聖なる夜に
「傘、入っていかない?」
本当は鞄の中に折りたたみ傘が入っていたけれど、私はそれに入
れさせてもらうことにした。
「ありがとう」
「いいって」
「待っててくれたの?」
「いや、たまたま居合わせただけだよ」
彼は長い前髪をかき上げる仕草をする。
口ではそう言っていても、その表情には恩着せがましい色が浮か
ぶ。でも、そんな彼のちょっと抜けているところがかわいい。
表通りに出たところで、さりげなく車の前まで誘導される。新型
のポルシェ。彼みたいな小物がこんな高級車を持てるようになって
しまったと思うと、日本も末期だ。
「さ、乗って。遠慮しないで」
さも当然のように助手席を勧める。私は彼の瞳を見つめたけれど、
彼はどうやらその意図を誤解する。仕方がないから目を逸らして、
乗り込む。
「どこにしようか――踊りに行く?」
隣の運転席に座って、問いかけてくる。
「そんな気分じゃないかな。ご飯、おいしくないし」
「じゃあ、ホテル?」
「うーん……」
曖昧な返事でぼやかして、外の景色に目をやる。スピードに乗っ
て夜のネオンが流れる。幻想的だと思うのに、彼の運転は危なっか
しくて恍惚としていられない。
「下北沢の、いつものお店に飲みに行かない? お酒が飲みたい」
「そんなんでいいの? じゃあ、そこにしよう」
と言って、彼はさらにアクセルを踏む。その程度の腕前で格好つ
けないでほしい。くだらない矜持のために黙っていてあげるけど、
内心は落ち着かない。
音楽かけていい? と訊いて、CDケースを漁る。ユーミンの曲
が見つかる。『恋人はサンタクロース』。車内いっぱいに響かせる。
「ユーミン、好きなの?」
彼が尋ねてくる。まあまあ好き、と返す。
ああ、この間観た映画よかったな。この曲が挿入歌のやつ。あれ、
そういえば今日って24日だっけ。
「メリークリスマス」
笑顔を向けると、どうしたの突然、と彼は笑った。愉快げに。そ
の後で、
「メリークリスマス」
と囁いた。
聖なる夜に