三題噺「ジグソーパズル」「夜景」「イルミネーション」
そこは一面真っ黒の世界だった。
都内のマンションの一室。3畳ほどの広さの部屋に装飾品の類はなかった。
あるのは3センチ四方のジグソーパズルのピース。床から壁、天井までもがピースで埋め尽くされている。
ただ一点を除いて。
「……マジかよ。」
晃一は部屋の真ん中で床にポッカリ空いた白い空間を呆然と見つめていた。
1週間前。休日の昼下がり。マンションの一室にて。
「ねえ、晃一。私と本当に結婚する気ある?」
「な、なんだよ突然。あるに決まってるだろ。」
「そう。それじゃあ、証明して。」
香織はそう言うと床に置いてある黒い箱を指差した。
「なんだこれ?」
「愛を試す高性能パズル。名前はブラックホール。」
「……胡散臭えな。」
「これを完成させて。」
それは段ボールほどの大きさの箱だった。表紙に30000ピースと書かれている。
まさかと思いながら晃一が開けてみると案の定、山ほどの黒いピースが入っていた。
「期限は1週間。もし完成できなかったら別れる。」
「な、なんでだよ! 訳わかんねえよ!」
「わからなくて良い。でも私は本気。」
香織の顔はいつもそうであるように無表情だった。それでもその声は真剣だった。
「……わかった。」
付き合って今日で5年。今までずっと職にも就かず香織のヒモである晃一に選択の余地は無かった。
期限まであと1時間。
晃一は途方にくれていた。
死ぬ気でやった。あとは最後のピースをはめるだけなのだが……その肝心のピースがどこにも見つからない。
「……マジかよ。」
晃一は本日何回目かもわからない台詞を繰り返した。
「たとえ何があろうと完成しなければ失敗。言い訳は聞かない。」
晃一は香織の言葉を思い出しながらため息をついた。
「こんなのってねえよ……。」
期限まであと5分。
晃一は黒い部屋の中で審判の時を待つしかなかった。
「そう、完成しなかったのね。」
「……お前が持ってるんじゃないのか?」
「そう。」
「な! 最初から別れるつもりだったのか!」
「……。」
「……なあ、冗談だろ? 別れないでくれよ。」
「約束は約束。さようなら晃一。」
香織が廊下に足音を響かせながら去っていく。
晃一はそれをただ見ながら一歩も動くことができなかった。
けれど、晃一の口は、喉は、違った。
「香織!」
廊下に声が響く。
「俺、働くから! 働いてお前を食わせるくらい一杯稼ぐから! だから行かないでくれ!」
晃一には香織の姿が涙で見えなくなっていた。
「香織! 俺が絶対幸せにするから! 俺と結婚してくれ!」
「……やっと、言ってくれた。」
廊下から、音が消えた。
マンションの一室。晃一達は一面真っ黒な部屋の中にいた。
「このパズルはブラックホール。」
「それは前にも聞いたよ。」
「意味は、これで別れるようなカップルは光の無いブラックホールに飲まれてしまえ。」
「……深いな。」
「でも、逆に強く結ばれるようなカップルは」
そう言いながら香織がポッカリ空いた穴にピースをはめる。
途端、部屋が星の広がる宇宙に姿を変えた。
「光に満ち溢れてどこまでも行ける。」
それはどんな夜景よりも、どんなイルミテーションよりも綺麗な世界だった。
三題噺「ジグソーパズル」「夜景」「イルミネーション」