警察民営化
後方でサイレンが鳴った瞬間、高畑はしまったと思ったが、もう遅かった。すぐに、白バイのスピーカーから音声が聞こえてきた。
《青のフィットネスにご乗車のドライバーさま、制限速度をオーバーされていますよ。恐れ入りますが、路肩に寄せて停止してくださいませ》
警察が民営化されてからというもの、警官の言葉遣いはバカ丁寧になったが、もちろん逆らえるわけもない。車を止めると、白バイから若い警官が降りて来た。
「恐縮ですが、免許証を拝見させていただきます」
「ああ」
警官は両手で丁寧に受け取り、確認後、「いつもありがとうございます」と言いながら高畑に返した。
「いつも、ってことはないだろ」
言われて、警官も苦笑した。
「さようでございますね。ですが、記録を検索しましたら今年3回目でしたので、つい。それから、念のためでございますが、呼気を確認しますので、こちらの機械に息を吹きかけてくださいませ」
「こんな真昼間から、飲んでるわけないだろ」
民営化以来、酒など飲んで運転すれば莫大な罰金を請求されるようになったから、高畑はとっくに禁酒していた。それでも、さっき食べたランチに料理酒でも入っていたらとヒヤヒヤしたが、幸い杞憂に終わった。
「これでいいだろ。まったく、少しは手加減してくれよ」
「恐れ入ります。こちらも商売でございますので」
若い警官の笑顔が高畑には腹立たしかった。
「なんだよ、うれしそうにしやがって。噂じゃ、こういう検挙の件数でおまえらのボーナスが査定されるっていうが、本当のようだな」
若い警官は笑顔のまま首をふった。
「滅相もございません。あくまでも、お客さまの安全のためでございますよ」
「どうだかな。スピード違反を捕まえるより、もっと強盗とか殺人とか、そういう凶悪事件に力を入れろよ」
すると、警官は驚いたような顔をした。
「お客さま、ご存知ないのですか。凶悪事件については、先月から警備保障会社に委託されることになりました。われわれ警察の仕事は、安全第一でございますからね。それより、うれしいお知らせがございますよ。このたび白バイで一般のお客さまのお荷物をお運びするサービスが始まりました。ご用命の際は、是非110番にお電話くださいませ」
(おわり)
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