相思相愛
横井は、朝出勤してパソコンを開くのが億劫だった。いつもメールの受信トレイが溢れそうになっているからだ。一応、迷惑メールは自動的に振り分けてくれているのだが、それでもこの状態である。
一度でもネット経由でモノを買ったり、カタログを請求したところから、大量の広告メールが来るのだ。ストップをかけようかと何度も悩んだが、たまにありがたい特典やお得情報もあるのでそれもできない。タイトルだけ見て判断し、いらないものを半ば機械的に消している。だが、ボーッとしていると、必要なメールまで削除してしまう。
それだけではない。
仕事のメールは、どんなに簡単な用件であってもキチンと返信をしないといけない。電話なら「見たよ」とか「サンキュー」で済むような内容であっても、相手先の会社名・所属部署・氏名から始まる定型のビジネスメールを打たなければならないのだ。これもかなり面倒である。
そこで、横井は簡易型の人工知能ソフトを買った。いわば電子秘書だ。横井のパーソナリティ情報からメールを判別し、必要なもの以外はザクザク削除してくれる。さらに、残ったメールを過去の履歴と照らし合わせ、簡単な用件なら自動的に返信までしてくれる。
ソフトを導入してから、朝が格段に楽になった。受信トレイに未開封で残っているのは、横井自身が熟読玩味する必要のある重要案件のみ。念の為、自動返信したものを二三通確認してみたが、自分より丁寧な文章で安心した。少々高いソフトだが、買って大正解だったと思った。
しかし、喜んでいられたのも束の間だった。
それからしばらくすると、仕事で付き合いのある人間に会うたびに、予想外の反応を示されるようになったのだ。
一度など、さほど親しくもない取引先の部長から、抱きつかんばかりの好意を示された。不審に思ってそれとなく聞いてみると、「あんなに心のこもったメールをもらったのは、初めてだ」と言われた。
何とかその場はごまかし、会社に帰って自動返信済みのメールを調べてみて驚いた。ちょっとした業務連絡や問合せにさえ、一々丁重極まりないメールを送っているのだ。
さらに調べていくうち、送信済みのメール中にラブレターのようなものを発見し、横井はゾッとした。相手は一度しか会ったことのない、よその会社の女性である。しかも、相手からもラブレターのような返信が来ていた。横井が独身ならともかく、去年結婚したばかり。このままでは大変なことになってしまう。
横井は相手の女性の名刺を探し出し、急いで電話をかけた。
「あ、お世話になっております、フスマ商事の横井と申します。小野田さんはいらっしゃいますか?」
「こちらこそ、お世話になっております。わたくしが小野田でございます」
相手がタイミングよく電話に出てくれたのは良かったが、いったいどう説明したものか。
「あのー、メールのこと、なんですが」
「はい?」
「あ、いえ、別に、その、イタズラとかではなく、事故と言いましょうか、いえいえ、決して、やましい気持があったわけでは、いや、そもそも、ぼくが送ったわけではなく、あの、ソフトがですね」
「すみません。何の話でしょうか?」
「いえ、ですから、あのメールは、機械が勝手に」
「少々お待ちください」
楽しげな曲の保留音が流れ、横井は余計にプレッシャーを感じた。
「ああ、わかりました。このラブメールですね」
相手はうふふと笑った。
「あの、あの、ですから、それは人工知能ソフトが」
「やっぱりそうなんですね」
「えっ、やっぱりって?」
「わたしの方も同じものを使っていますわ。つまり、人工知能同士が相思相愛ってことですね」
そう言うと、再び、うふふと笑った。
横井は大いに安堵したが、ほんの少しだけ、残念と思ってしまった。
(おわり)
相思相愛