小説を書くということは

 星野が同窓会に出席するのは、社会人になって今回が初めてだった。土日が休めない職業に就いたため、転職でもしない限り参加は無理だろうと半ば諦めていたのだが、奇跡的に休みがもらえたのだ。
 知らされた居酒屋に行ってみると、同級生たちのあまりの変わりように、一瞬、会場を間違えたのかと思った。当然だが、それは向こうも同じだった。
「おお、星野じゃないか!」
 比較的仲の良かった岩尾が気付いてくれなかったら、『おまえ誰だっけ?』という空気のまま、お開きまで過ごすところだった。
「久しぶりだな、岩尾」
「久しぶりどころじゃないぞ。卒業以来じゃねえか。まあ、とにかく元気そうで何よりだ。とりあえず、ここに座れよ。何を飲む?ビールか?酎ハイか?」
「あ、いや、酒はやめたんだ」
「えーっ、なんでだよ。医者に止められたか?」
「まあ、いろいろあって」
「ふーん、それじゃ仕方ねえな。ウーロン茶でいいか?」
「ああ」
 岩尾が店のスタッフに頼み、自分の煙草に火を付けようとして、ふと、星野に尋ねた。
「おまえも吸うんだったよな」
「いや、煙草もやめたんだ」
「ええー、なんだよー、健康優良児かよー」
 煙草をしまおうとする岩尾を、星野が止めた。
「いいんだ。やめたのは随分前だから、隣でいくら吸われたって気にならない。思う存分吸ってくれ」
 岩尾が苦笑した。
「そんなこと言われて、はい、そうですか、って吸えるかよ。後でいいさ。それより、どうしたんだ、そんなに健康を気づかって。本当に大丈夫なのか?」
 今度は星野が苦笑する番だった。
「いやいや、そうじゃないんだ。まあ、趣味のために節制してる、ってとこかな」
「何だ?釣りか?ゴルフか?」
「うーん、人に言えるほどのものじゃないけど、小説を書いてるんだ」
 岩尾がニヤリと笑った。
「いやー、人は見かけによらないもんだなー。そんな真面目な顔して、このー、スケベ野郎!」
 周りの視線が一気に集まったため、星野があわてて手を振った。
「ちょ、ちょっと、待ってくれ。何を勘違いしてるのか知らないが、ぼくが書いているのは、そういうのじゃないよ」
「へえ、失楽なんとかみたいのかと思ったよ。でも、そうじゃない小説ってあんのか?」
「そりゃ、いくらでもあるさ。推理小説とか、歴史小説とか。まあ、一部そういうシーンがあったりするけど、全部が全部ってことはない。特に、ぼくが書いてるのはSFだからね。あ、Fだよ、F!」
 再び岩尾が苦笑した。
「知ってるさ、それぐらい。あれだろ、今度映画が来る、スターなんとかみたいのだろ」
「うん、まあ、あんなにスケールのでっかい話じゃないけど」
「おまえには悪いけど、おれはああいう絵空事は好きじゃないなー。地に足が着いてない、って感じでさ」
「いや、実際、そういう人は多いよ。ぼくは好きで書いてるだけで、それを好きな人が読んでくれればいいと思ってる」
「おれだって、別に、おまえの好みを否定しやしないさ。だが、それと禁酒禁煙に関係あんのか?」
「一応、日中は仕事してるからね。疲れて帰ってきて、酒なんか飲んじゃったら、バタンキューさ。それと、なかなかアイデアが出なくてイライラして、どんどん吸う本数が増えたから、煙草もキッパリやめたんだ」
「へー、そいつはご愁傷さまだな。しかし、そこまで入れ込んで、ちっとは売れのたか。おまえの本なんか、本屋で見たことねえぞ」
 星野の顔が真っ赤になった。
「とてもとても、まだそんなレベルじゃないよ。ぼくがうんと金持ちなら、金にものを言わせて自費出版するっていう手もあるだろうけどね。とにかく地道にコツコツ書いて、いいのが書けたら新人賞にでも応募するつもりさ」
「ふーん、そうなのか。しかし、おまえ平凡なサラリーマンだろう。小説のネタになるようなドラマチックな体験なんかあるのか」
「いや、もちろん、大した体験なんかないし、あったとしても、それをそのまま書いたんじゃ、ノンフィクションとかエッセイとかになってしまう。これは、ぼくだけの考えだけど、小説というのは想像力の芸術だと思うんだ。だから、今じゃない時代の、ここじゃない場所で、自分じゃない誰かになりきって書く、それが面白いんだよ」
 だが、岩尾はとっくに興味をなくしていたらしく、あくびを噛み殺して立ち上がった。
「悪いけど、ちょっと煙草吸ってくるよ」
「ああ」
 小説を書くということは、孤独に耐えるということだなと思い、星野はため息をついた。
(おわり)

小説を書くということは

小説を書くということは

星野が同窓会に出席するのは、社会人になって今回が初めてだった。土日が休めない職業に就いたため、転職でもしない限り参加は無理だろうと半ば諦めていたのだが、奇跡的に休みがもらえたのだ。知らされた居酒屋に行ってみると、同級生たちのあまりの変わりように...

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-01-23

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