私は、国立K大経済学部に現役でパスしたので京都に下宿し、そこで、奇妙でおぞましい体験をしたのだ。下宿した古い民家で目撃した、信じられないような奇怪な話だ。氷の池に落ちてしまったような冷たい悪寒が、背筋を走る恐怖に満ち満ちた「怪異」そのものと言えるだろう。 まだ高校生気分が抜け切れない時に遭遇した、ショッキングで忌(い)まわしく、寒気を感じさせる心臓も凍てつくような出来事だ。どんなに豪胆な人でも、味わった刹那、意識が凍りつく恐怖談だ。
ふと思いつき、壁に掛けてある額に入れた二人の新婚旅行の写真を、目近で見ようとして、立ち上がった時、突然、異変に気付いた。 羽がなく脚は棘だらけの、体長九センチ以上もある真っ黒なゴキブリが、家中に這い回っていた。壁、畳、天井、……などが隠れてしまう程の無数のゴキブリが、家を占拠しており、私に向かってゾロゾロ集まって来た。外に逃げようとしたが、足から鋭い痛みがはしった。その後も何とかしてゴキブリどもから逃れようとしたが、奴らに徐々に食べられとうとう頭まで来た……。 最後の瞬間、遥か遠くに閃光が私の脳を貫いたようÑØæ●▼。 例の玉手箱の中で手鏡が暴れ回り、低くてかすれた合成された音のような怨念に満ちた声(?)を出した。 【人を呪わば穴二つじゃ、イッヒヒヒヒー……】 だが、手鏡が発した無機質な言葉(?)は、雑音に紛れ周囲に小さく響いただけだった……。
自分の身を襲う悲運を呪って、私は大声で泣き喚いた。だが、かん高い私の悲鳴は、無人の荒れ地に吸い込まれただけだった。そう悟った途端に、四肢がブル、ブル、ブル、ブル……と震えて、長い間、魂の嘆きは止まらなかった。私はその他の様々な恐怖に遭遇する・・・。
殿は、家来に命じ、貧しい農民達に大金を握らせて、幼い子供達を二十人買ってこさせた。 食料が欠乏して、全国のいたる村で、おびただしい数の餓死者を出していた時期だった。くちべらしの為、次男以下の幼い子供達を、自らの手で殺害していた時代だ。農家の跡を継ぐ長男だけを、生かしていたのだ。 銘をすりつぶした「妖刀村正」の試し切りをするために……。 怒気と絶望に覆われて自暴自棄になっていた殿は、家来に命じて、屋敷内にある座敷牢に二十人の幼い子供達を、無理矢理に閉じ込めさせていた。 殿は、妖刀村正をうやうやしく持ち、座敷牢に単身入って行ったのだ。 そして、殿は、座敷牢の中でギヤー、ギヤー、ギヤー、ギヤー……と、悲鳴を上げて逃げ惑う子供達を、村正で手当たり次第に切りつけた。私は牢のすぐ側で見ていた。しかし、とうてい正視出来ず・・・。
俺は、暗くてジメジメしたトンネルらしき中を、前の人々に続いてビチャ、ビチャと木霊する長くてカビ臭い道を、黙々として歩いていた。 一連の出来事は、訳のわからぬ行進の為に疲労困憊している俺が、勝手に描いた希望だったのか、単なる幻想であったのか? それとも、未来の自分の行動の予知夢かは、神様、否、閻魔様のみぞ知る、である。
勉は、自身の事を一般の人々とは全く異なって、ある意味様々な超能力を未来に向かって獲得出来る素質、否、先祖から連綿と受け継がれて来た優れたDNA配列を持つ、人類の歴史をも覆す事を可能に出来る【ミュータント】だと、信じて疑わないのだ。 ところが、勉の潜在意識には、自分自身が死亡すれば、間違いなく地獄に落ちていくだろう、と、恐れの魂が存在している。それを忘れようとして、残虐な行為をし続けているのは否めないのだ。
瞬きをした瞬間、勉には見えたのだ。司書の吉田さんの隣に、両目が胸元まで落ち体が半分以上溶け出した異様な姿の人間が、座っている。皮膚が溶けて赤い筋肉組織が露出し、かすかに骨すら見えている。勉の隣には、すでに骨だけになっていて、クモの巣に覆われた骸骨が座っている。二人とも美味しそうに生温い水を一気に飲み干し、満足げに椅子の背にもたれているのだ。 気味が悪いが、無視することにした。 (二人の死人は、何の目的があってここに座っているのだろう?) ……勉の思考は、ここで唐突にさえぎられた。吉田さんのなせる超能力だろうか? 彼女は、右側が少し上に歪んでいる口を動かさないで、勉の脳に直接響く【言葉】で語った。勉と同じような超能力を使った。自分の想念を他者の頭脳に進入する超能力が、吉田さんには備わっているらしい。
勉は、漫然と生きてきた友達への支配感を味わって、優越感に酔っていた。それが、彼の無上の幸福だった。 当時、リーダー的存在であった勉は、興奮気味に、友達に対してある提案を持ちかけた。 「夜の八時に、皆、家を出られるだろう? 僕にいいアイデアがあるんだ。【幽霊屋敷】の探検は、肝試しにもってこいだよ。……皆でやろうぜ! どうだい?」 その恐怖に満ちた【幽霊屋敷】の探検とは?
黄色に変色した骨だけの両手で、頭を鷲掴≪わしづかみ≫にされ、吸血鬼のように尖った歯で、頭を何度も何度も齧≪かじ≫られた。彼女の口から、どす黒い血が溢れ出して、ポタリ、ポタリ、ポタリ、ポタリ……と音さえ立ている。 「痛い!痛い! もうこれ以上、お、お、俺を苦しめないでくれ! だ、誰か、誰か、誰か助けてー!」 ガリ、ガリ、ガリ、ガリ……と、齧られている硬質な音が、この世に響き渡った。
リニアモーターカーの建設が、私がそびえ立つ東北州にまで進展してきたのに違いない。 当然、私の存在が邪魔になるだろう、という予感に打ち震えたが、何の抵抗もできない。 巨大なクレーンで釣り上げられ、根も土からはがされて、野原に無造作に転がされた。 しかも、ロボットアームの巨大な裁断機が、私の巨体を切り刻みだした。が、機械に超能力が通じるはずもなく、二千三百余年の寿命は風前の灯となった。激甚≪げきじん≫な痛さを感じ、ギィヤアー、ギィヤアー、ギィヤアー、ギィヤアー……と叫んだ。