これがわしの生きる道

 柴田が斎場に着いたのは、式の二十分前だった。入り口には『鹿苑寺正三郎氏お別れの会』との立て看板が掲げられている。早すぎたのか、まだ人は少ない。受付に行くと、親族らしい老人がポツンと座っていた。老人は、参列者としては若すぎる柴田をいぶかしげに見ている。
「あの、『小説ぱずる』編集長の多比良の代理で参りました柴田と申します。多比良は若い頃、鹿苑寺先生の担当をさせていただいておりました」
「おお、さようでしたか。ありがとうございます。セルフサービスで恐縮ですが、お飲み物でも召し上がってお待ちください」
 柴田は、備え付けのサーバーから紙コップにコーヒーを注ぎ、待合室の椅子に座った。
 ところが、開始十分前になっても一向に人が増える気配がなかった。ざっと見たところ、遺族・近親者が二十名程度、会葬者は柴田を含め十名ぐらいしかいない。
(こりゃあ、随分さみしい葬式だな。往年の流行作家鹿苑寺正三郎も、このご時世じゃ、はるか過去の人ってこったな)
 若くして才能を認められ、二十代で曲木賞候補となった鹿苑寺正三郎は、皮肉なことに、すぐに作品が売れるようになったため受賞を逃し、無冠の流行作家と言われた。ところが、四十代で大スランプに陥り、新作が発表されなくなると、いつしか忘れ去られたのである。
(あれから四十年、か。まあ、参列者が少ないのは当然だな)
 定刻五分前、会場の入り口に、進行係らしい黒いスーツの女性型アンドロイドが現れた。最近はどこも人手不足で、こういう仕事にもアンドロイドが進出しているのだ。
《間もなく開式となります。みなさま会場内にお入りください。尚、祭壇に向かって右側がご遺族・ご親族さまのお席、左側がご会葬のみなさまのお席でございます。どうか、前から順次お座りください》
 柴田は迷ったが、最後列の端に座った。自分より年齢も社会的地位も遥かに高そうな他の参列者に遠慮したのだ。その位置から見ると、あまりの人数の少なさに改めて驚いた。
 祭壇の横に、再び黒いスーツの女性型アンドロイドが立った。
《故人のご遺志により、献花などのセレモニーは一切ございません。これより、生前録画されました、故人のメッセージを上映いたします。会場正面をご覧くださいませ》
 祭壇の上に巨大なスクリーンが降りてきた。会場内の照明が落とされると、病院のベッドに座った老人の姿が映し出された。柴田が写真で見たことのある中年の頃の顔よりだいぶ老けていたが、写真と同じ皮肉そうな笑みを浮かべている。
「今そこに何人おるのか知らんが、まあ、気楽に聞いてくれ。この映像が流れる頃には、わしはもうこの世にいないというのは、なんだか不思議な気がするよ。まあ、医者はいろいろ延命方法があると言ったが、わしが断ったのだ。わしの人生の目標は、もう達成したからな」
 会場がざわついた。鹿苑寺正三郎の不遇な後半生はみな知っているからだ。
「ふん。おそらくみんな驚いておるだろう。わしの人生は四十代で終わったと言われていることぐらい、知っておるよ。突然、まったく何も書けなくなったのだからな。そりゃあ、最初はジタバタしたさ。次第に追い詰められて、死ぬことさえ考えたよ。しかし、作家としてデビューすることすらできずに若死にした友人のことを思い出し、ともかく生きることにしたのだ。幸い、細々だが印税も入ってきていたしな。だが、困ったことに、その時のわしには、生きていく目的が何もなかった」
 柴田は、鹿苑寺が生涯独身だったことを思い出した。
「逆に、死ぬまでに何がしたいのか自分で考えてみた。すると、一つだけ思いついたことがあった。わしがまだ子供の頃、アポロ宇宙船が月面に着陸するテレビ中継を見たことがある。その時、子供心に、次は火星だな、と思ったものだ。ところが、知ってのとおり、その後宇宙開発は冬の時代に入ってしまった。人間が火星に行くのは、いつとは知れぬ未来の話になってしまったのだ」
 再び会場がざわつき始めた。柴田も鹿苑寺が何を言いたいのかわからない。元々はSFからデビューした作家だが、それでは食えないからと早々に見切りをつけ、推理小説をメインに創作活動をしていたはずである。
「わしは若い頃、好きでSFを書いておったが、まさにタイムマシンでもなければ無理だと思ったよ。だが、心配ご無用。タイムマシンはあったのだ」
 今度こそ会場は騒がしくなってきた。「本気か?」「ボケてるんじゃないの」などと小声でささやく声が聞こえる。
「大丈夫だ、わしは正気だよ。わしだけじゃない、みんなタイムマシンを持っているのだ。一年につきキッカリ一年だけ未来に進むタイムマシンをな」
 鹿苑寺は片目をつむって見せた。
「そうとも。この肉体という、融通の利かないタイムマシンだがね。まあ、要するに、人間が火星に到達するまで生きてやろうと決心したのだ。そう思うと生きる力が湧いて来たよ。しばらくは、何もせずに毎日が過ぎるのをただ待っていたが、さすがに退屈してきた。そこで、また書き始めたのだ。純粋に自分の楽しみのためだけに、SFをな。長年苦しんだスランプがウソのように、スラスラ書けたよ。そして、それを無料でネット上に公開しているのだ。もうカミングアウトしてもいいだろうな。わしのネットでのペンネームは、ロックオンGだ」
 柴田は思わず「おお」と唸った。他の参列者は知らないようだが、ネット界では有名人である。
「そして先日、ついに人類初の有人火星探査が成功した。しかも、記念すべき第一歩を踏んだのは、日本人の有栖川船長だった。これでもう、思い残すことはないよ」
 鹿苑寺は、また皮肉な笑みを浮かべた。
「本当は、こうなったら次は金星だ、と思ったがね。まあ、欲を言えばきりがないさ。ただ、これだけは言っておきたいのだが」
 鹿苑寺は柔らかい表情になった。
「いろいろあったが、長生きするのも悪くはなかったよ。では、諸君、さらばだ」
 会場は静かな拍手に包まれた。
(おわり)

これがわしの生きる道

これがわしの生きる道

柴田が斎場に着いたのは、式の二十分前だった。入り口には『鹿苑寺正三郎氏お別れの会』との立て看板が掲げられている。早すぎたのか、まだ人は少ない。受付に行くと、親族らしい老人がポツンと座っていた。老人は、参列者としては若すぎる柴田をいぶかしげに......

  • 小説
  • 掌編
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-12-19

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