夫の帰りが遅いわけ

 どうして夫は毎日帰りが遅いのだろう。忙しい忙しいって言うけど、それならもっと残業代がついても良さそうなものだ。それを聞くと「仕事が終わらなくて自主的に残っているのは、残業として認められないんだ」って。それって『サービス残業』もいいところじゃない。
 自主的に残っているのなら、自主的に切り上げて帰って来れないのかしら。きっと、付き合いのいい人だから、自分だけ先に帰るのが気が引けるとかで、ズルズル残っているのだろう。
 他人にはそんなに気を遣うのに、わたしのことは考えないんだわ。夕食に何がいいかメールしたら、「アジの開きが食べたい」というから、焼いて待っていたのに。もうすっかり冷めているから、もう一度火を通さなきゃならない。ということは、夫が帰るまで、グリルのお掃除ができないのだ。すっごく面倒なのに。
 あっ、夫からメールが来たわ。なんですって、あと1時間ぐらいって、どういうことよ。なんだか怪しいじゃない。まさかとは思うけど。
 そうだわ。こっそり夫の会社に行ってみよう。バスと電車なら1時間以上かかるけど、タクシーを飛ばせば30分で行けるわ。お金がもったいない気もするけど、ううん、いいの。ちょっと驚かせてあげる。

 さあ、もうすぐ着くわよ。あっ!あれは!
「運転手さん!悪いけど、ここで止めてちょうだい!」
 どういうことよ、どういうことよ。夫が女性と歩いているじゃない。しかも、駅とは反対方向よ。まさか、まさか。夫に限って、そんなこと。でも、でも。
 あら、別の男性3人と合流したわ。どういう組み合わせなの。っていうか、これは何?5人で路地に入って行くわ。あっ!何か光った。え、え、えっ。なんだかカラフルな服を着て出て来たわ。あら、反対側から黒ずくめの男たちが集まって来た。何よ、これ。あ、夫が先頭に出て来たわ。
「出たな、ワルモンダー!邪魔をするな!地球の平和は、われわれサラリーマン戦隊ザンギョージャーが守る!」
 すると、黒ずくめの男たちが、夫たちに襲いかかって来た。ああ、もう、我慢できない!
「ちょっと!あなた、何やってんの!」
 夫はギョッとしたようにわたしを見た。
「里美、おまえ、何故?」
「それは、こっちのセリフよ!残業、残業って、ウソばっかり。何遊んでるのよ!」
「ち、違う。見ればわかるだろう。おれは今、地球の平和を守るために」
「何が地球の平和よ!わたしたち夫婦の平和はどうなるのよ!」
 すると、夫の仲間のピンクの服の女性が割り込んできた。
「奥様、奥様、誤解です。隊長は地球の平和のため、お仕事が終わったあと、わたくしたちと一緒に戦ってくださっているんです」
「まあ、あなたなのね、夫にこんな遊びを教えたのは。よくもよくも、他人の夫を!」
「違うんだ、里美、おれの話を聞いてくれ」
 その時、もじもじしながらわたしたちの話を聞いていた黒ずくめの男の一人が、すまなそうに話しかけてきた。
「奥さん、奥さん、そのぐらいでいいじゃないか。旦那は悪い人じゃないよ」
(おわり)

夫の帰りが遅いわけ

夫の帰りが遅いわけ

どうして夫は毎日帰りが遅いのだろう。忙しい忙しいって言うけど、それならもっと残業代がついても良さそうなものだ。それを聞くと「仕事が終わらなくて自主的に残っているのは、残業として認められないんだ」って。それって『サービス残業』もいいところじゃない…

  • 小説
  • 掌編
  • SF
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-01-14

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