悲劇のヒロイン

 住宅街の中を練り歩く。短い橋を渡ると、それほど大きくはない公園が見えてくる。橋の下は川ではなく電車が走っている。ファインダーを覗くように、目を細めて規則的な音の主を捉える。
 顔を上げた。さっき見かけた公園に、より近づいていた。
 昼下がりの生温い空気は、あまり快いものではなかった。
「竹花さん、付き合い悪いと思わないー?」
 妙に甲高くて耳障りな声音が耳をつく。同調する言葉が、それに続く。
「思うわー。お茶に誘っても、めったに来ないものねー」
「それに、なんかすましてるというかさ、ちょっと無愛想よね」
「ほんとよね。若いから許される、って思ってるのかしら」
 そんなに大きな声で話していたら、公園の外にいても聞こえてしまいますよ。現に私は、内容を余すところなく理解できている。ようは、付き合いの悪いお母さん(竹花さん)がいて、それを本人がいないことをいいことに、陰口を叩き合っている、そういうことだろう。ママ友はたいへんだ。
 そして、もう一つ理解できてしまう。公園の角にある白塗りの物置――掃除用具でも入っているのであろうか――の背後で、一人のお母さんが不自然に立ち尽くしている。彼女の右手の先には、寝ぐせ頭の男の子がいる。不思議そうに、立ち止まってしまったお母さんを見上げている。おそらく、彼女が竹花さんだろう。
 竹花さんは周りをバカにするような性格ではなく、むしろ人見知りする方で、人に馴染むのに時間がかかる性質なのだろう。それがどうやら無愛想と受け取られてしまい、気の弱い竹花さんは、どうしたらいいのか分からなくなるくらい、その現実に戸惑っている。
 まるで、昔の私を見ているみたいだ。花も恥じらう、女子学生だった頃の私。いじめられてもいないのに、周りの声にびくびくしていた、端の席で行儀良く座る女の子。
 そして、もらった言葉を想起する。私はあの言葉に救ってもらった。その後、親友になった静香がくれた、あの言葉に。自分のような人を外から見ることで、そのありがたみを発見する。
 私は竹花さんに近寄る。先に男の子が気づいて、その動きで彼女もこちらを向く。
「だいじょうぶ? 孤独に酔ってない?」
 悲劇のヒロインぶってもしょうがない。ぶったところで、あなたは決して悲劇のヒロインではないのだから。ちゃんと、現実を正しい形で把握しなければならない。
 私は、彼女を救うことができるだろう。そんな予感がした。救ってもらったことがあるから、救うことができるのだ。
 静香に会いたくなった。私の親友に。うまく救えてやれたら、静香に会いに行こう。そう決めた。

悲劇のヒロイン

悲劇のヒロイン

以前書いた「夜明け頃には」の別視点です。

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 青年向け
更新日
登録日
2016-10-08

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