三題噺「虹」「しゃぼん玉」「かわいい」
熱い陽射しが降りしきる中、青年は滴ってくる汗を手の甲でぬぐった。
彼は一人の少女を探していた。
「虹を生む少女」
彼女は虹を内包する不思議な球を無限に生み出すことが出来る。
そう聞いてきたからこそ青年は汗を滝のように流すこともいとわず真夏の入江を歩いていたのだった。
どこかで風の音が聞こえる。
青年は足を止めると耳をそばだてた。
虹を生む少女は風の啼く洞窟に住んでいるらしい。
ならばこの音の先に少女がいるのではないか。
青年は音に向けて早足で進んでいった。
しかし、焦ったのが悪かった。
青年は水を含んだ苔を踏みつけ足を滑らせた。
道の横には海。彼は激しく打ち寄せる波にもまれながらやがて意識を失った。
何かが弾ける音がする。
体中が細かい砂で擦れたのかヒリヒリする。
どうやら無事だったようだ。
青年はべたつく瞼をそっと開いた。
そこに彼女はいた。
辺りに漂うのは無数のシャボン玉。
風に舞い上げられは弾けて消える無数の虹の玉が浮かんでいた。
そこは間違いなく虹を生む少女の住む洞窟だった。
青年は奥にいる少女を見た。
それは台座に鎮座する石鹸の塊だった。
元々は可愛い顔立ちの少女の像だったのだろう。
今ではその形を崩し、面影だけが見て取れる。
そしてそれを見つめる青年の目はとても悲しげだった。
「これが海の泡の結晶……。」
青年は懐から深青の指輪を取り出すと像に見せるようにかざした。
それは青年が自らの美貌と引き換えに、海の魔女から手に入れた魔法の指輪だった。
もう誰も青年に求婚する女性はいない。
それでも、青年の顔は誰よりも魅力的な顔をしていた。
かつて少女の手だった場所に青年が指輪をはめ込む。
指輪はすぐに溶けて消えた。
その直後、洞窟は青い光で埋め尽くされた。
光が収まった頃、近くの村の衆が様子を見に来た。
しかしそこに虹を生む少女の姿はなかった。
代わりに虹色の鱗が数枚落ちていた。
不細工な青年の行方は誰も知らない。
三題噺「虹」「しゃぼん玉」「かわいい」