草食系
食べ物の好みというのは、地域や文化によって千差万別だ。
以前、『イスラムの人たちはブタ肉が食べられなくて可哀相ね』と言ったアホなアイドルがいたらしいが、逆に、オーストラリアのアボリジニなどは『文明人はイモムシが食べられなくて気の毒だ』と思っていることだろう。
かく言うおれはベジタリアンだ。家族はおれの健康を気づかい、皆反対している。だが、おれにはおれの生き方があるのだ。
そんなことを考えながら、部屋のベランダで夕日を眺めていたら、親父から声をかけられた。
「よくそんな不味いものが飲めるな」
親父は、おれが手にしているグラスを嫌悪の表情で見ている。
「慣れると結構うまいんだよ」
「ふん。それより、そろそろ食事の時間だ。早く出かける準備をしなさい」
「いや、おれは行かないよ。これで充分さ」
親父に見せつけるように、ゴクゴクとトマトジュースを飲んで見せた。
「勝手にしろ!我ら一族の面汚しめ。体を壊しても知らんぞ」
そう捨て台詞を残すと、親父はパッとコウモリに変身し、夕暮れの空に飛んで行った。
まったく、生き血をすするなんて、ゾッとする。そんな野蛮な食事はまっぴらだ。
「よお、また親父さんとケンカしたのか」
そう言っておれの部屋に入って来たのは、親友のセバスチャンだった。
「いや、ケンカというわけじゃないさ。食べ物に対する考え方の違いだな。なあ、知ってるか?」
「何をさ」
「動物というのは元々肉食系ばかりで、そこから進化して草食系のものが生まれてきたらしい」
「ええっ、逆じゃないのか。先に草食動物がいて、それを食べる肉食動物が出てきたんだろ」
「いやいや、動物の消化器官は植物の繊維を分解できない。微生物と共生するように進化して、初めて草食が可能になったんだ。たぶん、おれたちも」
「う、う、うーっ、がおおおーっ!」
突然、セバスチャンは叫び声をあげ、その体中から剛毛が伸びてきた。
話に夢中になって気が付かなかったが、いつの間にかすっかり日が暮れ、山の向こうから月がのぼっていたのだ。
「セバスチャン、そんなにあせらなくても、おまえの分はちゃんと冷蔵庫に入ってるよ」
すっかり狼男に変身したセバスチャンは、冷蔵庫からキャベツを一球取り出すと、バリバリと丸かじりで食べだした。
「おいおい、キャベツは今高いんだぞ。もっと味わって食えよ」
(おわり)
草食系