胸の内にある往生際の悪いものを振り切るように。
私は、女優になりたい。女優にしかなりたくない。
左右から手が差し伸べられている。どちらを選べばいいのかなんて、はじめから知れていたというのに、どうしておれは迷ったりしたのだろう。
私の最後の愛の囁きは、雨の音に溶け込んで、やがて消えた。
大人たちには内緒だぞ。ここは、おれたちの秘密基地だからな。
そうして、二人で歩き出す。白い絨毯の上に、足跡の平行線を描きながら。
背中越しの声に、しばらく身動きが取れなかった。どんな顔をすればいいのか分からなかった。声の調子からは、竹早君が怒っているのかどうかも判断できない。
曲は、モーツァルトの『アイネ・クライネ・ナハトムジーク』。言わずと知れた名曲。彼女は音の流れに寄り添うように、内側にある凝り固まったものを解き放つように、緩やかに体を揺らして、弾いた。
あなたが初めて誰かを好きになったのはいつですか?
ときたま吹く風でワンピースがふわりと揺れる。主張しすぎないピンクパープルで、私のお気に入り。足元はウェッジソールを履いているが、勇壮に歩いていく。