮らしをしている人たちが仲良く笑顔で鍋を囲む会
今年の春から大学生になった和田が、『都会で一人暮らしをしている人たちが仲良く笑顔で鍋を囲む会』という長ったらしい名前のパーティ(?)のポスターに気付いたのは、そろそろ木枯らしが身に染みる頃であった。
そのポスターは学生課の掲示板ではなく、運動場の外れのフェンスにひっそりと貼ってあった。主催は『全日本鍋友推進協会』となっている。大学とは直接関係のない団体のようだ。開催日を見ると、今日の日付だった。こういう会を平日の昼間にやるというのも珍しいが、当日飛び入り参加大歓迎と書いてあるのに、こんな場所に貼っていては誰の目にもふれないだろう。
和田はその日一コマしかない授業が休講となり、すぐに帰るのもバカらしいからと、あてもなく構内をブラブラしていたのだが、そうでもなければ、到底このポスターに気が付かなかったはずである。
(どうしよう。こんなの見たら、鍋が食いたくなったな。会費もびっくりするほど安いし、下宿に戻ったってカップラーメンぐらいしかないし、行ってみるか)
和田が会場のホテルに着くと、例の『都会で一人暮らしをしている人たちが仲良く笑顔で鍋を囲む会』という立て看板が出ていた。ホテルの案内係に聞いて、ロビーの奥のエスカレーターで三階に上がると、すでに受付の前は老若男女でごった返している。和田もその行列の最後尾に並んだ。五分ほどで順番がきたので、簡単に記帳して会費を払い、中に入った。
(な、なんだ、こりゃ)
小学校の体育館ぐらいの会場に、直径十メートルぐらいのドーナツ型のものがあったのだ。もっとも、ドーナツよりずっと穴の部分が広く、横幅は三十センチほどしかない。内側には、調理人らしい白衣の男たちが数名立っている。穴の中央部分にはテーブルがあって、薄切りの牛肉・ぶつ切りの鶏肉・エビ・ホタテ・白菜・豆腐・つみれ・肉団子・シラタキなど、鍋の具材が大量に並んでおり、その上にラップがかぶせてあった。
和田が近くに寄ってみると、ドーナツ型のものはもちろん、そういう形の鍋であった。鍋の中にはすでに出汁が張られており、どういう仕組みなのか、ゆっくりと反時計回りに流れていた。鍋からは湯気とともに、うまそうな香りが漂っている。
呆然としている和田をしり目に、続々と会場に入って来た客たちは、鍋を囲むようにぐるりと並び始めた。ざっと百人以上はいそうだ。ドーナツ型の鍋が乗っているのは同じくドーナツ型のテーブルで、鍋より手前にせり出している部分に、ポン酢やゴマダレの入った器や箸がぐるりと並べられている。ただし、一切椅子は置いていなかった。
(つまり、回転寿司ならぬ、回転鍋というわけだな。それとも、流し鍋かな。しかも、立食スタイルか。どうりで会費が安いはずだ)
その時、場内にアナウンスが流れた。
《間もなく、『都会で一人暮らしをしている人たちが仲良く笑顔で鍋を囲む会』の開始でございます。みなさま速やかに鍋のまわりにお並びください。器や箸は人数分以上にご用意がありますので、どうか、場所決めで揉めたりなさらぬようにお願いします。尚、鍋の具材をお取りになる際には、備え付けのトングをお使いください。決して直に箸を鍋の中にお入れにならないよう、くれぐれもお願いします。食べ放題の制限時間は、只今より一時間となります。では、みなさん、いいですか。日本中に広げよう、鍋友の輪!》
それを合図に、調理人たちの手によって次々に具材が投入され、鍋の中を回り始めた。その量たるや、半端ではない。夏休みの流れるプールのようである。鍋を取り巻いている客たちは、我先に具材をトングでつかみ上げ、自分の器に放り込んで行く。とても食事をしている風景には見えず、和田は見ているだけで食欲が減退してきた。
(そういえば、国語の授業で似たような話を読んだ気がするな。芥川だっけ。だけど、こんなことで食欲をなくしてる場合じゃないぞ。無理にでも食って、元を取らなきゃ)
和田も客たちの中に割り込み、流れて行く具材をすくい上げ、ガツガツと食べ始めた。周囲の客たちも、無言のまま、一心不乱に食べている。和田は何故か、一人下宿でカップラーメンを食べている時以上の孤独を感じていた。
その時、後ろから「○○大の方ですよね」という声がした。
和田が驚いて振り返ると、同じ歳ぐらいの女性が立っていた。どこかで見たような顔だ。
「そうだけど」
女性はホッとしたように微笑んだ。ちょっと可愛い。
「突然すみません。キャンパスで何度かお見かけしたことがあったので、つい声をかけてしまいました。ポスターを見て一人で来たんですけど心細くて。ご一緒してもいいですか?」
鍋を食べたせいばかりではなく、和田は顔が上気するのを感じた。
「い、いいとも」
(おわり)
都会で一人暮らしをしている人たちが仲良く笑顔で鍋を囲む会