ある晴れた日の午後

 私の目の前を魚が泳いでいた。

 落ち着け。そんなことがあるわけがない。
 目を閉じて深呼吸をする。
 そしてそっと目を開けてみる。
 いた。幻ではない。
 どうしてこうなったんだ。
 私は数分前のことを思い出してみる。

 数分前、すなわち今日のことだ。
 引越しを済ませた私は新たな自宅の庭でティータイムを迎えていた。
 まだ立春を過ぎた頃だが、太陽の陽射しに照らされて庭は暖かかった。
 私はカップを手に、何かの気配を感じてふと顔を上げた。

 私の目の前を魚が泳いでいた。

 いや、待て。
 どうしてそこで魚が出てくるんだ。
 相変わらず魚はそこにいた。
 大きさは私の車くらいだろうか。
 尾びれを振りつつ優雅に泳いでいる。

 ふう、どうやら私は疲れているようだ。
 でなければ巨大な魚が空を泳ぐなんてことが起こるわけがない。
 きっとあれは幻か何かだろう。
 紅茶を飲んで落ち着けばあの幻も消えるはずだ。
 そう自分に言い聞かせると私は紅茶を味わおうとして、

 急ターンをした魚の尾びれにカップごと腕をもぎ取られた。

「????????!!」
 あまりの激痛に声が出ない。
 そしてその痛みが、これが現実であることを如実に物語っていた。
 魚は優雅に泳いでいる。私のことなど眼中にないように。
 逃げるなら今しかない。
 しかし、私は痛みと恐怖でその場から動くことができずにいた。
 腕は見つからない。おそらく見たら私は気を失ってしまうだろう。
 それでなくても私は身体から急速に生気が抜けていくのを感じていたからだ。
 私は死期を悟った。思えば短い生涯だった。

 私は最期の意地で、目の前を泳ぐ魚に笑いかけた。
 おい、魚よ。殺すなら一思いにやってくれよ。
 私は痛いのは好きじゃないんだ。
 そんな私の想いが伝わったのか、魚が二度目の急ターンを決める。

 回り続ける世界の下、首と腕の無い身体が見えた気がした。


「ママー。おしゃかなしゃん。」
「魚さん可愛いわねー。あら、やだ。もう壊れちゃってるわこの人形。これだから100円均一は。」

ある晴れた日の午後

ある晴れた日の午後

私の目の前を魚が泳いでいた。 落ち着け。そんなことがあるわけがない。 目を閉じて深呼吸をする。 そしてそっと目を開けてみる。 いた。幻ではない。 どうしてこうなったんだ。 私は数分前のことを思い出してみる。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2011-03-27

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