おかえりなさい

末広亭柏倉恭三

私の妻は、老人ホームに勤めています。
介護福祉士って仕事です。
ハードな仕事ですよね。私にはとてもじゃないけど務まりません。
夜勤もある職場なんですが、妻がその夜勤から帰って来て言うんです。

「昨日ねぇ、おかしなことがあったんだよねぇ」って――。


何日か前に、入居者のおばあさんが亡くなられたんです。
そのお通夜の晩だったんですね。
妻は休憩室で(ああ今頃、○○さんのお通夜やってるな)
なんて考えながら、書き物の仕事をしてたそうなんです。
夜九時過ぎのことです。

二階にある休憩室の窓の、すぐ下が正面玄関なんです。
そこへ車が入って来る音がしたんです。少ししてからドアが閉まる音。
そして、車が出て行く音。
妻はその音を聞きながら(タクシーかな)と思ったんです。
タクシーが止まって、料金を払ったりする間が少しあって、ドアが閉まる……。

あれ、おかしいなって。
もう夜九時過ぎなのに誰だろって、思ったそうなんです。
夜勤の仕事は二人一組なんで、相方さんに声を掛けました。
「今、車が入って来た音、聞こえなかった?」って。
相方さんも、確かに聞こえたって、そう言うわけです。
妻は書き物の続きをして、他の仕事が一段落した相方さんが、階下の玄関に見に行ったんです。

そうしたら、玄関の横に守衛室があるんですが、その守衛さんも外に出て、玄関に立ってたそうなんです。首を捻りながら。
相方は守衛さんに聞きました。今誰か来たのかい? って。

「いや、おれも車の音に気づいて、ここから見てたんだよ。そしたら、タクシーが出てったのは見えたんだけど、誰も入っては来ねえしさ、外出とか帰宅の届けも出てねえし……今、聞きに行こうかと思ってたんだよ」

妻はそこまで話してから、こう訊いてきました。
「ねえ、どう思う? 死んだ○○さんが帰って来たのかな?」

「そのタクシーは実は行き先を間違えただけじゃないのかな。着いてドアを開けたがいいけど、お客さんが外へ出ようとして、いやここ違いますよ、なんてさ。それか迎車で、客先を間違えたとか」

「ああ、そっか。そういうこともありえるね」

「ところで、そのタクシー会社は××交通かい?」

「うん」

「気になるのなら配車記録か何かそういったのを調べてもらえばいいんだよ」

「いやそこまでは、ねえ」

それで終わり……だと思ってたんです。
気になって仕方の無かった守衛さんが、調べてもらったんですね。タクシー会社に電話して、その日の、その時間の記録を。

妻と私の会話です。
「あのね、あのタクシーね、わかったよ。あなたの言ってたような、行き先とか迎え先の間違いじゃ無かったんだよ。○○さんの葬儀会場からお客さんを乗せてたんだよ。ちゃんと記録に残ってたって。あの日のあの時間、葬儀会場から老人ホームまで、お客さん乗せてるって。でもね、問題があるのよ。運転手さんが言うにはね、覚えてないんだってさ。確かに走ったのは覚えてるんだけど、誰を乗せたのか思い出せないんだって。おまけに、お金もあわないんだって。誰かを乗せて、そこからここまで走って、料金を貰った筈なのにって、タクシー会社でも大騒ぎになったらしいよ」

「じゃあ、誰を乗せてたんだろ。○○さんじゃないのか? 普通の怪談なら、オチはそうなるよね」

「あのね、やっぱり○○さんが乗ってたと思うんだ」

「変じゃないか? 自分の葬式からホームに帰って来るのって。実家とか、子供らの家に帰るんならわかるけど」

「うん、○○さんってね、ホームで一番長く居る人だったんだ。だからね、ホームが自分の家だったの。口癖みたいに言ってたんだもん。“ここがあたしの家だよ、ここしかないんだよ"って……なんかさ、うまく言えないけどさ、可哀想だったんだよ」
 
 
  了

おかえりなさい

おかえりなさい

あれ、おかしいなって。 もう夜九時過ぎなのに誰だろって、思ったそうなんです。 夜勤の仕事は二人一組なんで、相方さんに声を掛けました。 「今、車が入って来た音、聞こえなかった?」って。 相方さんも、確かに聞こえたって、そう言うわけです。 妻は書き物の続きをして、他の仕事が一段落した相方さんが、階下の玄関に見に行ったんです。

  • 小説
  • 掌編
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  • ホラー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-02-13

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