ハリウッド版おむすびころりん

 良いジイさんに教えられた地面の小さな穴に、言われた通りおむすびを放り込んでから、すでに三十分以上たった。が、何の反応もない。
「くそっ。なめんじゃねえぞ、ネズミども。こうなったら、こっちから行ってやらあ!」
 悪いジイさんは近くにとめてあった車に戻り、トランクを開けた。
「ピストルと予備弾倉、手榴弾を二つ、バズーカは背中にしょって、あとはナイフ類をありったけ、だな。ふん、待ってろよ。わしを怒らせるとどうなるか、思い知るがいい」
 穴に戻ると、ジイさんはうつ伏せになって覗き込んだ。真っ暗で何も見えない。耳を当ててみた。微かに水滴の落ちる音がする。反響音から判断すると、内部にかなり大きな空洞があるようだ。ジイさんはニヤリと笑い、ベルトのホルダーから手榴弾を取り出した。
「ネズミどもの度肝を抜いてやるぜ」
 ピンを引き抜いて穴に投げ込むと、ジイさんはダッシュで離れ、耳を押さえてうずくまった。すぐに、ドーンという腹に響く爆音がし、バラバラと土砂が降って来た。
 爆風がおさまったところで立ち上がり、穴のあった場所に戻った。まだ少し土煙が立ち込めているが、直径三メートール程の穴がポッカリ開いているのが見えた。ジイさんは胸ポケットからペンライトを出し、穴の中を照らしてみた。
「思った通りだ。横穴があるぞ」
 慎重に穴の斜面を降り、ペンライトで照らしながら横穴に入って行った。横穴の高さは二メートルほどもある。明らかに、人間並みの大きさの生き物が利用している通路だ。ジイさんは、ペンライトを左手に持ち替え、右手に安全装置を外したピストルを握った。万が一に備え、ペンライトはなるべく体から離して持っている。
 しばらく行くと、通路の分岐点に出た。道幅は左側が狭く、右側が広い。少し迷ったが、ジイさんは右に進んだ。すると、いきなり岩陰から人影が飛び出して来た。反射的に相手の脚を撃ったが、一瞬立ち止まっただけで、すぐにこちらに向かって来る。ジイさんは、相手の顔をライトで照らしてみた。
「わっ、なんだこいつは。外人のゾンビか」
 それは、体が半分腐乱した外国人であった。それも一体ではない。奥の方から続々と出てきた。ジイさんは彼らの頭を狙い、ピストルを撃ちまくった。だが、撃っても撃っても、あとからあとから現れて来るのだ。
「くそっ、これじゃキリがねえな」
 弾倉を素早く交換し、ジイさんは撃ちながら後退した。少し距離が開いたところで手榴弾のピンを抜き、後ろ向きに放り投げると、全速力で走った。直後、爆風にドンと背中を突き飛ばされたが、間一髪で先ほどの分岐点に戻って来られた。振り返ると、右側の通路は崩れた土砂で完全に埋まっていた。
「仕方ねえ。こっちに行ってみるか」
 ジイさんは左側の通路に入った。狭いだけでなく、天井も低いため、少し屈まなければ頭を打ってしまう。中に進むにつれ、ケモノの臭いが強くなってきた。段々天井が低くなり、ジイさんは匍匐前進のような態勢になった。これ以上狭くなったら進めないというギリギリのところで、出口が見えた。
 そこから顔を出すと、ムッとするほどケモノの臭いが充満していた。見降ろすと、運動場ぐらいの広場があり、周囲をぐるりと岸壁に囲まれている。その岸壁にはいくつも穴が開いていた。ジイさんが顔を出している穴もその一つで、広場から十メートルぐらいの高さにある。
 薄明りに目がなれると、眼下の広場を埋め尽くす無数のネズミが見えた。広場の正面にはステージのように一段高い場所があり、黄金に輝く巨大なネズミの像が安置されている。その像の前に、ジイさんが放り込んだおむすびが供えられていた。
「あの像が本物の黄金なら、とてつもねえ価値があるぞ。だが、宝物は見つけたものの、ちょっと相手が多すぎるな」
 たとえバズーカで撃ったとしても、広場にいるネズミ全部を一度に斃すことはできない。すぐに反撃され、体中を齧られ、ゾンビとなって地下をさまようことになる。一旦村に戻って仲間を募り、出直した方がいいだろう。音を立てぬよう、ジイさんが少しずつ後退し始めた時、広場の方から声が聞こえてきた。
《人間よ。隠れているのはわかっている。大人しく出てくるがいい》
 その声はネズミたち全員の口から、ユニゾンのように発せられていた。リーダーのような存在はいないようだ。
「ふん。大人しくゾンビになれってことか」
 もちろん、ジイさんの声は彼らに届かない。
《この黄金像は我らの守り神だ。たとえCIAだろうと渡しはしない。抵抗するなら、おまえたちもゾンビの仲間入りをすることになるぞ》
「CIAって、どういうことだ?」
 その時、広場を囲む壁面のあちこちの穴から、一斉にマシンガンの銃声が響いた。ネズミたちはパニックに陥り、我先に逃げ始めた。どうやらお宝を狙っていたのは、ジイさんだけではなかったようだ。ゾンビが外国人ばかりだった理由がようやくわかった。
「ちくしょうめ。わしの方が先客だぞ!」
 だが、ネズミたちも、一方的にやられてはいなかった。広場の奥の通路から、わらわらとゾンビが現れ、壁面をよじ登り始めたのだ。CIAのマシンガン部隊が応戦したが、なにしろ人数が多く、脳天に命中しないと効果がないため、じりじりと押されている。やがて、一つ、また、一つと、マシンガンが沈黙していった。
「ざまあみろ!」
 だが、喜んでばかりもいられない。ふと、下を見ると、ジイさんのところにもゾンビが押し寄せて来ているのだ。
「こりゃいかん」
 ジイさんは匍匐のまま後ずさった。だが、スピードが出ない。ついに穴からゾンビが入って来た。それも、次々に。
「やばい、やばいぞ」
 ジイさんはピストルで撃ったが、数が多すぎる。すぐに弾が尽きた。その代わり、天井が少し高くなってきたので、屈めば走れるようになった。ジイさんは、走りながら時々振り向いてはナイフを投げつけた。それもなくなると、ただひたすら全力で走った。
 分岐点に戻ったところで立ち止まり、振り向いてバズーカに弾を込めた。
「おととい来やがれ!」
 ものすごい轟音とともに、通路が破壊された。
 だが、安心はできない。ジイさんはバズーカを放り投げ、さらに走って逃げた。
 ようやく地上にたどり着いた時には、精根尽き果てて倒れこんだ。
「ふーっ、助かったぜ。だが、これで終わりじゃねえ」
 ジイさんはムクッと起き上がり、穴に向かって叫んだ。
「わしは、戻って来るぞ!」
(おわり)

ハリウッド版おむすびころりん

ハリウッド版おむすびころりん

良いジイさんに教えられた地面の小さな穴に、言われた通りおむすびを放り込んでから、すでに三十分以上たった。が、何の反応もない。「くそっ。なめんじゃねえぞ、ネズミども。こうなったら、こっちから行ってやらあ!」悪いジイさんは近くにとめてあった車に戻り、トランクを開けた。「ピストルと予備弾倉、手榴弾を二つ……

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • アクション
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-09-28

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