ゼロ、ハチ、ゼロ、ロク
朝が来ました。私の朝です。空は私のために晴れ渡り、鳥は私のために歌う。だけど、温もりは何一つありません。言葉に書き起こせない寂しさ。胸の膨らみに手を当て、ひび割れた世界を遠ざけるように目を瞑ると、今にも息絶えそうに鼓動が弱まっていることを知る。
我が家で唯一声を発しているテレビに、沈痛な面持ちの人たちが映されています。画面上には、広島平和式典、の文字。被爆者を悼んでいる表情にはとても見えなくて、暑さに閉口している風なのが透けています。下着一枚の私の腋をじっとりと嫌な汗が伝いました。
ゼロ、ハチ、ゼロ、ロク。
授業でとある映画を見ました。にじゅうよじかんのじょうじ。タイトルはもう一つよく分からなくて、内容はそれに輪をかけてよく分かりませんでした。静かに男女が重なり、ときに感情が激してもどかしさを抱き両膝をついて吐き出すように言葉への変換を図っています。
原子爆弾のおぞましさをこちらの目に訴えかけてきます。ゆっくりと深呼吸できるくらいの瞬間に二十万人の命が消えた。髪が触れたそばから落ちていく。不自然に曲がった手足。生気のない眼差し。
印象に残ったものは幾ばくもないのかもしれません。群衆の流れに逆行する男と女。血を喜色の笑みを浮かべる寸前の表情で舐める丸刈りの女。過去の吐露。老婆を挟んで座った男と女。見知らぬ男に話しかけられても前を見据える女、たばこの煙を吐き出して見返す男。別れ。
不思議なほど眠りに引き込まれずに済みましたが、蚊がとまっているような感覚がして視線を落とせば、真っ白な太ももに爪が食い込んでいました。
ゼロ、ハチ、ゼロ、ロク。
夜が来ました。まだ私の夜です。空は私のために穢れたものを見えなくし、鳥は高いところから私を見守る。だけど、寒さより心を凍えさせる寂しさに芯まで押しつぶされそうでした。言葉に、どうしたって書き起こせない寂しさ。胸の膨らみに手を当て、あきらめをにじませないように気をつけながら息を吐きます。
この世界が厭わしくても目を瞑らない。切り揃えられた前髪の下に、今さらみたいに灯る二つの光。それは、強く。
ゼロ、ハチ、ゼロ、ロク