スカッとしない距離

 潮田は車間距離を詰めるのが好きではない。できれば間に三台入るぐらい開けたいのだが、そんなことをすれば、複数車線だと必ず割り込まれる。割り込んだ車と距離をとると、さらに割り込まれる。すると、後続車がイラ立って無理な追い越しをかけてきたり、これ見よがしに車間を詰めてくる。そのため最近では、できるだけ車間を詰めるようにしている。
 車間距離を開けたい理由のひとつは、四十歳を超えてから反射神経が鈍くなってきた気がするからだが、もう一つは、潮田に空想癖があるからだった。これは子供の頃からの癖で、よく授業中にボーっとして、教師に叱られた。運転中も、つい、心ここにあらず、という状態になってしまうことがある。
 それでも大きな事故を起こさずにすんでいるのは、遠慮がちな性格のためだろう。信号が黄色になれば止まるし、右折したそうな車がいれば待ってやる。その代わり、後続車からは、しょっちゅうプァンとクラクションを鳴らされる。
(運転って、性格が出ちゃうんだよなあ)
「潮田さん、聞こえますか?」
「え?」
 調べ物をするため開いたパソコンのポータルサイトに車の広告が出ていたため、仕事中なのに空想の世界に入り込んでいた潮田は、自分のデスクの前に立っている上司にハッとした。
「あ、すみません、中園課長」
 課長といっても、潮田より随分若い。いや、それどころか、中園が入社してきた時、先輩として最初に仕事を教えたのは潮田だった。
 中園は秀麗な眉をひそめて、潮田のデスクをコツコツと指で叩いた。
「困りますねえ。あなたも給料をいただいていらっしゃるなら、勤務中はちゃんと仕事をしていただかないと。わたしが部長から責められるのですよ」
「す、すみません、課長」
 すぐに興味を失くしたように、後ろ手を組みながら去って行く中園の後ろ姿を見ながら、さすがに潮田もムッとしたが、悪いのは自分である。
(いかんいかん、仕事に集中しなくちゃ。それにしても、人間同士の距離も、もう少し開けたいな。おれは出世なんてものには向いてない。あいつのような強引な仕事の取り方はできないよ)

 中園が巨額の焦げ付きを出して会社を辞めたのは、その一か月後だった。
(うーん、スピードの出しすぎは、大事故のもとだな)
 順当に行けば次の課長は自分かもしれない、と少し期待した潮田だったが、中園よりさらに若い課長に替わった。
「潮田さん、いずれ人事課の方から正式にお話があると思いますが、来月から異動していただくことになりました」
「え、どこですか?」
「***営業所です」
「リアルに距離が開いてしまうのか」
「えっ?」
「あ、いえ、何でもありません。向こうでがんばりますよ」
 いくぶんホッとしたように、潮田は笑った。
(おわり)

スカッとしない距離

スカッとしない距離

潮田は車間距離を詰めるのが好きではない。できれば間に三台入るぐらい開けたいのだが、そんなことをすれば、複数車線だと必ず割り込まれる。割り込んだ車と距離をとると、さらに割り込まれる。すると、後続車がイラ立って無理な追い越しをかけてきたり…

  • 小説
  • 掌編
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-01-21

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