デートで味わった恐怖

二人がデートで味わった恐怖とは?

 俺は、いつものように助手席に彼女を乗せ、照明設備が滅多にないほとんど漆黒の山道の中、愛車スカイラインGT-Rを転がしていた。
 そんな夜のドライブを楽しんでいた時だった。
 反対車線の一角にある防火水槽らしき所に、ボンヤリと霞≪かすむ≫ショッキングピンクらしいワンピースを着た女性を見たような気がして、彼女にそのことを伝えると、あっさりと否定された。
「ウッソー、私は何も見なかったわよ!」
 車載時計を見るとまだ夜十時である。
(幽霊にしては早いお出ましだなぁー)
 と思いつつ、俺の見間違いかなぁと納得して、彼女の言葉を信じることにした。
 彼女の門限は十二時であったので、もう長く付き合っているにもかかわらず、精一杯愛情を込めたキスだけして、家の近くまで送って行った。
 俺は、今まで五,六人の女性と付き合ってきたが、今の彼女ほどお堅い女性は初めてで、そんなところにも長く付き合える理由があるのだろう。
 三流大学を中位で卒業したにもかかわらず、一流メーカーに入社できたのは、父が県会議員であるのが、大きく作用したに違いない。
 現在二十五歳、入社三年目の俺が、正直、程度のいいスカイラインGT-Rを買える訳もない。グレイの中古車だが、三万キロ弱の走行距離とワンオーナーの禁煙車であったのが気に入り、総額四百五十九万円を頭金百万円、残金を均等払いでローンを組んだ。
 未だに半分以上ローンを残しているので、これから先二年以上にわたって、ローン会社に大金を毎月支払わねばならない。
 俺の家は、兵庫県神戸市の六甲道の高台にある、ちょっと洒落た豪邸だ。近くには、東西約三十キロメートルの山々が連なる六甲山系があり、六甲山・摩耶山から見える夜景は一千万ドルといわれ、函館・長崎と共に「日本三大夜景」として有名である。
 良くTVに出てくるが、桜の咲く頃は、チョー満員になって動物達が見えなくなるほど、盛況な神戸市立王子動物園も近くだ。教師のアドバイスも偏差値すらも無視して果敢に受験に挑んだが、見事に落ちた国立神戸大学経済学部。子供の頃、父親に連れられて主にアジ、サバ、イワシ、ガシラ、アブラメ……などの魚釣りをしたが、今では立ち入り禁止区域である神戸港の各突堤。
 大人になった今では、海釣りに代わり合コン等での岡釣り? の方に興味が移っているが。
 デパートあり、ビジネス街あり、季節毎に植え替えられる花時計の近くには、神戸市役所がある三宮。横浜中華街、長崎新地中華街とともに「日本三大チャイナタウン」の一つで、東西約二百メートル、南北百十メートルに百余りの店舗でにぎわう元町がある。

 彼女と出会った経緯は、関西にある私立大学の西洋哲学説史か、何かの一般教養の教室であった。たまたま、俺の隣でボンヤリと講義を聞いていたので、さり気なく小さな声で話しかけた。話の楽しさに、お互いが気に入ったのだろう。いつの間にか付き合っていた。学部は同じ文学部であったが、俺は哲学科、彼女は英米学科で俺より二歳年下だ。端正な顔立ちで、鼻梁が通り吸い込まれそうな大きな瞳をしていて、陶器のような透き通った肌をしている可愛らしい女の子だ。俺はといえば、誰もがうらやむ超イケメンだ。
 偶然、彼女の住まいも灘区だったので、帰りは待ち合わせをして同じ電車に乗り、ピーチク、パーチク――お年寄りたちには、そう聞こえた事だろう――楽しくくだらないおしゃべりに花を咲かせていた。
 そして、二人とも社会人になり、スカイラインGT-Rで六甲山頂へ夜景を見に行くのを口実に、一度アベックの「聖地」ならぬ「性地」へ行き、キス以上を試みたが、横顔を思いっきりグーで叩かれてキッパリと断られた。
 それ以来、ある意味で頭が上がらなくなってしまった。
 俺はチョー健康な男性なので、当然、浮気をして「性の魔物」を放出したことも許されてしかるべきだろう。

 さて、ここで中断してしまった話を続けよう。
 最初に、俺だけが見たと思った、ショッキングピンクらしきワンピースを着た女性を見た場所に、四日後のやはり十時頃、彼女を助手席に乗せてスカイラインGT-Rを転がせていると、同じ場所に同じ女性を発見したので、彼女に伝えようとした時だった。
「ぎぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」 
 今度は彼女が大声で叫び、血の失せた真蒼な顔をして全身ガタガタと震わせ、目はそのぼんやりと霞がかった女性に釘付けになっていた。
 俺は、急ブレーキをかけて、少しバックし防火水槽がよく見える場所に駐車した。
 ショッキングピンクのようなワンピースを着た、霞がかかった女性が、俺にもハッキリと見えた。
 二十世紀最高の哲学書と言われているハイデガーの「存在と時間」。フランス実存哲学者サルトルの秀作で難解な「存在と無」……などの哲学書、戯曲、小説等を、俺は今でも繰り返し読んでいる。が、同時に大の推理小説マニアでもある。西欧では、特にイギリス、フランス、日本では明治後期から現代に至る多種多様な作家の作品を、高校時代より数多く読んでいる。
 もし、もっと、もっと、もっと文才と勤勉さが、この俺に備わっていたなら、今頃は、赤川次郎や西村京太郎をはるかに凌ぐミステリー作家になっていただろうに……。
 俺には、好奇心と推理力で余人に負けない自信があるため、この不可思議で身の毛もよだつできごとを科学的に解明、つまり、真相を解き明したい欲求が沸々と湧いてきたのだ。
 殺害されて,あるいは殺される前に、つまり生きたまま防火水槽に投げ込まれた女性自身が、無念極まる己の存在を他人に知らせようとして、殺害された時間にかかわらず、地縛霊となって現れているのだろう。俺は、そう結論をだしたのだ。
 いずれにせよ、警察に知らせて一刻も早く遺体を引き上げて、弔ってやらねばならないだろう。
 俺は、何事にもいい加減な性格だったが、信心深い祖母の影響で、生きている人はもちろんのこと、死者にも優しく接するよう躾けられて育った。幼い頃から、一家揃って、月に一度必ずご先祖様の墓参りしたほどだ。しかも、俺は、なぜかそうすることで、心を洗われたのだった。

 しかし、ここで矛盾に気が付いた。
 つまり、特別霊感があるわけでもない二人に見えた、ということは、いくら交通量が少ないとはいえ、昼夜かなり数の車や人が往来しているのに、誰も警察に連絡していないことに疑問を感じた。幽霊だと思って、通報すれば、警察署員に変人だと思われ相手にされないと、皆が思ったのだろうか?
 このまま放置するのは、もしも死体が中にあって、霊が浮かばれないとするなら可哀想だと思った。そこで、翌朝早くに、スマホが壊れていたので、公衆電話を苦労して探しだし、この地区担当であろう警察署に直接TELした。
 すると、早速、数台の車両が到着した。刑事一課、鑑識班が赤いポールと黄色いトラテープで、防火水槽がある場所の一車線を塞ぐ形で封鎖し、這いつくばって中を大きなライトで照らしていたが、何かを見つけたらしく、捜査員が色めき立った。
 防水ブルーシートを広げて防火水槽周辺を覆い、何やら作業をしていたが、刑事一課長が深刻な顔をして何度も部下に尋ねている。
「通報者と連絡がまだ取れないのか?」
 夕刊には、どの新聞にもデカデカと、特にスポーツ新聞は一面トップ扱いで、山中の今は使われていない扉が錆びた古い防火水槽から、怨念を抱いた女性らしき骸骨が発見、年齢、身元不詳などとオカルトチックな文章が踊っていた。
 その後、司法解剖、科捜研でのCPを使用した調査、復元等により被害者の特徴が分かった。年齢二十~三十歳の身長百六十センチメートル位の中肉の女性である。
 その後、失踪届が出ている人との歯並び、DNA鑑定、指紋照合により、身元も判明したらしい。身元を知らしめる物品が一切ないこと、また周囲に争った形跡が見られなかった事実から判断し、恐らく別の場所で殺害されたに違いなく、身元を特定できないように、全裸にされて防火水槽に放り込まれたというのが、捜査一課の見解である。
 怨恨と物取りの両面から捜査されたが、捜査本部を立ち上げた四日後に、怨恨の線から犯人は簡単に浮かび上がり逮捕されたらしい。

 殺人事件はめでたく解決した。
 だが、例の防火水槽近く、約百五十メートル崖下で大破し、既に錆びてツタが絡み付いているスカイラインGT-Rに閉じ込められた俺達の死体――既にミイラ化し、黄土色に変色した顔や体の骨にギッシリとツタや木々が覆っている――は、未だ発見されていない……。

  ――完――

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デートで味わった恐怖

夜のドライブを楽しんでいた時だった。 反対車線の一角にある防火水槽らしき所に、ボンヤリと霞≪かすむ≫ショッキングピンクらしいワンピースを着た女性を見たような気がして、彼女にそのことを伝えると、あっさりと否定された。 だが、この後に恐ろしい展開が待っていたのだった。

  • 小説
  • 掌編
  • ホラー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-01-15

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