前世は石でした。
草を枕に
夜露を褥に
煌く星を肌掛けに
私の名は希望。 希望の灯りを点す物だ。 私は、ゴールドブラッシュに仕上げられたケースの横に、大きくHOPEと名を刻み、その傍らに弓矢のレリーフを埋め込まれた、誇りあるZIPPO社のオイルライターだ。
妻の三回忌が終わった。 親戚たちが帰ってから、妻との思い出の河原へ行った。 少しだけ昼寝でもしようと思ったのだ。 その時に、不思議な夢……夢だったと思う。 妻に会えたのだ。
林道は相変わらず両脇に草が生い茂っている。 車高の低いセダンだと視界を狭められているようで、走るのが怖かった。 しかし今回の車は車高も、もちろん視線も高く、まだ薄暗い今時間でも景色を広く見渡せて怖さは無い。 怖さは無いのだが……私は今、何かを思い出しかけている。
私はすっかり年を取ってしまいました。 去年の春には、おばあちゃんなんて呼ばれるようになって……。 そんな私と違って、彼女はあの頃の少女のままでしょうか。 そしてこの夏、あの交差点に行けば、また彼女に会えるのでしょうか……。
蒼鉛色の空から落ちてくるみぞれ雪が、バス停に待つ人々の傘と、我が主の帽子と肩を容赦なく濡らす。 街灯は、色とりどりの傘の花の中で、濡羽色になった帽子のつばに眼差しを隠す主を舞台の主役のように青白く照らし、そこへみぞれ雪が冷たく重く、降り積もる。 降る雪の音は聞こえず、行き交う車と人々が氷混じりの泥水を踏み潰し跳ね上げる音が、主の口元を石のように硬く閉ざさせる。
先輩は何故あんなに離れたところに立ってこちらを見ているのだろう。 表情も、何とはなしに、暗い。 私は水中眼鏡を付け、服を着たまま、滝壺に入り、浅いところで水温に身体を慣らした。 そして、いざ潜ると、妙な感覚は更にその疼きを増した。
だから我が主よ。 お願いだからやめてくれ。 それに火を点けてはいけない。 私の炎をそんなことに使ってはいけない。 私は、あなたの愛した奥方の存在した証を燃やす為に、あなたに仕えたのではない。 私は、希望の灯りを点す物なのだ。 あなたは、希望の火を点す者なのだ。 だから、それだけはやめてくれ。 お願いだからやめてくれ……。
彼女を初めて知ったのは、高校一年生の時です。 ただし、同じクラスだから顔と名前だけは一致する、そんな程度の、言葉もほとんど交わすことのない間柄でした。
私は、希望という字をボディに彫られただけの、火を点ける道具にすぎない。 名前には意味など無く、単なる煙草会社の懸賞でしかないのだ。