10億円の使いみち

 まあ、そう言わずに、おめえも一杯ぐれえ飲めよ。久しぶりに、ばったり旧友と会ったんじゃねえか。別に医者に止められているわけでもあるめえ、おれと違ってよ。ああ、そうさ。医者はあんまり飲むなって言うけどよ、これが飲まずにいられるかよ、ってんだ。
 ふん、何でえ、その何とかサワーってのは。まあ、いいや、とにかく飲め飲め。チビチビじゃなくて、男らしく、グッといけよ。ふん、まあ、いいか。
 えっ、今日は何の酒かって。決まってるじゃねえか、前祝いだよ。何のって、察しの悪い野郎だな。おめえも出ただろ、久しぶりにちゃんとしたボーナスがよ。おれもだよ。だから、年末恒例のよ、アレを買ったんだよ。アレって何って、決まってるだろ、宝くじだよ。
 いくら買ったかって。見損なうんじゃねえぞ。おれを誰だと思ってるんだ。全部に決まってるだろ。そうさ。貰ったボーナス全部だよ。
 ああん、バカって何だよ。え、バカじゃなくて、バカバカしいってか。どこがバカバカしいんだよ。金をドブに捨てるようなもんだって。バカ野郎。誰が捨てた。こりゃあ、おめえ、投資だよ。先行投資ってやつだよ。
 何だよ、当たらないって。そんなこと、おめえにわかるのか。確率、確率って。じゃあ、言わせてもらうぜ。おめえは宝くじを買ってねえ。だから、当然、当たる確率はゼロだ。ところが、おれは宝くじを買った。買った以上、当たるか、当たらねえか、二つに一つだ。ってことはよ、五分五分ってこったよ。
 え、違う、何が。また、確率かよ。うるせえうるせえ。おれは数学はキライなんだよ。だいたい何なんだよ、サインコサインってよ。うん、それは確率と違うのか。まあ、いいや。
 でもよ、ちゃんとしたボーナスが出るのは、何年ぶりかな。だから、大事にしようっていう、おめえの気持ちもわかるけどよ。この先、景気がどうなるか、わかんねえぞ。それに、おめえだって、上司とうまくいかないとか、会社の人使いが荒いとか、こぼしてたじゃねえか。だからよ、おれが10億当たったらよ、おめえの会社を丸ごと買い取って、おめえを社長にしてやるよ。
 ああん、何、資本金100億だから、それは無理ってか。へえ、ずいぶんでけえ会社だな。え、もっとでかい会社はいくらでもあるって。え、え、数千億の会社もあるのか。へえ。ま、まあ、いいや。
 じゃ、そうだ。おめえ、男の子がいたろ。そうそう、プラモデル好きの。あいつに戦車か戦闘機を買ってやろう。もちろん、本物のよ。え、それも、無理。戦車はギリギリいけるかもしれねえが、戦闘機は一桁か二桁上ってか。
 じゃあ、じゃあ、おめえ、家を買いたいって言ってたな。おれがマンションを買ってやろう。それも、一棟丸ごとだ。え、それもやっぱり、無理なのか。
 うーん、そうか。なあ、10億って、案外使いみちがねえな。
(おわり)

10億円の使いみち

10億円の使いみち

まあ、そう言わずに、おめえも一杯ぐれえ飲めよ。久しぶりに、ばったり旧友と会ったんじゃねえか。別に医者に止められているわけでもあるめえ、おれと違ってよ。ああ、そうさ。医者はあんまり飲むなって言うけどよ、これが飲まずにいられるかよ、ってんだ…

  • 小説
  • 掌編
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-12-27

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted